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【識者の眼】「一見うつと似た前頭側頭型認知症」上田 諭

上田 諭 (戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)
Web医事新報登録日: 2021-11-29

物忘れが目立たず、うつのように活気なく言葉が少なくなる認知症がある。認知症全体の1割前後を占める前頭側頭型認知症である。

うつと大きく異なるのは、本人が苦しみ治りたいと思ううつと対照的に、苦悩がなく病気だとの意識(病識、病感)もないという点だ。前頭葉は感情や意欲、善悪の判断、欲求コントロールなどの場であるといわれる。前頭葉機能が低下し損なわれると、活動が減り、感情が失われ、欲求を抑える理性の働きも弱まってしまう。思考の柔軟性も低下し、決まりきった行動を繰り返したりする。なぜ機能低下が始まるのか原因はわかっていない。

快活で生活もきちんとしていた人が、極端に動かなくなり無口になる。洗顔や更衣、歯磨きや入浴がずぼらになる。毎日決まった時間でないと食事や散歩をしなくなったりする。食事の好みが大きく変わり、それまで嫌いで口にしなかったものを進んで食べるようになることもある。理性のブレーキが外れ(脱抑制)、万引きやセクハラ・痴漢をしてしまうこともある。衝動欲求を抑えられない障害なので、悪いことをしたという感覚がない。これらは前頭葉症状と呼ばれている。

物忘れはなく活気がないことから、最初はうつではないかと疑われることが少なくない。憂うつな気分を欠くことや食事嗜好の変化や脱抑制はうつとは大きく異なる。前頭葉は萎縮傾向を示すが目立たない例もあり、診断にはMRIなどの形態画像だけでなく、前頭葉機能をみる神経心理学的検査と脳血流シンチグラフィー検査が必須となる。

治療は、他の認知症同様に有効なものはなく、生活支援と介護を中心とするほかない。数が少ないこの疾病への家族の理解も必要になる。

時に、うつと思われて抗うつ薬治療をされている例に出会う。抗うつ薬は通例無効だ。紛らわしいのは、一部存在するうつから移行していく例である。当初はうつに対する効果があるが、徐々に効かなくなると同時に、病態も当初のうつ症状から前頭葉症状に変化していく。

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