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Kaiserreich進捗報告129 戦後のオスマン帝国

(原文はこちらから)

やあみんな!kergelyだ。今回は代理でお届けする。KFateweaverは「砂漠の戦争」で敗北した後のオスマン帝国のコンテンツを作成してくれた。これからお見せする内容は今後変更される可能性もあるのでご注意を。
そしてローカリゼーションを手伝ってくれたDerEherneRächerにも感謝を。

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こんにちは、KFateweaverです。今日はアナトリアから新たな進捗報告をお届けします。あの愛すべき国、オスマン帝国が忌まわしきカイロ条約陣営に敗北した後のコンテンツをどうぞご覧ください。

オスマン帝国

1938年末、エジプト王国とイランを中心とするカイロ条約陣営はレバント地域の覇権を奪わんとすべく、オスマン帝国に宣戦布告する。この「砂漠の戦争」によって、オスマン帝国が敗北することがある。もしもオスマンが奮戦も虚しく破れてしまった場合、オスマンの国威と領土はズタズタにされ、アラブやクルド、リビアの領土を失ってしまう。

地方間の接続を重視していたオスマン経済も崩壊し、国は大混乱に陥る。戦前の政治は根本から覆り、かつて帝国の繊細なバランスをなんとか保とうとした与党は、戦争の敗北とムスリムの一体性崩壊の責任を負う。

戦後最初のイベントでアブデュルメジド2世が退位する。老齢、そして在位中の諸問題によって、アブデュルメジドは公私の理由で退位を決断する。親類のアフマド・ニハド・エフェンティが新たにオスマン家の家長となるが、政治に疎く手腕も凡庸で、トルコ人からまったく人気がない。

オスマン救国党(OSP)

ムスタファ・ケマル率いるオスマン人民党が戦争を与党の状態で敗北すると、かつての反ケマル諸勢力が連立政党「オスマン救国党(OSP)」を結成する。

OSPの中心は旧「進歩と統一委員会」のメンバーであるレフェト・パシャ将軍。「自由と連合党」と民主党の有力政治家キャーズム・カラベキル。「自由と連合党」党首のプレンズ・サバハッティン。そして彼らを束ねるのが前帝アブデュルメジド2世の長子にして優秀な将軍、オメール・ファルーク・エフェンティだ。オメールはかつてエンヴェル・パシャと親しく、また帝室の権限強化を望んでいたため、ケマルによって政治への関与を妨げられていた。そしてイスラム教の事実上の指導者であるシェイヒュルイスラーム、ムスタファ・サブリが加わる。サブリのような宗教指導者の地位は貶められていた、

オスマンの敗戦後、トルコ人たちは人民党政権とその急進的改革によって、「劣った」国々に領土を明け渡すことになったと非難する。旧政権の中心メンバーや旧来秩序の回復を目指す軍部の一部が加わるクーデターを決行する。

救済党が国を掌握すると、様々な問題に対処しなくてはならない。

  • オスマン経済の完全な崩壊。その大部分がシリアやイラク領土が中心となっていたため。また戦争によってオスマンは多くの人命、装備、工場を失っている。

  • 人民党の残党。人民党の戦略は行政の掌握、政敵の粛正、そして強力な政治組織としてのオスマン軍によって成り立っていた。一部の将軍たちはケマルとも非常に近しく、彼の権力掌握にも手を貸してきた。また多くの兵士たちも大戦中やガリポリでのケマルの活躍を崇拝しており、人民党の影響力を払拭するのは相当に難しい。

    帝国の治安を回復すると、救済党はようやく選挙を実施できる。この選挙では連立に参加した政党しか選出されない。主な連立は二つ。

  • 進歩派連立。民主派の政治家、サバハッティン率いる「自由と連合」党、カラベキル率いる民主党の元党員が中心。ムーサ・キャーズム・パシャ将軍はサバハッティンと協定を結び、「新たな」帝国に平和、自由、公正、安全をもたらそうとする。帝国の社会秩序改革を望んでおり、識字率向上、アナトリア市民の政治意識向上、さらには人民党の改革案にも一部賛同している。最終的にサバハッティンはオスマン社会の根幹に社会学を据えようとする。

