『再会・3』

 この話は2011年5月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第43作目です。

 東北地方太平洋沖地震から発生していると言われている余震が関東地方でも頻発している。慣れてきたとはいえ、やはり揺れる度にビクっとする。
 携帯電話に設定されている緊急地震速報の着信を知らせるあのサイレンのような、宇宙人の声のような音も恐怖を増長させる。 
 会社から与えられている携帯電話にもあの着信音が設定されているので、社内で一斉に鳴り始めるとちょっとしたパニックだ。
 前作『タイミング』で、海外にいる友人・知人達からたくさんのお見舞いメールや手紙、葉書をいただいたことを書いた。それぞれメールを見ながら一人一人の顔が浮かんできた。特に長い間会っていない方々はとても懐かしく思えた。
 Eメールのやり取りがない学生時代ホームステイをさせて貰ったイギリスのお家とはその後も滞りなく郵便でのやり取りが続いている。 
 僕がお世話になったお家のお母さんであるPatは既に亡くなっている。僕が滞在した時には、その半年前にご主人を亡くされていた。お家には大きな犬が2匹いた。ブラジルからの留学生が一人僕と同じようにホームステイをしていた。
 僕が社会人になった2年目に当時で約4年振りに訪ねてPatと再会をした。結局Patに会ったのはこの時が最後であった。お家の最寄の駅であるコルチェスターの駅までPatとともに車で迎えに来てくれたのは、当時のPatのボーイフレンドで後に再婚した相手であった(同じ方です・・・多分)。
 僕がホームステイをさせて貰った時点でPatの子供達はそれぞれ独立して久しかったはずだ。 
 欧米の人は年齢に関係なく人生を再スタートさせるのは本当なのだなあと思ったことを覚えている。
 それから数年して再婚の結婚式に招待してくれたが、スケジュールが合わず行かれなかった。お祝いに和食器のブランドが出している「夫婦マグカップ」を贈った。
 何故マグカップにしたかというと、英国人は紅茶を飲むのでマグカップならお家でカジュアルに使えていいだろうと思ったからだ。 
 いくら和風テイストのものでもティーカップにソーサーだと何だかかしこまり過ぎていて、いかにも「お祝い」という感じがして嫌だった。
 贈ってから何年かしてPatは、とても気に入っていたのに割ってしまって凄く残念だと手紙に書いてきた。今度訪れるときは同じものを持って行こうと思いつつ、イギリスに行く機会がないまま時間が過ぎて行った。そして再会は叶わなかった。
 ある日帰宅すると、イギリスからのエアメールが届いていた。久々にPatからだろうと思ったが、絵葉書ではないのと、知らない名前の方からだったので「おやっ?」と思った。それはPatの娘の一人のLindaからPatが亡くなったという知らせだった。
 手紙を読んでその事実を知った時には足の裏から徐々に体中の血の気が引いていく気がしたのを覚えている。PatがLindaに僕のことをよく話していたので、Lindaが僕からの絵葉書を頼りにその悲しい知らせを送ってくれたのだった。
 Patにお世話になったのは、丁度英語が通じるようになり始めた頃だった。今でも忘れられないのが、Patと会話をしていて、僕が分かった振りをしていたのをPatが見抜き、「分からない時はちゃんと “分からない” と言いなさい」と言われたことだ。
 その時から、自分は日本人なんだから英語は分からなくていいのだ。分からなければ分からないと堂々と言おうと思った。それから僕の英語力は伸びた気がする。ハッキリと自己主張することもその時に教えられ、身に付いていったと思う。
 これはその後社会に出て外資系の会社で働く時も、海外を旅するときにも役に立っている。Patと出会いイギリスの一般家庭での生活を経験させて貰え、その後世の中に出て行く上で必要とされることを教えて貰った。この出会いは自伝的に言えば人生のターニングポイントの一つであろう。
 今回の大震災の後でお見舞いのメールや手紙・葉書をくれた方々の中で、まだ一度もお会いしたことがないのが、そのPatの娘のLindaである。そのLindaとの交流は、「訪れた証・2」に書いたのでここでは割愛させていただく。
 Lindaの書く字はPatのそれと本当にそっくりなのでいつも驚かされる。LindaがPatの訃報を知らせてくれた封書の手書きの宛名がPatの字にそっくりだったので、久し振りにPatからの手紙だと思ったのはその所為である。
 7月の末日までに消化しなければならないリフレッシュ休暇を6月中に消化するつもりでいる。旅行に出掛けるつもりではいるが、イギリスではなく、全く別な所を予定している。
 ここ一ヶ月でのLindaとの交流とこのストーリーを書いていることで、久し振りにイギリスへ行ってみようかと思い始めている。実現すれば、イギリスを訪れるのは19年振りになる。 
 もちろん一日は、典型的なイギリス郊外の町であり、懐かしいコルチェスターへ出掛けて行き、Lindaとそのご家族に会うつもりだ。Lindaにはその時に、時間が許せば、Patのお墓へ連れて行って貰うつもりでいる。 
 久々の再会がお墓参りになるのは本当に辛いが、お世話になった方のお墓にお線香の一本でも(お花は供えるかもしれませんが、実際にお線香は供えません)、というのはいかにも日本的か・・・。
 「あなたが結婚する時に行く日本を初めての日本への旅行にするから」と言っていたPatに、天国から全てお見通しだろうけど、「元気でいても日本へ来るのはまだまだず~っと先になりそうだよ」と、久々の再会となるお墓の前で伝えるのも少々辛いかもしれないなぁ~。 
 地震と放射能汚染の影響で今の東京ではそれどころではないなんて言い訳はできないし・・・。お墓参りでの久々の再会を済ませた後で、きっとLindaが連れて行ってくれるであろうコルチェスターのパブで飲むラガーはどんな味がするのだろうか。


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