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【前編】二大受験マンガ『ドラゴン桜』vs.『二月の勝者』〜国が投資(インベスト)すべきはトップ層か中間層か恵まれない層か?〜

『二月の勝者』の作者である高瀬志帆さんと、三田紀房が教育をテーマに対談!『中央公論』2月号に掲載された対談企画を、前編・後編の二回に分けてお届けします。(司会・おおたとしまささん)

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高瀬志帆(たかせしほ)
1995年デビュー。現在週刊『ビッグコミックスピリッツ』にて連載中の『二月の勝者─絶対合格の教室』がNHKなど各種メディアで反響を呼ぶ。著書に『中学受験をしようかなと思ったら読むマンガ』(日経DUAL)、『おとりよせ王子飯田好実』(同作品は2013年にテレビドラマ化)など。

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おおたとしまさ
1973年東京都生まれ。麻布中学校・高等学校卒業、東京外国語大学中退、上智大学外国語学部卒業。リクルート入社。独立後、育児・教育をテーマに活躍。『中学受験「必笑法」』『大学入試改革後の中学受験』など著書多数。

三田紀房公式プロフィール(新)

三田紀房(みたのりふさ)
1958年生まれ、岩手県北上市出身。『ドラゴン桜』で2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。
現在「モーニング」にて『ドラゴン桜2』、「ヤングマガジン」にて『アルキメデスの大戦』を連載中。


学園再建モノから受験モノへ

おおた:
 三田さんと高瀬さんは人気受験マンガの作者同士ということで、まずはお二人がこのテーマに取り組んだきっかけを教えてください。では、三田さんからお願いします。

三田:
 『ドラゴン桜』は、もともと学園再建マンガとしてスタートしました。
 当時、受験生人口が減って私立学校はどこも経営難でした。身売りや買収、廃校に追い込まれる学校も多かった。そこでまずは主人公が学校にバーンと乗り込んで再建する話から始めようと。再建策の一つとして出した「5年後に東大合格者100人」をめざすという設定が注目されたため、急遽、東大受験ネタに路線変更したのです。
 折よく、担当編集者だった佐渡島庸平(現・コルク代表)が東大を卒業したばかりの新入社員だったので、彼の同級生たちに片っ端から取材しました。

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おおた:
当時の中高一貫校はどこも特進クラスを作るなどして東大生輩出に躍起になっていましたから、作品は学校現場にも影響を与えたのではないでしょうか。


三田:
 マンガが認知されて全国に講演に呼ばれるようになると、地方のトップ県立高校の校長先生方から、「あのマンガのおかげで生徒に『東大を受けろ』と言いやすくなった」と言われました。

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三田:
 公立高校はやはり現役合格者を出したい、浪人されると困るというので先生は、どんなに優秀な子にも確実に受かる大学への進学を指導し、生徒も素直なので先生の言うとおり、地元の国立大学に進学していたそうです。
 でも、そういう子の場合、先生が「一発勝負してみろ」と背中を押せば、東大に受かるものなのです。

 連載開始後、地方のトップ公立高校からの東大合格者数が一気に増え、都会の中高一貫校出身者を食ってしまうという現象が起きました。マンガの効果だけではないと思いますが、手ごたえは感じましたね。


高瀬:
 『ドラゴン桜』は受験生が勇気と自信をもらえる作品だと思います。


おおた:
 『二月の勝者─絶対合格の教室』のほうは、読者層として受験生だけでなく幅広い層をターゲットにしていますよね。不安な受験生を抱える親の立場というものを、共感できる設定になっていると感じました。

高瀬:
ありがとうございます。

おおた:着想から連載開始までの準備期間がかなり長かったとお聞きしましたが。

高瀬:
構想から連載が始まるまで三年間、そのうち二年間を取材に費やしました。そもそものきっかけは、『中学受験をしようかなと思ったら読むマンガ』(日経BP、2017年)という原作付きの描き下ろし作品で、その仕事をきっかけにビジネスとしての受験業界に興味を覚えました。そこで中学受験というテーマを設定しました。

偏差値50でも東大に行けるというメッセージ

おおた:
 今日、私が司会を仰せつかった理由はおそらく、『大学入試改革後の中学受験』を最近執筆して、中学受験業界と大学受験業界をつなぐ立場だからだと思っていますので、大学入試特集の中であえてお尋ねしますが、高瀬さんは今後、中学受験というテーマで何を伝えていきたいですか。

高瀬:
 高校受験や大学受験の場合は本人が自分で能動的に努力しますが、中学受験は親御さんのサポートが欠かせません。そしてそこにはお金が必要になってくる。説教くさくならず、読者自身が判断できるような形で教育格差についても触れられたらと思っています。

