『楽しむが勝ち、らしい』

 一緒にやる! と意気込んだものの、ついていくのが精一杯で、先に行かれて速度を上げて追いついて、ゆっくりになってまた離れていってを繰り返していた。そういえばメイ、長距離やってたんだっけ……

 うちだけ、一曲終わった時のへばり具合がひどい。みんなどうってこともない顔をしてるのに、うちはバケモノから逃げ回ったんかってくらいゼーゼーと肩で息をする。ファンのみんなからは「体力がなくて可愛い❤️」とか言われてるけど、うちにとってはみっともない姿を曝け出しているだけ。
「ろっぷ、そんな追っ手から逃げてきた男みたいなポーズしないで。アイドルなんだから。せめて足を閉じて」
 なんてダンスの先生に言われる始末。でもその時は、追っ手から逃げた男スタイルじゃないと倒れるんじゃないかってくらいに息が切れていた。
「持久力、つけたいなぁ」
 そのままゴロンとレッスンスタジオの床に寝転ぶ。床の冷え具合が、熱った体を覚ましていく。ゆっくりと深呼吸をした。腕の先から、足の先までに広がった疲労が、重力に合わせて落ちていく。疲労に引っ張られるように、意識も落ちそうになる。ダメだ、こんなど真ん中で寝たら。誰に蹴り飛ばされるかわからない。這いずるために、少し状態を起こそうとした。
「ねえ、ろっぷ。持久力つけたいなら、わたしと一緒に走ろうよ」
 目の前に、オレンジのアイシャドウで縁取られた丸い目が現れる。彼女はそのまま手を出して、うちを立ち上がらせた。
 仲間がいれば、どうにかなるかもしれない。

 どうにもなってませーーーーん! メイは全くくたばらないのに、うちはいつもの通りへっとへと。また追っ手から逃げてきた男になりそう。いや、むしろダイイングメッセージを残そうとして絶えた死体になれる。
 できるものならば、ここが家であって欲しい。布団であって欲しい。すぐ寝たい。
 メイはしばらく私を放って自分のペースで走る。真っ直ぐしか見ていないから、きっとうちのことなど一瞬も目に入っていないんだろう。なんか寂しい。
 数メートル先のメイは、信号で止まった。そこでうちに話しかけようとしたのか、笑顔で横を向いた。メイ〜、うちはここだよ〜。
 メイはすぐに隣にいるはずの人がいないと気づき、後ろを振り向いた。自分でもわかるヘトヘト姿で手を振る。こんなのがステージに立ってたとしたら、お笑いかなんかだと勘違いされそう。俊足で、メイが駆け寄ってくる。
「ろっぷ、ごめん! いつものように自分のペースで走っちゃった! もう走れそうもない、よね?」
 うちは声も出せず、でももう走れないと首で表現した。
「じゃあやめよっか」
 あっさりと、メイが言い放つ。片耳についていたワイヤレスイヤホンをタップして操作している。
「へ?」
 切れ切れの息の間から、漏れたような声が出た。まだ、メイのいつものルートの半分も走ってない。なんなら、3分の1くらいしか走っていない。でも本当に、彼女はやめるつもりらしい。
「だって『嫌だ』って気持ちが強くなったら続くものも続かないし。わたしはろっぷに楽しんで走ってもらいたいから。今日は終わり〜! また明日、わたしに付き合ってくれる?」
 なんで? いいの? と聞きたい気持ちもあったが、アイドルアイドルしたそんな可愛い顔されちゃ、全肯定してしまいそうになる。何故か沸々と、力が漲ってきた。
「そんなこと言われたら、うち、頑張っちゃうもんね!」
 体力も残ってないのに、アドレナリンだけで家に走った。
 次の日は、筋肉痛がちょっとありながらも気合いでメイの隣を走った。
 それでも3分の1しか走れない。

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