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リトルプレス、詩歌、いそがない(文芸アドベントカレンダー4日目)

 久しぶりのまとまった記事の更新です。2020年、いろいろありましたが、読書によって「いま、ここ」ではないどこかを想う時間は私にとってある種の救いでした。その中で、今まで触れてこなかった表現の世界にも視野を広げられたことが、個人的には大きな収穫だったと思っています。特に印象的だった書籍を、三冊選びました。

 今回は「文芸アドベントカレンダー」の四日目の担当として記事を公開します。ランドル・マリオ・ポッフォさんからバトンを受け取りました。主意に沿った記事になっているといいな、と願いつつ。


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■ 是恒さくら『Ordinary Whales/ありふれたくじらVol.6』(リトルプレス,2020)


 

 クジラにまつわる伝承を日本、そして世界各地で収集し、刺繍と文章で表現し続けている、是恒さくらさんの作品。英語と日本語、ふたつの言語でひとつの冊子が紡がれており、現在第六編まで刊行されています。

 私は文学フリマ等の機会を通じ自主制作誌には関心を持ってはいたものの、これまで継続して触れてきたことはありませんでした。しかしこのうつくしい刺繍があしらわれた作品を手に取ってから、伴走し続けたい、と直感しました。緊急事態宣言下の5月には下北沢のDARWIN ROOM で開催されたトークイベントにもオンライン参加し、是恒さんの世界観にいっそう没入できたこともあって、ことし特に印象に残っている作品です。

 『ありふれたくじら』のリトルプレスとしての繊細さ、豊饒さに触れたこともきっかけとなり、私はこれまで趣味として活動してきた動物園巡りや霊長類への関心をまとめた自主制作冊子をつくろうと決意し、ことし夏から秋にかけて大きな熱量を注いできました。はじめてのZINE――「霊長類フリーマガジン【EN】ZINE(エンジン)を送り出せたことは、この一年の中でも得がたい経験でした。

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 アドベントカレンダーの本題からは逸れるので「【EN】ZINE」についてこの記事で詳述するのは控えますが、良い一冊と出会わなければこの挑戦もなかったと思っています。

 現実でも、書物でも、思いがけない出会いから受け取った心の震えを大切にして次のアクションに繋げていく感受性を失いたくないし、一層大切にしていきたいです。


■ 笹井宏之『えーえんとくちから』(ちくま文庫,2019)


 2020年は、短歌や現代詩の世界にも関心を広げた1年でした。笹井宏之さんという早世の歌人のことを、私はこれまで恥ずかしながら知らぬまま過ごしてきました。

 「【EN】ZINE」のいち企画として、詩歌を通じて動物園や動物の世界を切り取ることはできないだろうか、と模索していた私に、この歌集を薦めて下さった人がいました。私は数ある歌集からこの一冊にひかりを当て、教えて下さったその人に、心から感謝したいです。

 今年さんざん「不要不急」ということばが耳に飛び込んできて、あまりにもうるさいので耳を塞いでしまっていたのだけれど、 文芸の力は、「不急/不朽」であるという特質にあるのかも知れない、と何度もページを行ったり来たりながら考えました。

 もっと早くこの歌集、この作家に出会っていたら。けれど、出会うのに遅すぎるということはなかったし、ここに収められていることばたちは私を少しも急き立てなくて、そのことにずいぶん救われる場面がありました。私にとって、出会うべきタイミングで出会えた一冊でした。

 何首か、気に入った歌を抜粋します。

箱になるまえの私に会いたくて思い切りあけてもらいました
きれいごとばかりの道へたどりつく私でいいと思ってしまう
みんなさかな、みんな責任感、みんな再結成されたバンドのドラム

■ 小笠原鳥類『鳥類学フィールド・ノート』(七月堂,2018)

 もう一冊、最近読んで印象的だった詩集を紹介します。鳥類、だけではなく、ピラニア、サカサナマズ、パンダ、生きもの全般を大きなモチーフにしている『鳥類学フィールド・ノート』です。独立したひとつひとつの詩も味わい深いのですが、一冊全体がひとつの巨大な叙事詩のようにも感じられる構成です。

 使われていることばは平易なのに、大きな息継ぎ、改行、突然のような体言止めでの幕切れ、脱線する連想、繰り広げられていることばの跳躍に一瞬戸惑い、すぐに惹き込まれました。

 現れたり引っ込んだりする生けるものたちのモチーフや、幼い頃のめくるめく感情を思い出させてくれる「図鑑」の微細な描写。そして繰り返し韻律の中で立ち現れる「安全で安心な」というフレーズ。いまこのような状況だからこそ、繰り返しが心地よかったのかもしれません。

 私は本を読むとき、黙読をすることが専らでしたが、この詩集と向き合うときはことばの響きを楽しみたい、と感じました。どこにも行けない休日に、解読しようとするのではなく純粋にことばと音韻を楽しむような心持で、声に出して読んでみました。ここにいながらにして、頭の中だけがどこにもないどこかへ旅立ったような気分になりました。

■ 洞窟のなかで明かりを灯すように

 ここまで三冊、私がことし出会ってきた中で印象的だった本を選んできました。

 人と人との対面でのやりとりや、様々な人が行きかい交錯するイベントの中断・縮小は、私にとってとても淋しいことでした。私自身のこれまでの交友や趣味活動のあり方も、見直さざるを得ないような一年でした。

 しかし、書かれた文章――それも、切れ切れの、ではなく、まとまった形のもの――を通じて、自分自身ではない誰かの感情を追体験することは、制約の続く時間の中ではっきりとした灯たりうると、今まで以上に強く感じています。

 このアドベントカレンダーへの参加も、いまの私にとってはたしかなひかりのように思えます。いっそう多くの人と、考え方と、まなざしと巡り合い、多様な本、ことば、考え方に出会って、そうすることで、自分が世界とたしかにつながっているのだという実感をしっかりと握りしめ続けていきたいです。

 最後に、やや蛇足にはなりますが、せっかく頂いた機会ですので、過去にnoteで公開した本に関する記事をまとめて再掲載します。

 琴線に触れるタイトルがあれば、お時間のある時に目を通していただけたら幸甚です。


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 あす5日目のアドベントカレンダー「文芸」の担当は大猫(TAMACAT)さんです。よろしくお願いします!