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Vulfpeckの正しい読み方・名前の由来と、その特殊なバンドサウンドの成り立ち――なぜ「Dean Town」にはソロがないのか?

KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、2回目の連載になる。では、講義をはじめよう。

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LAのミニマルファンクバンド、「Vulfpeck(ヴォルフペック)」。今回は、そのバンド名の読み方、名前の由来から、彼らの特徴的な「ミニマルファンク」のサウンドがなぜ誕生したのか、なぜ「Dean Town」にはソロが存在しないのか…というのをまとめた。

名前の由来・正しい読み方

まず、名前の由来から紹介したい。これは英語の「Wolf Pack」をドイツ語で発音したときに「Vulfpeck」になるからだ

「Wolf Pack」は「狼の群れ」という意味。ドイツ語発音を使っていることについては、下記のインタビューなど複数の発言で確認済である。

I made up an imaginary label, Vulf Records. Vulf is how a German would pronounce the English ‘wolf’.

ジャック:私は架空のレーベル「ヴォルフレコード」を作りました。「ヴォルフ」は、英語の「ウルフ(狼)」を、ドイツ人が発音したときの発音です。(出典:https://medium.com/@RobertJon/jack-stratton-transl-from-nrc-14-sept-2017-c37ff35fb337


そして、このドイツ語というキーワードをふまえて、Vulfpeckの正しい読み方について。

これは、「ヴォルフペック」である。理由は2つ。


①現在、「ヴルフペック」と読ませる和訳が主流だが、実はドイツ語翻訳で「狼」を発音させてみると、「ヴォルフ」と発音しているのがわかる。ライブやインタビューなどでも、メンバーは「ヴォルフペック」と呼んでいる。

👇【発音確認】再生してすぐに、メンバーが「We are Vulfpeck!」と喋るので発音が確認できる。明らかに「ヴルフ」ではなく、「ヴルフ」となっているのが分かるだろう。


②リーダーのジャックのソロアルバム、Vulfmonの「Vulfnik」の日本盤アルバムジャケットに、「ヴォルフモン」「ヴォルフニク」と書かれているため。

画像出典:Vulfmon - Vulfnik (JAPAN First Pressing)

これにより、 Vulf = ヴォルフ だという公式の見解から、Vulfpeckの日本語表記が「ヴォルフペック」であると考えられるのである。(※2023年4月26日追記)


バンドコンセプト「ミュンヘンのモータウン」

さて、ではなぜドイツ語だったのか?それは、こちらのインタビューで語られている。

But why the German?
“Oh, I heard about German producer Reinhold Mack, who was producing records for Queen and T-Rex, and I found out I was a fan of much of his work. So I thought our band should become a sort of Motown from München. The first two years, many fans thought we were actually German.”

記者:なぜドイツ人だったのですか?
ジャック:クイーンとT-Rexのレコードをプロデュースしていたドイツのプロデューサー、Reinhold Mackという人がいて…私は彼の多くの作品のファンだったことに気づきました。それで私は、ヴォルフペックは「ミュンヘンのモータウン」のようなものになるべきだと考えるようになりました。最初の2年間、ファンの多くは私たちが実際にドイツ人だと思っていました。(出典:https://medium.com/@RobertJon/jack-stratton-transl-from-nrc-14-sept-2017-c37ff35fb337

「ミュンヘンのモータウン」?

ドイツ語を使ったのは、ドイツ人であるReinhold Mackに対する「Jackの憧れ」によるものだということは分かったが…いきなり謎の単語が出てきたので、ここでのJackの発言の意図について考えていきたい。これが、Vulfpeckの初期のサウンドを理解するのに大きなポイントになる。

JackがVulfpeckで実現したかったものは、「Funk Brothers」「The Wrecking Crew」「Booker T&The MG's」「The Swanpers」というバンド形態だった。つまり、「チャートNo.1のソウル&ファンクをレコーディングする際のバックバンド」である。

I like funk, my college-dream was starting a band in the tradition of Booker T & The MG’s for the Stax label, or the Funk Brothers for Motown, or the Wrecking Crew for Phil Spector.

