『Timetables』

 この話は2009年12月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第26作目です。

 毎年年賀葉書が発売され、元旦に届けるには何日までに投函をなんていう告知を目にするとウンザリする。
 残念ながら疎遠になってしまっている方々と、一年の内でこの新年の挨拶の時くらいしか持てない貴重な接点なのに、型式(年賀葉書)を用意してあるから希望日に届けたければ準備して期日までに出せと、今でいう「上から目線」で言われているようで嫌になる。
 普段サービスがあまりよくないのだから年末年始くらい24時間フル回転しろと郵便局に対して思う。しかし、「期日なんて知らないよ」と思いつつもなるべく間に合わせようと慌てているもう一人の自分がいるのに気付きとても情けなくなる。
 年賀状を書いていると、疎遠になってしまい、年賀状を準備・投函してから年賀状をいただくまでの期間くらいしか残念ながら思い出すことがない方々が割りと多くいらっしゃることに毎年気が付く。
 航空会社に勤めていた頃にお世話になったTさんもその一人だ。僕が入社した時点で既に20年選手だったTさんは、最初は少々気難しくて取っ付き辛い方だった(Tさん、ごめんなさい)。
 仕事に対して几帳面で丁寧なTさんはなかなか手強い方でもあった(Tさん、すみません)。こちらも社歴を重ねて行くと、本当に少しずつだったが距離が縮まって、自分が若い頃の話等を聞かせてくれたが、仕事の後で食事に行ったり、飲みに行ったりすることはなかった(Tさん、ご馳走になっていたのを忘れていたら申し訳ないです)。
 お互い在籍した職場から僕が空港勤務になり、しばらくしてからTさんも空港へは行かない部署へ異動になった。
 ある日珍しくTさんのほうから僕に話しかけてきた。Tさん自ら話しかけてきただけでも驚きだったが、お願いあるとのことだったのでさらに驚いた。
 Tさんは自分が入社してからその当時まで欠かさず自社のtimetable(時刻表のこと。チェックインカウンターや機内に常備されている。)を保存しているとの事だった。
 自分は空港へ行かなくなるので、これから空港へ常駐することになる僕に、timetableを発行の都度入手し社内便で送って欲しいとのことだった。
 timetableは本社のある本国で発行され、各国へ送られ常備されるものである。入社時からずっと一つも欠かさずというところがTさんらしく、何だか微笑ましかったので(Tさん、生意気言ってすみません)気持ちよく承知した。
 20数年に渡ってtimetableを集めているというのは凄いと思った。年に数回発行されるものだし、数も相当だと思う。その間に大きさや会社のロゴ、離発着地等も変わっているから積み重なっていけば相当な資料になるはずだ。
 僕が航空会社を去ってからしばらくしてTさんもお辞めになった。僕が去ってからは誰かにtimetableの入手・送付を託していたのだろうか? 在籍している誰かが入手して今でもTさんに送っているのだろうか? 
 集めるのを止めてしまったとしたら、本当に長い時間をかけて集められたTさんのtimetable達はどうなっているのだろう・・・なんていうことを毎年Tさんに年賀状を書いているときに考える。
 近々旅のストーリーを書いていることを手紙で報告がてらその後のtimetableのことを伺ってみよう。
 timetableといえば1992年に行ったロンドンの旅を思い出す。トラベラー各位は旅先で時間が中途半端になってしまった時にどのように過ごしているのだろうか。
 そのロンドンの旅は、拙文「至近距離」で書いたエリック・クラプトンのコンサートへ、拙文「お使い」で書いたロスアンゼルスへも一緒に行った、同僚のKと行った。
 夕食の時間には早過ぎたし、パブもまだ開いていない、大英博物館に行くには時間が足りないという状況だった。
 その時泊まっていたホリデイ・インのあったバークリー・ストリートのすぐ傍だったからピカデリーだった思うが、多くの航空会社のオフィスが軒を連ねているストリートがあり、そこで我々は時間潰しに一軒一軒訪れてtimetableを入手して回った。
 そのロンドンの旅で一番使った英語は、「すみません、timetableをいただけますか?」だったと思う。一通り回り終わった時には、小脇に抱えるくらいのtimetableが集まっていた。
 中には全く知らない会社もあった。どの小冊子も大きさ、形、色彩、紙質等が様々で面白かった。時間潰しにフライトの時間が詳細に記載されているものを収集するなんて何だか可笑しかったが、集まったものを並べてみるとなかなか壮観であった。
 時間が経ち、それぞれが最新でなくなったとしても、装丁を見ているだけで楽しかった。載っている広告等も時間が経ってから眺めてみると面白いはずだ。
 訪れた国のナショナル・フラッグの航空会社のダウンタウンにあるオフィスを訪れて、日本では手に入らないその航空会社の他の路線のものを入手しても面白い。それは記念になるし、旅好きの友人のお土産にしてもよい。
 こう書いているうちに、この時間潰しをまたやってみたくなった。旅の目的の一つではなくて、あくまでも時間潰しとしてやるのが面白いのである。でも、わざわざ時間を見つけてやってしまいそうな気がしないでもない。
 インターネットの出現で何でも瞬時に知ることが出来るようになり、こういったtimetableなどのアナログな紙の情報はどんどんと無くなっていっているのではないだろうか。
 企業の経費節減で真っ先にターゲットになるのは製作に費用がかかり利益を産まないものや無料で出て行くものだ。広告スポンサーが付けば状況は違うのだろうが、広告費さえも昨今は節減傾向にある。
 旅に関するものにはアナログのまま残しておいて欲しいものがいろいろとあると思うが、航空会社のtimetableは冊子の形でずっと残しておいて欲しいものの一つである。
 そのロンドンの旅で僕が入手したtimetableの数々はどこかにまだあるはずだ。探し出して一つ一つ手に取って見てみよう。きっとその当時の忘れていることをいろいろと思い出させてくれて、時間を知るものに時間の経過を知らされる一時を過ごすであろう。


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