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『旅先で食べたもの・4』

この話は2012年8月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第58作目です。            (注)文中に出てくるパブは既に閉店しております。

 ロンドンでのオリンピックがそろそろ開幕しようとしている時に、これを書いている。彼の地では先日エリザベス女王の在位60周年のお祝いが行われていた。今年はやはりイギリスの年なのだろうか、都内でもお店等でユニオンジャックを至る所で目にするし、イギリスやロンドンに関する本のコーナーを特別に設けている書店も多い。工夫を凝らしてディスプレイされた本の中から手に取った「大人のロンドン散歩」(加藤節雄著 河出文庫)が面白かった。ロンドン在住40年のフォトジャーナリストである著者によって書かれた本書を、旅好きならば片手に持って書かれている通りに歩いてみたくなるはずだ。歴史と現状についても程よいボリュームで書かれていて、新たな発見も多数あった。トラベラー各位には是非お薦めしたい一冊である。

  僕が初めてイギリスを訪れたのは、今から約25年前である。その時はヨーロッパツアーの旅程の中でのほんの数日で、ほとんどロンドンのみであった。これまでストーリーに書いてきたイギリスでの様々な体験が出来たのは、その翌年の夏に一ヶ月間語学研修にやってきたときだ。

 長い時間街を歩き回っているとお腹が空くもので、小腹を満たすのによくフィッシュ&チップスを食べた。揚げた魚に酢をかけることに驚いたが、その酢は普段日本で餃子を食べる時などにかける酢と味が異なり、魚の塩気ともよく合うのですぐに慣れた。そのお酢がモルトビネガーだと知ったのはずっと後のことだった。お店によっては、そのモルトビネガーがないと食べられないフィッシュ&チップスもあった。

 ホットドックスタンドのようなところで、揚げたての魚とチップス(所謂フライドポテト。フレンチフライ)に塩が振りかけられたものを袋に入れて渡され、お好みで備え付けのモルトビネガーをかけて、食べながら歩いた。(使わなかったが備え付けのケチャップもあった)イギリス人は揚げた魚とポテトにお酢をかけて歩きながら食べるのかと思い感心した。英国紳士・淑女はきちっとした身形をして、ハイティーをするばかりではないのだということも分かった。

 注文した食べ物を持ち帰る場合、アメリカでは“take out”だが、イギリスでは “take away”だというのは、この時学んだ。”to go”という表現を知ったのは、それからしばらくしてからだったと思う。

 テーブルと椅子があり、オーダーの後、フィッシュ&チップスを席まで運んでくれるところもあった。見るからにパンクと分かる身形の女の子が近づいてきて、チップスと小銭をねだってきた。もちろん断ったが、現地のパンクファッションはファッションではなく、仕方なくあのような格好になってしまうのだということをその時知った。ローカルフードを食べながら、その国の現実を目の当たりにした気がしたのを今でも覚えている。そのせいか、日本へ帰ってから、パンクファッションに身を包んでいる人達が清潔に見えた。彼らの身を包んでいるパンクファッションは、あえてデザインされ販売されているものだったからだ。

 所謂ローカルフードは現地で食べるのが一番美味しいが、フィッシュ&チップスが食べたくなる度にイギリスまで行くのは不可能だ。しかし、雑誌やテレビ等でふとイギリスの街並などを見た時には、フィッシュ&チップスを思い出して食べたくなる。そんな時は、僕のストーリーでも度々出てくる英国風パブのSPITFIREへ行く。

 ここのフィッシュ&チップスは現地で食べるものより上品で、スナックではなく立派な料理なので、懐かしさに浸るには十分過ぎるくらいだ。イギリスとアイルランドのパブに魅せられて開店したオーナーのこだわりがしっかり表れている一皿である。都内だけではなく、イギリス以外の国々でも出会うと食べてみたが、その結果僕はSPITFIREのフィッシュ&チップスを「世界一上品なフィッシュ&チップス」と呼ぶようになった。

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チップスにかかっているのはブラックペッパーです。コールスローはオーナーのお手製です。

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お好みでモルトビネガーとケチャップをどうぞ。僕はモルトビネガーだけかけます。

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フィッシュ&チップスにはギネスが合います。ここのギネスは当時日本一美味かったです。美味しいギネスが飲みたくなって寄ることもありました。 現金が見えているのは、支払いがキャッシュオンデリバリーだからです。

 前述の「大人のロンドン散歩」(加藤節雄著 河出文庫)を読んで、現在のロンドンのパブには、昔ながらパブに加えて、料理に重きを置いたガストロパブというのがあることを知った。自宅からそれ程遠くないところにガストロバプを名乗っているパブがあってたまに訪れるが、確かに料理の種類が豊富だ。直近でイギリスを訪れたのが約20年前なので、まだまだ耳慣れない“ガストロパブ”に興味が湧いている。

 オリンピックが終わった頃に遅い夏休みを取り、イギリスへ久し振りに行ってみようかという思いがだんだんと強くなってきている。行ってみようかが行っちゃおうかなになってきている。実現したらほとんどの時間をパブで過ごすことになりそうだが、そんな旅も悪くない。

 これで今月もストーリーを無事書き終えたので、これからちょいとSPITFIREへ行って、一杯飲みながらイギリスでの夏休みに想いを巡らせてみよう。


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