ジャック:私はファンクが大好きで…大学生の頃の夢は、StaxレーベルのBooker T&The MG's、もしくはMotownのFunk Brothers、またはPhil SpectorのWrecking Crewのような、伝統的なバックバンドの形態でバンド活動を開始することでした。 (出典:https://medium.com/@RobertJon/jack-stratton-transl-from-nrc-14-sept-2017-c37ff35fb337

これらのバンドをコンセプトにしていることは、「Welcome to Vulf Records」の動画内の字幕にも書かれている。

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「Funk Brothers」「The Wrecking Crew」「Booker T&The MG's」「The Swanpers」とは…1960年代~1970年代に、レコード会社に雇われてバックバンドとして数多くの名演を残したバンドである。

バックバンドなので彼らの中に、ボーカルはメンバーとして在籍していない。彼らの演奏は多くのNo.1ヒットを生み出しており、それはブラックミュージックだけでなく、ポップス界にも広がっている。

残念ながら当時、バックバンドはアーティストとして認められておらず、レコードにも名前が載ることはなかった。そのあたりは映画「永遠のモータウン」「レッキング・クルー ~伝説のミュージシャンたち~」が詳しい。

そして、「Funk Brothers」というのが、「モータウンレコード」が数多くの作品をレコーディングするときに演奏していたバンドである。

つまり、「ミュンヘンのモータウンになる」というのは、「ドイツのFunk Brothersになる」ということなのだ。

ここでJackは「モータウン」と言っているが、本当に意図していたところはボーカルがいない「Funk Brothers」であるところが重要である。

それはいったい、どんなサウンドか

では、ドイツのFunk Brothersなら、どんな演奏をするべきのだろうか?

We always played like there were vocals. We imitated German Motown-karaoke-albums where the vocals were turned down.

ジャック:我々はいつも、まるでボーカルがいるかのように演奏してきました。我々はボーカルが消された、ドイツのモータウン・カラオケ・アルバムを真似してきたのです。(出典:https://medium.com/@RobertJon/jack-stratton-transl-from-nrc-14-sept-2017-c37ff35fb337

ドイツのモータウン・カラオケ・アルバムというものは存在せず、これはジャックの冗談なのだが、彼の意図するところは、Funk Brothersがレコーディングしてきた部分だけを再現するということだった。

当時はFunk Brothersがレコーディングした後から、シンガーたちがやってきて数多くの名曲を完成させていた。しかし、Jackはそのシンガーが入る前の状態でレコーディングを終えてしまうような曲…グルーヴだけが強く強調され、主役が存在しないかのような曲を書き、バンドで演奏した。

まるで「ボーカルがいるかのように」。

すると、こういうサウンドが生まれるのである。

いかがだろうか?これが、初期のVulfpeckのサウンドの正体だ。

例えばいまの「A Walk to Remember」など、いかにもモータウン!というイントロで始まるが、「そろそろ歌が入ってくるかな~」と思っていても、最後まで歌が入らない。歌が入りそうな場面は、ピアノのリフやオブリ(本来、歌の後ろで演奏されているやり方)で埋められている。

これに後から歌を乗せても自然に聴こえるのではないか…と思えるほど、彼らのこの楽曲は「主役不在」だ。まさにバックバンドの演奏。そこにあるのは素晴らしいグルーヴ、洗練されたバックバンドとしてのセンス。本当に「まるでボーカルが存在するかのように」演奏されている。ここから感じるのは、Jackの圧倒的なまでの「バックバンドへの憧れ」だ。

レコーディングをしていけば、いくらでもサウンドを「足す」ことはできる。だが、Jackの求める音はそうではなく、「引く」ことで生まれていた。彼はバックバンドに求められるセンス、つまり引き算のセンスによってVulfpeckのファンクを作って行ったのだ。

私も最初に聴いたときは主役不在のこのサウンドに戸惑ったが…今ではすっかり虜になっている。そして、実際にこの初期のサウンドの段階から確実に彼らはファンを獲得していた。

また、別の記事でも、このサウンドについて言及している。

Your songs are pretty minimal, there’s more emphasis on groove than melody.

