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口癖

午後三時 同い年の彼女から『てか今日予定なくなっちゃった』とLINEが来たのでMr.ふぉるてのライブに行く予定だった僕は準備をして中央線に乗った

中央線に乗るのはひさしぶりだった

最寄駅から中央線中央特快で新宿駅まで33分ほどかかる電車の中で僕は江國香織の「東京タワー」を読みながら向かった



街角で倒れているサラリーマン ラブホテルへ誘われる男女 歌舞伎町で途方する若者 ラブホで働く大学生 酔いしれる人々 路地裏で戯れる学生 終電に駆ける学生 新宿 

東京という町の地面は夢破れた人達の屍で出来ているこの汚いこの街が好きだ


彼氏持ちのTinderで繋がった彼女と 感性があって話が合うような気がした。僕は感性が合う人が好きだった。感性が合えばなんだって合う気がする。そんな気がするのは僕だけだろうか。バリアンリゾートで働く彼女と待ち合わせるために、新宿駅東口から歌舞伎町に向かった。



LINEのアイコンが、なんとなく好きだったんだ。最初はそのくらいの印象だった 連絡をとりたての頃 二人組で写ってる女性のアイコンの右側の人だったらいいな なんて淡い期待を込めていた。アイコンが右側だった彼女とは歌舞伎町のドン・キホーテで出会った。顔色を窺うような視線は緊張している様子が伝わり すれ違い様に香る匂いは花みたいだった。ふわふわと巻かれた髪は海の中にいるようだった。

8月13日の日本武道館で行われたyonigeのライブで買ったという彼女のサコッシュは可愛かった。身長は僕の方が5cmほど高かった。


通り沿いの雑多な居酒屋に向かった、午後5時15分、風は気持ちかった。

頼んだきゅうりと軟骨と枝豆はお腹に入らないほど意気投合した。彼女は大学四年生、僕はただの無職だフリーターだ。それでも、お互いに好きなものは手に取るようにわかる稀有な存在だった。彼女のファッションセンス、話し方、タバコの吸い方、笑い方。少しの情報だけでその魅力は十分に伝わってきた。吸っていたタバコは緑のパッケージでMarlboroのメンソールを吸っていた。タバコを吸う時の理由がまたひとつ増えた。


同じものを見ていても、違うように捉える。この差異が好きだった。



「この後、どうする?」

「カラオケ行かない?」

誘ってくれたのは彼女で、従ったのが僕だった。

同じバンドが好きだった。そんな理由でカラオケに入った。



***


冷房の温度が夏仕様になっていたので冷房を切って歌った。

koboreのナイトワンダーが流れてきた、彼女の歌声は綺麗だったけどどこか寂しげに見えた。後ろから見た彼女のピアスの揺れ、yonigeで買ったというパレッタは可愛かった。


歌声を聴きながら「てか今日予定なくなっちゃった」彼氏と遊ぶ予定だった代わりの相手は僕でよかったのかタバコを一緒に吸いたかった、もっと一緒に居たいな。彼女に惹かれている僕がいた。


My Hair is Badの接吻とフレンドが好きだという彼女の前でもっと上手く歌いたかった



終了前10分のコールがかかり、時刻は11時を少しまわっていた。

僕達はカラオケを出て、新宿駅に向かった。

バリアンリゾートで働く彼女は姉妹店のラブホなら20%引きになると不意に話しかけてきた


「彼氏が居るのにTinderなんてやってる私は悪い女だよ」そんなことを電話で言っていたことをふと思い出す


大体は、大概は例えば好きだとかまだ離れたくないだとかの一言や二言で片付け居てくれたらいいのにそうもいかないシーンばかりでむしろそういう便利ワードに頼りたくなくて どうしたら伝えたらいいのかまだ一緒に居られるのかかんがえても出てこないからやっぱり「まだ一緒に居たい」じゃダメでかんがえてもわからなくて


喉に詰まらせた言葉は出なかった

彼女から「八月と九月はもう忙しくて会えないと言われた」

そんなこと僕に会わないための口実くらい知ってるよ



新宿駅に向かう途中「まだ一緒に居たい」その一言が言えなかった

言えることができたら彼女はどんな顔をしただろう

中央線の通り沿いにある三鷹駅まで帰り道が一緒だった。


帰り道、世間話しかできない自分を憎んだ。

せめてもう少し彼女の笑った顔が見たかった



ライブで聴くはずだったMr.ふぉるての口癖を聴きながら

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