見出し画像

「場所の場所性」についての原体験(後編)――「芝の家」を回顧し、再考する

   

(前編)


東京都港区。細い路地の一角に、「芝の家」という場所がある。

画像1

  「三田の家」が幕を閉じる前から講義を通じて存在は知っていたが、足しげく通うようになったのは「三田の家」がなくなってからのことだ。いま思えば、「三田の家」的な創発が起こる「場所の場所性」にどこか未練があって、もっと探究したい、と心が求めていたのかも知れない。


画像2

  「芝の家」は港区と慶應義塾大学が共同して営んでいる「官学連携」の現場であり、港区芝地区総合支所が行う「芝の地域力再発見事業」の拠点施設でもある。それゆえ、この場所は「三田の家」で行われていた実践を引き継ぎつつも、より「公共的」な性質を帯びていた。


画像3

画像4

画像5

画像6

     しかしながら、「芝の家」は行政サービスの色彩が強い「市民センター」ともまた違った貌を持つ場所だった。

   「どなたでも、お気軽に」と呼び掛ける「芝の家」には、子どもたちからお年寄りまで多様な人が集う。縁側が道沿いに開かれ、「三田の家」以上に明るく開放的な雰囲気を醸し出していた。

     大人を中心とした「コミュニティ喫茶」と全年代対象型の「駄菓子と昔あそびのあるスペース」が日替わりで交代するゆるやかにゾーニングされた運営形態ながら、「持ち寄り食事会もぐもぐ」をはじめとする自然発生的に始まった活動たちが、この場所に集まる人の輪を淡く柔らかく広げていった。

画像7

画像8

画像9

   


 「芝の家」は地域コミュニティを支える拠点として町会の夏まつりに参画していたほか、秋には「いろはにほへっと芝まつり」を開催していた。私も学生ボランティアとして、イベントの準備に精を出した。

     「三田の家」の流れを汲んで「居てもいい場所」として存在し続けてくれていた、「芝の家」に対する自分なりの恩返しのつもりだったのかも知れない。あるいは、「芝の家」から自然発生的に広がる「小さい地域活動」の一端に主体的に関わってみたいという願望があったのかも知れない。

画像10

画像11


   「芝の家」をコミュニティカフェの代表例として紹介した論考でも、「小さい地域活動」はこの「家」を特徴づける仕組みとして挙げられている。

"「芝の家」は、港区の事業ではあるが、特定のサービスを提供する他の公共施設とは異なり、近隣住民や来場者とともに作られていく地域の交流拠点である。こうした点で「公(組織)」と「私(個人)」の中間に位置する「共」の領域に存在する場である。そこで始まる「小さい地域活動」は、行政からの要請ではなく、また職業上の義務でもなく、参加者一人ひとりが地域に関わる主体として自発的な意志に基づいて始めた活動である。"――小村由香「コミュニティカフェに集う人びと―地域における居場所とコミュニケーションの変容 選択縁・相互承認・多世代交流」(『〈つながる/つながらない〉の社会学―個人化する時代のコミュニティのかたち』(長田政一・田所承己編,2014年,弘文堂)収録,150頁)

「芝の家」は、「居場所」であると同時に「出番」がある場所だった。


画像12

    学生ボランティアという形で「三田の家」以上に「芝の家」には深く長く関わる時間を持ってきたが、いま振り返って、地域固有の悩みや不安、スタッフの方々の直面している困難さを、ちゃんと「自分ごと」として理解し参画できてはいなかったと思う。その意味で、私は「ソトの人間」だった。甘かった。未熟だった。

    それでもこの場所は、卒業するまで「もうひとつの大切な場所」で居てくれた。陽の当たる縁側は、何も持たない一学生だった私と、様々な世代の地域の人たちとのご縁をつないでくれた。

画像13


    大学を出てからも何度か懐かしさに誘われて訪問することもあったが、次第に日々の忙しさに追われるようになり、足が遠のいてしまっていった。顔なじみの人たちもそれぞれの道に進みはじめていた。中には、「この世を去った」ご近所の方もいた。


画像14

    

     2019年2月。大学時代の恩師が退官されるという報せを受け、三田の街に駆けつけた。恩師の最終講義が始まる前、ふと思い立って「芝の家」に足を運ぶと、縁側のある通い慣れた建物には鍵が掛かっていた。耐震上の都合のために取り壊すことになったのだという。

画像15

     ほど近い「仮拠点」には真新しい看板が掛かっていた。スタッフの方が、もうあらかた片付けてしまったけれど、「旧・芝の家」に行ってみませんか、と声を掛けて下さった。


画像16

    かつての「芝の家」の室内は綺麗に整理され、ほとんどの物品はまとめられていた。見慣れた小さなちゃぶ台も、新しい門出を待っているようだった。談笑の声が絶えず、いつもあたたかく迎えてくれたこの場所も、確かに時代とともに移ろいでいくのだ、という想いが、静かに終わりを待つ「家」の中で強まった。


     「芝の家」の事業は現在も仮拠点で営まれており、新拠点設立も予定されているという。縁側から地域の人たちをつなげていったスモールステップの活動は、また新しい広がりを見せていくことになりそうだ。

画像17