  • 保守連立。強権的なスルタンの時代を懐かしむ者や、長年にわたって宗教がないがしろにされてきたと考える者が中心。指導者は世界最高峰のイスラムの権威であるムスタファ・サブリ。長老にして賢人、さらにアルスラーンが掲げる専制的カリフ制国家の再興を夢物語と断じている。また軍部の中ではレフェト・パシャ将軍に近しい。もし保守派連立が政権を握れば、パシャ将軍はオスマン軍の責任者となり、クーデター後のOSPで最有力人物に躍り出る。保守派はトルコ社会におけるイスラムの復権、宗教を通じた国と国民の改善を目指している。このルートではオメール1世がスルタンに即位し、敗戦後に失ったカリフとしての地位を国際社会に再度認めさせる。


トルコ人民党(THF)とトルコ共和国

自由と連合党がオスマンを率いて戦争に突入していた場合、今度は彼らとその無理な改革政策が非難され、パーディシャーの退位とオスマンの崩壊につながる。ケマルは支持者に改革を約束し、帝国を再び偉大にすると語る。多くの兵卒や下士官が戦争終結によって軍を離れ、アナトリア中部で抵抗運動を組織する。

自由と連合党政権下で行方をくらませていたオスマン人民党員も帰国して抵抗運動に加わる。戦争終結から数日後、ムスタファ・ケマルがクーデターを起こす。目立った抵抗がないままケマルは自由と連合党政権を打倒、国を安定させるべく非常事態を布告する。

しかしこのクーデターは失敗する可能性もある。この場合はクーデター軍側のファフレッティン・パシャ将軍に対し、政府側のレシャト・パシャ将軍は執拗に抵抗する。しかしレシャト将軍は死亡し、イスメト一派が首都の政府庁舎を奪還する。

このイベントの後、イスメトはケマルの後継者とみなされ、クーデター後に国家指導者となる。イスメトはまずケマルの遺志を引き継ぎ、ケマルが長年密かに日記にしたためてきた政治アジェンダの実現を目指す。日記の中で、ケマル(ガジ)はトルコ社会への展望、すなわち啓蒙思想とフランス革命に触発された近代国家の建設という理想を書き綴っていた。

ここで新たな国家方針ツリーが解放され、それぞれ政治・経済・軍事に分かれている。政治ツリーではケマル構想の実現、そしてより近代的な共和制国家の創造に焦点を当てている。ただしケマルの夢想を実現しないルートもある。

実現する場合、イスメトは共和制への移行を宣言し、カリフ制の廃止、姓氏法の制定、そしてトルコ語の改革を実施し、ケマルの長年の夢を実現する。しかし改革はスムーズには進まない。伝統を重んじる人々は反発しているからだ。この状況は複数の国家精神で表現され、信心深い一般国民の不満、それに国内の宗教コミュニティの影響力を示す。この不満も最初は穏やかなものだが、より急進的な改革を進めるごとに反発も高まり、悲惨な結果を招く可能性がある……

トルコ人民党は民族主義を掲げる寄り合い所帯の大政党であり、過激な民族主義者、軍部、更にはサンディカリスムに傾倒する急進進歩派まで抱えている。イスメトが勧める改革によっては予期せぬイベントが発生し、軍部や党内のより過激なグループが台頭する可能性もある。そうなった場合は新たなコンテンツがロックされ、さらに重大な効果をもたらすだろう……

戦後オスマン/トルコの新たなコンテンツ

新しいコンテンツでは新たなディシジョンも実装され、その中の一つがアナトリア東部のクルド人情勢に関するディシジョンだ。クルド人たちはカリフ制の大幅な弱体化、あるいは廃止に大きく不満を持っており、敗戦を機に圧制者であるトルコ人に反旗を翻そうとする。トルコは新しいディシジョンを通じてクルディスタン地域の安定を取り戻さなくてはならない。

クルド人の独立感情が高止まりを続けると、反乱が発生する。反乱の規模そのものはあまり大きくはないが、戦争協力度や国民感情には大きな悪影響を及ぼす。

またイスケンデルン(アダナとアレクサンドレッタ)などの地域も新政権にとって重要な問題となる。新たなディシジョンではこの地域に影響を及ぼすことができるようになり、現地での住民投票の実施、最終的にはトルコへの帰属まで実現できるかもしれない……

また新たなトルコのコンテンツではオスマン、トルコに新たな指導者が追加される。この中にはオスマン帝国の段階で将軍として追加されたり、新たなトルコの国家元首になる。

Ver.0.22について

明日(2022/08/25現在)にKaiserreichが更新される。更新内容はトルコとアルメニア。

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