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金色のビールはどのようにして生まれた?

いまでこそビールと言えばピルスナーが主流だ。
ピルスナーとは、日本のキリン、アサヒなどの大手メーカーの看板商品のをイメージしてもらえばわかりやすい。黄金色で炭酸がシュワっとした切れ味の良いビールのことだ。

このピルスナーは19世紀中頃にチェコで生まれたのだが、発売当時は相当な衝撃がビール業界に走ったそうだ。なんといってもその特徴は色である。
それまでのビールは濃色のタイプのエールが主流であったため、ピルスナーの黄金色には多くの人が魅了されたらしい。
ガラスの大量生産が可能になったことも淡色ビール人気の追い風になったとの考えもある。

この黄金色はどのようにして生まれたのか?
多くのビールの教科書には、「チェコの軟水がピルスナーを生んだ」との説明があるが、それよりも麦芽が大きな役割を果たしたのではないかと私は思う。

濃色ビールに使われるモルトの大半は淡色モルトで、ローストモルトの使用は全体の10%程度に留まる。ローストモルトがビールに与える効能は大きく、色のついたモルトを使えば容易にビールに色を出せるということだ。

ではなぜ昔のビールの色が濃かったかというと、それは焙煎技術が発達していなかったからだ。当時のモルトは、石炭や薪を燃やして乾燥させていた。そのため、その燃料から出る煙の色や香りがモルトに移る。そういった意味では、昔のビールは色が濃いだけでなく燻したニュアンスもあったのではと考えられる。

では淡色ビール、もとい淡色のモルトはどのようにつくられるようになったのか?
それは産業革命時代に開発された「コークス」という燃料によってもたらされた。これは今までの燃料よりもクリーンな熱源で、ビールに香りや色を移すことなく加熱することができるようになった。
ピルスナーの醸造にはこのコークスによって焙燥したモルトが使われたという。それがチェコの軟水と相まって輝きを放つ黄金色のピルスナーが生まれたのだ。

この淡色のモルトはベルギーの修道院ビールにも影響を与えている。
修道院でつくられるデュベル、トリペルビールは通常のビールよりも多くの原料を使うため、色がどんどん濃くなっていくものであった。
そんな中、ウエストマール修道院が淡色モルトを使用したトリペルをつくり始める。このブロンドに輝くリッチでドライなビールは多くの評判を呼び、ほかの醸造所が真似し始めたことからベルジャンゴールデンエールというスタイルが定着した。

さらにチェコで生まれたピルスナーは、その誕生の技術を提供したドイツにも逆輸入されることとなり、ジャーマンピルスナーとして多くの地域でつくられるようになった。
イギリスではモルトの使用量を減らしてホップを多く加えたペールエールが生まれ、淡色ビールが流通するようになった。(このビールの誕生に関してはモルトに対する課税という背景も考えられる)

とにかく淡色モルトの出現によって、クリアで黄金色のビールはヨーロッパ各地で人気で受け入れられた。
ゴールドラッシュの時代的な影響などもあり、世の中が金に魅せられていたことも人気拡大の理由の一つなのかもしれない。

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新潟市在住1993年生まれ地元の業務用酒販店に勤務中。ビールが一番好き。でも他のお酒も好き。なぜそのお酒がその味になるのかがつい気になる。フリーのライターとしても活動中。
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