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【試し読み】『ONE PIECE novel HEROINES』

本日6月4日に『ONE PIECE novel HEROINES』発売になりました!!
発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。

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あらすじ

「ONE PIECE magazine」で好評連載中の『ONE PIECE novel HEROINES』シリーズが単行本化! ONE PIECEに登場する女性キャラクターを主人公に、彼女たちの〈自分らしさ〉を描く短編集。ファッションショーに出演するナミ、コアラやサボとともに石板解読を手伝うロビン、ラブレターで噂が持ちきりのビビ、ミホークとワインを争うペローナなど、本編では見られないエピソードを収録。ヒロインたちの魅力を余さず描いたファッショナブルな挿絵や、書き下ろしエピソードも必見!
episode : NAMI/購入したハイヒールの作りが粗く、不満のナミ。返品に行くと、デザイナーのルブノからショーに出てくれないかと頼まれる。高慢なルブノの一方、靴職人ミウチャの仕事ぶりに感心したナミは、ショーで〈あること〉を画策する。〈飾らない美しさ〉をめぐるストーリー。
episode : ROBIN/革命軍で石板解読に取り組むコアラを手伝うロビン。発掘場所や文字形状の解析を進めると、心躍るような内容が記されていて? 〈死者の声〉をめぐるストーリー。
episode : VIVI/アラバスタに住む少年ファタはコーザに恋愛相談中。王女ビビにラブレターを書くが、風で飛ばされた! 誰のラブレターなのか町中大騒ぎの中、コーザとビビがとった行動は...? 〈わたしのまわり〉をめぐるストーリー。
episode : PERONA/シッケアール城の海岸にワインが流れ着いた。あまりの美味しさにペローナはワインを独り占めするが、ミホークに没収される。打倒ミホークに燃えるゾロとともに戦いを挑むが...。〈居場所〉をめぐるストーリー。


それでは物語をお楽しみください。


episode : NAMI

「ねえ! この靴のお店、どこだかわかる?」

 カフェのテラス席でタバコの煙をくゆらせていたら、急に背後から声をかけられた。

 首をひねって振り返れば、目の前に突き出されたのは一足のパンプス。中敷きに縫い込まれたタグに、金の糸で『LebnoListchaque』と刺繡がしてある。

「ああ、そこの角を右に曲がってすぐの所だよ。大きく店名の入ったファサードサインがあるから、多分すぐにわか、る……」

 答えながら顔を上げた男は、パンプスを持った女性の顔を見るなり、ぽかんと口を開けて固まってしまった。指の間に挟んだタバコの火が、じりっと強く燃え上がる。女性はテーブルの上の灰皿を手に取ると、ぽろりと零れたタバコの灰がアマレットの底へと落ちる前にさっと受け止めた。

「教えてくれてありがと」

 軽く微笑んでお礼を言うと、女性はコトンと灰皿をテーブルに戻し、足早に通りを横切っていった。男性は相変わらず同じ姿勢で固まったまま、視線だけは女性を追いかけ続けている。

 ……なんだ、あれは。女優? モデル? いや天使か?

 姿勢よく背筋を伸ばした後ろ姿。ゆるいウェーブのかかった長い髪は、目の奥が痛くなるほど力強いオレンジ色で、日差しを浴びて極上のフルーツのようにきらきらと輝いている。

 華奢な体つきのこの女性の正体が、女優でもモデルでも、ましてや天使でもなく「海賊」だなんて、男には知る由もなかった。ハイブランドの本店が軒を連ねるこの島は、世界のトレンドの最前線。住人たちはみな、いかに自分を着飾るかに夢中で、賞金首の手配書なんて見てもいないはずだ。〝泥棒猫〟ナミは、無遠慮な羨望に満ちた人々の視線を片っ端から受け流して、赤煉瓦の敷き詰められた歩道を堂々と歩いていく。

 カツ、カツ、カツ――

 指の先に引っかけて持ったパンプスのかかと同士が、ナミの歩く速度に合わせてリズミカルに打ち合う。青いサテン生地にクリスタルビーズを散らしたゴージャスなパンプスで、ピンヒールは強気の10センチ。一方で今ナミが履いているのは、足首までしっかり固定するシンプルなサンダルで、ヒールの高さは3センチもない。

 男に教えられた通りの場所に、目当ての店はあった。LebnoListchaque――女性なら誰でも知っている高級シューメゾン。ここが唯一の直営店だ。ガラス扉を押して中に入ると、ちょうど客が引いたところらしく、店内には誰もいない。

