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「ゆっくり実況」を一日中見ている隣人の話

 日々楽観的に生きている私でも、悩み事の一つ二つはある。目下の悩みは、隣人の騒音だ。
 テレワークが浸透したおかげで、隣人は常に家にいる(もちろん、それを認識している私も)。そして一日中彼はスピーカーで動画を見ているのだ。夜中であろうと、真っ昼間であろうと。
 家は鉄筋コンクリートの家族用マンションであるため、音に悩むことはないだろうと高を括っていたが、それは間違いだった。隣は爆音で動画を流し、それは私の寝室まで届く。耳栓をしないと気になって眠れない。もう数ヶ月こんな状態。結構辛い。

 深夜二時。相も変わらず鳴り続けている音。こんにゃろう、べらぼうめ。いい加減にしやがれってんだ。よし。せめてもの復讐として、毎日毎日どんなものを見ているのか特定してやろう。私は音の鳴る壁に耳をつけた。
 すると聴こえてきたのは、なんとも摩訶不思議な喋り声。その正体は「ゆっくり実況」だったのである。
 確かにどこかで聞いたことのある声だなとは思っていたが、まさか「ゆっくり実況」だったとは。
 知らない方に簡単に説明すると「ゆっくり実況」とは、音声合成ソフトを使用したゲーム実況や車載などの動画である(Wikipedia調べ)。この音声合成ソフトの抑揚のない不自然な発声が癖になる。また、多くの場合「ゆっくり霊夢」と「ゆっくり魔理沙」というデフォルメされた女の子のキャラクターたちが会話をしながら実況を行なっていく構成で作られており、それも人気の理由の一つだ。最近では「〇〇のおすすめ商品5選」や「ゲームの魅力的なキャラクター5選」等、様々なジャンルの紹介動画が数多く見受けられる。

 「ゆっくり実況」を、隣人は飽きもせず毎日毎日ずーっと見ているのだ。すごい。逆に尊敬するレベルだ。彼は二十四時間眠ることも忘れ「ゆっくり実況」に没頭している。こうなるともはや、応援したくなってくる。
 一度だけ廊下で隣人をお見かけしたことがあるが、50歳前後の男性だったはずだ。独り身の初老の男性が、毎日「ゆっくり」三昧。一体全体彼はどんな人生を送ってきたのだろうか。この時点で、怒りよりも興味の方が沸いてきた。
 しかし、彼はイヤホンを知らないのだろうか。普通「ゆっくり実況」を見ているなんてあまり人に知られたくないはず。それなのに彼は音の漏れなど気にもせず、堂々たる姿勢でそれと向き合っている。なんとも男らしい御仁だ。今度「ゆっくり霊夢だぜ、ゆっくり魔理沙だぜ」と聞こえた後に「ゆっくり野呂だぜ!」と叫んでやりたい。きっと彼は全く動じずに見続けるだろうけれど。
   そもそも、「ゆっくり実況」を毎日長時間見るってどういうことだ。あんなもの暇すぎて死にそうな時に色々と試行錯誤し、最後の最後に見るものじゃないのか。それに、あんなもの数分見たらすぐに飽きてしまうものじゃないのか。どうやら隣人は余程の暇を持て余し、余程の忍耐力を持って事に臨んでいるらしい。もっとゆっくりしてくれ。

    私は耳を壁に貼り付けて、漏れる音を聞き続けた。
聞き取れる情報から察するに、今は「衝撃的な死に方をしたアニメのキャラ10選」を見ているようだった。
   おいおい。それを見てどうだと言うのだ、彼は。衝撃的な生き方をしているあなたが、衝撃的な死に方を気にしてどうする。まさか終活の参考にでもするつもりなのか。いや、まだ早まらないでくれよ。私の「衝撃的な隣人10選」に選出するまでは。

 彼の視聴欲は留まることをしらない。いつか、いつの日かばったり会ったら、何故そんなにも「ゆっくり実況」が好きなのか尋ねてみたいものだ。壁ドンしたり管理会社に連絡しようと思っていたが、それまでは一旦我慢しよう。
 その時が来たら絶対に記事を書くので、もしこれを読んでくれている方がいらっしゃったら他の記事を見ながらのんびり待っていてほしい。是非のろのろな野呂のページで「ゆっくりしていってね!!!」

こんなところで使うお金があるなら美味しいコーヒーでも飲んでくださいね