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しょうちゃん

図体がやたらでかいくせに気が小さい。そいつは私が年長のときに引っ越してきた。

二つ年下のしょうたくんだから、「しょうちゃん」と呼んでいた。

第一次性徴の時期であったにも関わらず、彼が私より小さいという瞬間は一度もなかった。

小学校の頃、どうみてもランドセルや黄色の安全帽は浮いていたし、図体のデカさだけで少年野球チームにスカウトされるほどだった。

彼の母親は喜んで、しょうちゃんを野球チームに入れた。

決して活発な少年ではなく、ゲームやプラレールが好きだった。

彼は品があって教育熱心な家庭でぬくぬくと育ち、水泳に少年野球に書道にピアノに公文に、忙しい小学校時代を過ごしていた。

彼はがんばり屋で、不器用だった。

始めたころは何事にも頭角をあらわすのだ。同じ書道教室に通っていたときも、むさぼるように字を書き続けていた。師範も「真面目な子だ」と絶賛した。めきめきと力を付け、地域の展覧会でも最優秀賞を受賞した。


表彰式のとき、彼の母親は、30分前に会場入りし、そこにいるどの母親たちよりもおめかしをして、誰よりも息子の写真をカメラにおさめた。

当事者の彼は、どこか他人事のような顔をしていた。

賞状をもらっても、のほほんとした能面みたいな表情はいつも通りだった。

むしろ字を書いているときのほうが、生き生きとしていた。

賞状をもらうより、字を上手に書く方が嬉しいんだなと思った。

彼が中学校に入学すると同時に、こころちゃんという同級生が、同じ書道教室に通い始めた。

こころちゃんにはとても優れた才能があって、わずか数ヶ月でしょうちゃんと同じレベルに到達した。

その頃、野球部に入部し忙しい生活を送っていた彼は、野球に勉強に書道に、だんだん身が入らなくなっていた。字を書くときも、「先生!また段位上がったよ」と喜ぶこころちゃんを横目で見ながら、つまらなさそうになった。

ある日、彼がひどく初歩的なミスを犯した。投げやりにその作品を添削してもらっていたけれど、以前の彼なら書き直していたはずだ。

「しょうちゃん、こころちゃんを見習いなさいな。あんたいつからちゃんと書けなくなったの」

先生の何気ない一言だ。笑いながら、和やかに放った一言で、彼は書道教室に来なくなってしまった。

彼は、プライドが高かった。

野球部では誰よりも体格がよかったが、レギュラーに選ばれたことはなかった。
地元トップの進学校目指して受験勉強に励んだが、ごく普通の公立高校に落ち着いた。

頑張って入った高校でも、成績はドベに近かった。部活には入らず、カラオケボックスで時間を潰していた。

今は、地元の専門学校に通っていると聞いた。

ありのままに生きろと偉い人は言う。
周りと比べずに、自分の好きなことをすればいいと。

それができていたら、しょうちゃんはもうちょっと頑張れたのだと思う。

しょうちゃんはきっと、そうしたいと思い続けている。

心の隅で気にしながら、応援してあげたいと思う。

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