 あちこちに飾られた靴が美術品のように照明を浴びているのには目もくれず、ナミは広い店内を堂々と突っきって、最奥のカウンターで呼び鈴を鳴らした。

「……はい。何か御用ですか?」

 カウンターの奥から出てきたのは、ナミと同世代くらいの女性だ。髪をきっちり内巻きにスタイリングして、口元にはブルーピンクの口紅を引いている。

「これ、交換したいんだけど」

 単刀直入に告げ、ナミはパンプスをカウンターの上に置いた。

「不良品よ。午前中にここで買ったんだけど、履いて十分も歩かないうちにめちゃめちゃ足が痛くなったの。それで、ちょっと調べてみたら――ほら、見て。中敷きが土踏まずに合わせて湾曲してないみたい。それに、全体的にアッパーの固定があまいし、かかともあきすぎだし……何かの手違いで、サンプル品か何かを売られちゃったんじゃないかしら」

「見せてください」

 女性が、丁寧な手つきでパンプスを持ち上げる。白シャツの上に着たエプロンのポケットが革包丁やらハンマーやらで膨れているのを見るに、おそらく彼女は併設の工房で働く職人なのだろう。店員も兼ねているらしく、胸に〝ミウチャ〟と名前の入ったバッジをつけていた。

 良かった。職人さんが見てくれるなら、きっと話が早いわよね。早く済んだら時間が余るから、さっき見かけたカフェでケーキでも食べようかなあ……などとナミが楽観的に考えていると、ものの数秒でパンプスを調べ終えたミウチャが顔を上げた。

「不良品じゃありません」

 ……なんだって?

「予算の都合上、中敷きの湾曲は省略してるんです。かかとの詰めもアッパーの固定も、基準内ですし。申し訳ありませんが、この靴は、れっきとした規格品です」

 ひといきに言うと、ミウチャはパンプスをナミに返した。にべもない。受け取ったパンプスをそのまま床の上に叩きつけてやりたいところだが、大人の分別でなんとかこらえ、ナミは腕組みをしてゆっくりと切り出した。

「……あのね、ミウチャ。私が買ったのは、ただの靴じゃなくて『ルブノ』よね? 〝履いて走れるピンヒール〟が、あなたたちの売りじゃなかったかしら?」

 女性の足を芸術品に仕上げる繊細なフォルムと、10センチのピンヒールでも走れる唯一無二の履き心地――それが世に知られるルブノの評判で、だからこそ、ナミはこのパンプスを買ったのだ。

 船旅を続けるナミには、持てる私物の量に限界がある。少ない服を着回してワードローブを作るのは一苦労だ。使い時の少ない10センチピンヒールのパンプスなんて普段なら絶対に買ったりしないのだが、旅の途中で立ち寄ったこの島に『ルブノ・リスチャク』の直営店があると知ったら、急にどうしても欲しくなってしまった。お気に入りの服や靴を捨ててなんとかクローゼットのスペースを確保し、港近くの店舗で悩みに悩んで選んだのが、このロイヤルブルーのサテンパンプスだ。

 海賊が履くには全くもってふさわしくない、飴細工のように繊細な靴。足を入れると、細いピンヒールが絶妙のバランスでナミの身体を支え、それだけでとびきりに良い気分になれた。

 足元が華やかだと、なんだか気取りたくなってくる。上機嫌で甲板に出ると、真っ先に気づいたコックが音速ですっ飛んできて、あれやこれやと言葉を尽くして褒めちぎってくれた。年上の考古学者も「よく似合うわ」と微笑みかけてくれたし、船医は「キラキラしてて星みたいだな~」とため息をつき、船大工はサテンやクリスタルビーズの品質に感心していた。

 しかしながら、荒くれものぞろいの麦わらの一味には、この靴の良さを理解できない者もいる。靴の値段を聞いた狙撃手は心底あきれ返り、音楽家は靴よりもナミの脚線の方を一生懸命見ているようだった。船長はといえば、飛んできた珍しい鳥や昼食のメニューにばかり気を取られていて、ナミの靴が新しくなっていることになど気づきもしない。

 ま、仲間の反応はなんだっていいのだ。これは、自分が履きたくて買った靴なんだから。

 ――なんだその靴、走れねェだろ。いつ履くつもりだ?

