見出し画像

商品レビューその2: 戯曲集「CITY」

円盤に乗る派STORESの商品を、ウォッチャー・渋木すずがレビューします。2回目は戯曲集「CITY」についてです。
1回目:生活状態(ライフスタイル)誌「STONE/ストーン」についてはこちら


◇◇◇

もう長らく街を歩いていない。
近所を歩ける範囲で散策したりはする。仕事の都合上、何度か会社まで出勤もした。
だけど街を歩いていない。

寄り道、ということだと思う。知らない駅の知らない土地、知らない街で知らない人々とすれ違う。そういうことをしていない。
偶発的な出会いでしか生まれ得ない何かが足りていないような気がしている。

そろそろ劇場に行きたくなってきた、と思っているのは私だけではないようだった。


もうすぐ規制は解除されるだろう。
解除された後の話を横目に、今はひたすら「シティ」三部作が読みたくなっている。

「シティ」とは、カゲヤマ気象台がsons wo:時代に書いた戯曲だ。
「シティⅠ」「シティⅡ」「シティⅢ」 という三部作になっており、「シティⅢ」は第17回AAF戯曲賞を受賞した。

とある街で姉弟が暮らしている。この「Ⅰ」の街の10年後が「Ⅱ」、そして更に5,670,000,000年後の世界が「Ⅲ」であり、Ⅰ〜Ⅲは一つの街の時代違いの情景ということになる。

書きながら気づいたが、56億7千万年後というのは弥勒菩薩が悟りを開く年だ。それほどの途方もない時間が経っても、「街」はある。

「I」で姉弟によって語られた街は、どこかの地方都市なのかもしれない。
汚い中華料理屋、星の見える空、灯りのない路地、シャッター、小さなゲームコーナーのあるショッピングセンター、映画館、海。街はどこか廃墟じみていて、端々に世界の終わりが垣間見える。

私は地方都市の、この終末の空気を知っている。そしてそれが、今暮らす首都にさえ感じられてしまうことも。

戯曲の中では、終わりの世界の知らない街で知らない人々がすれ違っていて、偶発的な出会いで生まれたような、けれど実際には初対面の人々なら話し得ないような、そんなおかしな会話をしている。その様子に、ひどく安堵する。


さて、シティ三部作が一つにまとめられた戯曲集が「CITY」である。
装丁・製本はNichecraftによる物で、手製本とは思えないくらい丁寧な仕上がりだ。むしろ、手製本だからこその丁寧な仕上がり、と言ったほうが良いのかもしれない。

表紙をめくるとアイボリーの可愛らしい柄があしらわれており、外側の無機質な印象とは真逆の温かみを演出している。コンクリート張りのおしゃれな家の内装に対する評価のようになってしまったが、とにかくギャップが良い。加えてサイズもB6とコンパクトにまとめられており、抜群の持ち心地だ。


来週、リモートワークが終わる。
そうすれば「通常の」出勤が呆気なく日常に戻り、この先も続くだろう。
既に電車は満員に近いと聞く。

最後の休日、私は明日から鞄に「CITY」をしのばせて電車に乗ることを静かに誓った。
この街で失われていくもの、既に失われてしまったものを思いながら読む。


◇◇◇

戯曲「CITY」の詳細は下記リンクからご覧いただけます。

ここから先は

0字

円盤に乗る場

¥500 / 月

演劇プロジェクト「円盤に乗る派」が運営する共同アトリエ「円盤に乗る場」情報ページです。詳細はhttps://note.com/noruha…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?