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わたる

大学のサークルの同期だ。

カラオケやボウリングが上手くて顔も整っている人気者なのに、誰に対しても明るく分け隔てなく優しい。こんな人がいるのかと感心した。

彼はコミュニケーションが上手い。
4人兄弟の3番目で兄弟喧嘩の仲裁をしてきただとか、バラエティ番組やYouTubeのエンタメ動画を見まくって、数人の仲を取り持つのはプロなのだと言っていた。

自分が言いたいことを発信するよりも、その場の雰囲気を良くすることが自分の役目なのだと。

そういうことを嫌味なく言えるところも私は尊敬していた。

彼は浪人生だから、私よりひとつ年上だ。持ち前の粘り強さで大学合格を手にするも、勉強はあまり好きではないという。理系学生のほとんどが大学院に進むにも関わらず、彼は就職活動を始めた。

わたるだったら上手くいくよ。だって今の社会に必要なのはコミュニケーション能力だから。そう言ってたくさんの人が彼の背中を後押しした。

彼は少し嬉しそうにしていた。

しかし彼は、将来像を描けなかった。
自分が何をしたいのか、わからなかった。

手当たり次第に大手企業にエントリーし、面接に落ち続けた。それでも大手企業以外は受けようとはしなかった。「挑戦し続けたい」「社会にインパクトを与えたい」彼の就活ノートの表紙には、使い古された中身のない“野望”が羅列されていた。

彼の言う志望動機は全く論理的ではなく、しかし全く感情も伴っていなかった。私が少しアドバイスをすると「それだわ」とすぐに鵜呑みにした。なんだか就活をする彼はロボットのように恐ろしく、一貫性のカケラもなかった。

今まで周りの雰囲気を一生懸命保ってきて、自分のやりたいことに盲目になりすぎたのではないかと思った。

ある日、彼は第一志望の企業の最終面接で落ちた。
さんざん泣いて親に電話しながら、就活ノートをびりびりに破り捨てたという。

「将来やりたいことなんてない。働きたくない。本当は遊びたい。遊ぶために金を稼ぐ、そのために就活では全力で自分を繕うことにした。ない本音言ったって仕方ないから、稼げればそれでいいんだ。そのために就活をするんだ。」

電話口で彼はそう言った。
「投資を勉強するとか、大学院に進んで確実に稼ぐとか、他の道もあるんじゃないの」という言葉を私は飲み込んだ。彼を追いつめることはしたくなかった。

そもそも彼はそんなに遊び人じゃない。
遊びに大金をかけるほど大胆でもない。

昨日エントリーシートを出したのも、どうやら大企業みたいだ。


なにか妙なプライドが彼を急き立てている気がした。

勤めた企業が立派じゃなくても、君はじゅうぶん魅力的なんだけどなぁ。

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