We go into it saying is “pretend like we’re recording this as a rhythm section to have a vocal laid on it later.” It’s pretty simple, minimal, bonehead funk, you know?

記者:あなたの曲はわりと、ミニマルで…メロディーよりもグルーヴを重要視しています。
ジャック:我々はよく「後からボーカルを乗せるリズムセクションとしてレコーディングしている”フリをしている”」と言っています。シンプルでミニマル、単純なファンクです。(出典:https://jambands.com/features/2014/01/12/vulfpeck-keep-it-beastly/

And that kind of informs the playing and the space you allow because I’ve listened to Motown instrumentals – I love ‘em, I could listen to them all day, they’re so funky.

ジャック:モータウンのインスト曲を聞いたことがあるので、それがその種の演奏(筆者注:ボーカルがない演奏)のやり方とスペースを教えてくれました。そのスタイルが大好きで…一日中聴くことができるし、最高にファンキーです。 (出典:https://jambands.com/features/2014/01/12/vulfpeck-keep-it-beastly/

Two of my favorite songs are “Maybe I’m Amazed” and “Ooh Child,” which happen to both use the same songwriting trick, where it’s an A and a B section and going into the B section feels like a lift and going back into the A section also feels like a lift. So it’s this circular thing that can keep going. One of my other favorite tunes is “If You Want Me To Stay” and that’s just an 8-bar progression over and over again. So I look for these song structures that are unconventional but are some of the most popular, best songs ever written. When we went into the first album I said I want to do these A and B sections where each transition feels like a lift. So you don’t need this standard classical form structure or the Motown structure of verse-chorus-verse-chorus-bridge…

ジャック:私の大好きな曲は、「Maybe I'm Amazed」と「Ooh Child」です。どちらも同じ作曲システムになっています。AとBのセクションで、Bのセクションに入るとリフトのように感じます。Aセクションに入ると、またリフトのように感じます。なので、この循環的なシステムが続けられます。他に、私のお気に入りの曲は「If You Want Me To Stay」で、それは8小節の繰り返し進行です。なので私は、有名な曲、人気の曲からこういったシンプルな曲の構造を探します。最初のアルバムを作ったとき、私はこれらのA-Bセクションをやりたいと言いました。というわけで、我々にはよくある古典的な曲の構成や、「歌~ヴァース~歌~ヴァース~ブリッジ」と続くモータウンの曲の構造は必要ありません。 (出典:https://jambands.com/features/2014/01/12/vulfpeck-keep-it-beastly/

この路線はさまざまな楽曲で確かめることができる。上記のインタビューを読んでから彼らの楽曲を聴けば、以前とは違った形で聴こえてくるのではないだろうか。

後から歌が入る曲のインスト版を録音してみたり、なぜそんなことを?と思っていたが、きちんとした理由があったのだ。むしろ、そのインスト版こそが、バンドコンセプトの内側にある楽曲だった。


Dean Townにソロがない理由

以上が、「ミニマルファンク」と呼ばれる彼らの初期の楽曲や、現在のインスト楽曲に通底するコンセプトだ。もちろんそのコンセプトは初期のものであるが、リーダーであるJackはそのサウンドを常に意識しており、わりと最近の曲からもその引き算のセンスを感じることができる。

つまり、この曲からだ。

タイトルでも言及した「Dean Town」である。この曲はF#m、C#m、E7、Bを繰り返す単純な16小節のループになっており、テーマをJoe Dartが弾いたあと、Cory Wongも一緒になってテーマを弾く。テーマは2コーラス。この後、ソロへ行くか…いや、行かない!