 そんなふうに剣士がからかってきた時、ナミはここぞとばかり得意げに腕組みをして、こう言ったものだった。

「わかってないわね。ルブノ・リスチャクのピンヒールなら、走れるのよ」

 そう、走れると聞いていたのだ。ルブノなら。それがまさか、履いて十分と経たないうちから、あんなに足首が痛くなるなんて!

 二十万ベリーもはたいて不良品を買わされておきながら、黙って引き下がったりなんて絶対にしない。なんとか交換させようと、ナミはこうして工房併設の直営店へとやってきたわけなのだが――

「『履いて走れる』がウリだったのは昔の話なんです」

 ミウチャの対応はいかにもマニュアル通りで、とりつくしまもなかった。

「まだルブノが町はずれの小さな靴工房だったころは、確かに履いて走れる靴でした。一つ一つを手作業で大事に作っていましたからね。でも、会社が大きくなった今は、手間をかけていたら生産が追いつきません。多少履き心地が悪くなっても、製造数を稼がないと」

「でも……それにしたって極端じゃない? ステッチはしっかりしてるし、サテンだって高級品を使ってて、見える部分にはちゃんとコストをかけてるのに。見えないところで手を抜きすぎだわ」

「ヘッドデザイナーの方針なんです」

 ミウチャは困ったように肩をすくめた。「そのパンプス……クリスタルビーズを散りばめたブルーサテンは今年のトレンドですよね。流行の寿命は短いし、どうせ来年には誰も履かなくなるデザインの靴を、丁寧に作ったってしょうがないんですよ。多少履き心地が悪くても、流行りのデザインならみんな我慢して履きますし」

 身もふたもないことを言う。

 どの靴も結局同じクオリティなら、交換しても意味がない。あーあ、とナミは内心でため息をついた。

 こんなことなら、あいつらに見せびらかすんじゃなかったなぁ。靴を返したと知られたら、ここぞとばかりからかわれるに決まってる。走れる靴なんじゃなかったのかとせせら笑うゾロの顔を想像するのは癪だが、かといって、これ以上店員と押し問答を続けるほどナミは暇じゃない。

「わかった。じゃーもう交換はいいわ。返品して」

「いえ、返品は受けつけてないんです」

「は!?」

 ナミは、不良品ではないと言われた時の何倍も眉間のしわを深くして、ミウチャに詰め寄った。「レシートにはそんなこと一言も書いてないわよ!?」

「書いてませんが、規則なので。たとえ一度も履いていなくても、返品はお受けできません」

「何言ってるのよ。履けない靴にお金を払う筋合いはないわ。絶対に返品してもらうからね!」

「そう言われても……無理なものは無理なので。あなたが履かないのなら、お友達に差し上げてはどうでしょう?」

「走れない靴を欲しがる友達なんて、私にはいないわよ!」

「なんか揉めてる?」

 男の声が口を挟んだ途端、ミウチャの背筋がぴんと伸びた。カウンターの奥にある工房の扉を開けて出てきたのは、スーツを着た背の高い男性だ。プレスの効いたジャケットにはシワひとつないが、インナーに着た灰色のシャツは襟元が少し汚れている。

「ルブノさん……すみません、騒がしくて。この方が、靴を返品したいと」

「ルブノ? てことは、あなたがルブノ・リスチャクね」

 ナミは怒りにまかせて、勢いよく男に顔を向けた。「ちょうどいいわ。このパンプス、返品したいの! 痛くて痛くて、とても履いてられないのよ」

 ルブノは、突き出されたパンプスには一瞥もくれず、ナミの全身をぐるりと眺めて「だろうね」と口の端を上げた。

「これは、きれいなだけのひどい靴だ。でも、不良品だって文句を言いに来た子は、君が初めてだね。たいていの子は『ルブノ・リスチャクの靴なら』って、足が痛くても我慢して履いてくれるか、履けないのは自分の足の形が悪いんだってあきらめてくれるもんだよ」

 うわあ。

 あまりの言いざまにあきれ果て、ナミはひくりと口元をゆがませた。怒りが一気にしぼんでいく。憧れのルブノ・リスチャクが、まさかこんなやつだったなんて……。

「まあ、でも、君ならいいかな」

 ぐっと顔をのぞきこまれ、ナミは嫌そうに一歩後ずさった。

「……どういう意味よ?」

「靴、特別に作り直してあげるってこと」

 ミウチャが、弾かれたようにルブノを見た。

「ただし、うちのモデルになってくれるならね」

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*この続きは製品版でお楽しみください。



読んでいただきありがとうございました。

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