おおた:
 三田さんはパート1から約10年を経てパート2を開始されました。今回はどんなチャレンジを。

三田:
 パート1 では、いわゆるアクロバティックな受験を描きました。偏差値30の生徒がたった一年で東大に合格するなんて、相当なジャンプアップですよね。でも東大には、高三の春まで偏差値30台だった子が、ごく少数ですがいるのです。

三田:
 一方、受験生人口の最大ボリュームは偏差値50〜60台にあります。つまり東大受験のノウハウを最も必要としているのは、M A R C H(明治・青山学院・立教・中央・法政)クラスなら入れるかなというゾーンなのです。彼ら彼女らに「あなたたちも一年間本気で勉強すれば余裕で東大に行けますよ、諦めないで」と伝えたい。それがパート2のコンセプトです。

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おおた:
今回はターゲットをはっきり設定されているのですね。

三田:
 前作のアドバンテージがありますからね。誰も知らないマンガをゼロから始める際には、かなり思い切った“飛び道具”を使う必要がある。雑誌連載なんて編集者からもうバッサバッサ切られますから(笑)、読者におもしろいと言ってもらうために相当なことをやらざるを得ない。パート2では1の資本に上乗せする形で、受験情報を切実に必要としている層に向けて一年間の過ごし方を提案しています。

一人ひとりの 「受験」を描く

高瀬:
 作品の立ち上げ時には、トリッキーな仕掛けをしてでも注目を集めなければなりませんよね。
 『二月の勝者』の連載冒頭では「中学受験で必要なのは、父親の経済力と母親の狂気」と書きました。「母親の狂気」はネガティブな言葉として独り歩きし、仕掛けとしては成功しましたが、本当はポジティブな意味も込められています。

トリッキーな仕掛け


三田:
 『ドラゴン桜』も連載開始直後から「これで東大なんか合格できるわけがないだろう!」という抗議電話が編集部にガンガンかかってきました(笑)。でも我々マンガ家にとっては反応があることが最も重要です。抗議電話が鳴り響くなんて、むしろチャンスですよ。ですから高瀬さんの「経済力と狂気」というのは、キャッチフレーズとしてとても優れていると思います。そしてそのまま受験残酷物語を描くのかと思いきや、感動的なエピソードも入ってくる。

高瀬:
 ええ。中学受験といえば「無理やり子どもを追い込んで受けさせる」というイメージがありますが、実際は違いました。ちゃんと子どものことを考えて、その子なりの努力で到達できるゴールを目指す親も多いし、それぞれのドラマがある。そこで、最高峰を目指す成長物語とは違ったアプローチをとることにしました。

それなりの努力で


三田:
 『二月の勝者』は連載当初週刊『ビッグコミックスピリッツ』で拝見して、これは絶対にヒットすると直感しました。今回単行本を読み返しましたが、やはりすごくおもしろかった。我々男性はどうしてもこういうシリアスな問題から逃げてしまいがちなのですが、高瀬さんは女性作家らしく、人間の深層心理を深く掘っていかれる。一つひとつの家族をしっかりと描いていて、裾野の広げ方がすごく上手だと感服しました。

高瀬:
 ありがとうございます。

三田:
 『ドラゴン桜』パート1がヒットしていた当時、受験マンガで一人勝ちしていると思われていましたが、私は『二月の勝者』のようにヒット作がもっと続いて出てくればいいのにと思っているのです。受験マンガはフォーマットがシンプルです。主人公が目標に向かって頑張る姿を定点観測していく。結果が出て、登場人物と一緒に喜びを分かち合う。これが基本で、あとはどこにフォーカスするかを選べばいい。皆さんがチャレンジしてくれればジャンルがいっそう確立され、市場も拡大すると思います。

『二月の勝者─―絶対合格の教室』とは……
2020年の大学入試改革を目前に、激変する中学受験界に現れたのは、生徒を第1志望校に絶対合格させる最強最悪の塾講師・黒木蔵人(くろきくろうど)。中学受験のトップ塾フェニックスから突然、桜花ゼミナールの新校長としてやってきたのだ。
「"情報"も"塾"にお金を払って買うものです」と言う彼は、受験の神様か、拝金の悪魔か? まっすぐな性格の新卒講師・佐倉麻衣の目を通して、中学受験業界の裏側や、合格への戦略をリアルにえぐりだした話題作。塾講師と生徒、保護者の内面に迫る。単行本は現在、6巻まで刊行。


構成◉高松夕佳


後編はこちら


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☆この記事は、中央公論「2月号」に掲載された記事です。note掲載にあたり、一部表記や構成の変更をしております。

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