何故か?ここにも「引き算のセンス」が発揮されているからである。

ここまでのVulfpeckのサウンドの影響元、コンセプト、彼らが行ってきた録音を考えれば、この「Dean Town」でいきなり他のバンドのように、バリバリのソロを弾き倒す…ということは考えられない。この「ソロへ行かない」アレンジは、結成から数年間、引き算ファンクを演奏し続けてきたVulfpeckからしてみたら、しごく当然のことだっただろう。

この「ソロではないパート」で演奏を進めているやりかた、グルーヴだけを提供しているパートは、先ほど紹介した「A Walk to Remember」の「歌が入ってもおかしくないパート」の演奏と、とてもよく似ている。Jackがインタビューで語った「(Vulfpeckは)後からボーカルを乗せるリズムセクションとしてレコーディングしている”フリをしている”」というのは、Dean Townの「ソロではないパート」でも同じことを行っているのだ。

さらに、この曲の構造が16小節の繰り返しだけになっているのは、Jackが「If You Want Me To Stay」に影響を受けているという点とも合致する。8小節の単純な繰り返しだけで歴史に名を残す名曲となっている「If You Want Me To Stay」。これらのミニマルな思考が融合して、「Dean Town」のなかに落とし込まれているのである。

「Dean Town」に限らず、ソロパートを入れないという思考回路は、Jackも実際に自分で語っている。

Ordell Kazare, the arranger on “Mr. Big Stuff” and “Groove Me”, he’s kind of the gold standard of minimal hooky funk, where each instrument is sort of contributing just what it needs to – but if it does too much it doesn’t have the impact that you’re looking for. And for him soloing for the sake of soloing is a moral issue you know (laughs). It’s a deep moral atrocity for him and it’s not for me, but I love that attitude and I want to take it even further and tighten up even more. It’s a different type of soloing I guess because we’re trying to arc a tune.

ジャック:ミニマル・フッキー・ファンク(minimal hooky funk)の金字塔である、ワーデル・ケゼルグがアレンジした「Mr. Big Stuff」「GrooveMe」という曲がある。これらの曲では、各楽器は必要最低限の音だけ鳴らされているんだ。例えもっと音があったとしても、求めている効果は得られていなかっただろう。そして彼にとって、「ソロを弾くスペースがあるからソロを弾いてしまう」ということは、道徳の問題に発展してくるんだ。笑

そういった(筆者注:義務感でソロを弾いてしまうこと)は彼にとって残虐な、モラルに反する行為なんだ。私は別にそこまでではないが、私も彼のそういった(筆者注:無理にソロを弾かせない)考え方は大好きなので、自分もそれをさらに推し進めていきたいと考えているよ。私たちの曲では、全体でアーチを描くようなイメージで演奏しているので、(筆者注:私たちがソロを弾いてないとしても)ある意味、別の種類のソロのようなものだと思うね。
(出典:https://jambands.com/features/2014/01/12/vulfpeck-keep-it-beastly/

 ドラマーとしてキャリアをスタートさせたJackは、本当にグルーヴの虜であり、グルーヴがあればおかずはいらない…そんな人間なのだ。そして、そんな彼が作ったVulfpeckだから、ミニマルファンクは「グルーヴ重視、引き算&短時間ファンク」なのである。

最後になるが、さらに同じ記事で、JackはThe Crusadersの「Put It Where You Want It」が大好きだ、とも語っている。ここまで長々と書いてきたが、実はこの曲のクールな雰囲気、ソロ短め、モータウンのようなグルーヴが、既存の曲で初期のVulfpeckを表現するのに一番わかりやすいかも?とも思う。

少なくとも、いきなり「ミュンヘンのモータウン」と言うよりは分かりやすいはずだ。

トップ画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=Nq5LMGtBmis


Dr.ファンクシッテルーのnoteでは、他にもVulfpeckに関する詳細なまとめを連載している。良かったらご覧いただきたい。




◆著者◆

Dr.ファンクシッテルー

宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。


◇既刊情報◇

バンド公認のVulfpeck解説書籍
「サステナブル・ファンク・バンド」
(完全無料)


ファンク誕生以前から現在までの
約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」


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