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日本の私立大学はなぜ生き残るのか|16冊目『非営利組織のマーケティング戦略』

フィリップ・コトラー、アラン・R・アンドリーセン 著(2005 , 第一法規)

マーケティングとパブリック・リレーションズ

私は学校に勤務していますが、学校の広報は学生募集のための広報と、受験対象者以外のステークホルダーとのコミュニケーション目的の広報とがあります。

私は、学生募集はすなわちマーケティングであり、それ以外の学校広報活動をブランディングであると考えて、2本の柱として並列的なイメージを抱いていました。

コトラーの『非営利組織のマーケティング戦略』によれば、「パブリック・リレーションズとは、プレス対応、企業広報、ロビー活動、危機管理などを行う補助的機能の一つではなく、もっと包括的な概念である」と言います。

マーケティングが購買、参加、投票、寄付などの特定の行動に影響を及ぼすことを目的としているのに対して、パブリック・リレーションズは主にコミュニケーションツールであり、意識や態度に影響を及ぼすことを目的としています。

そして、「パブリック・リレーションズが組織の目標を定義することはないが、マーケティングは事業活動の使命、ターゲット顧客、ポジショニング、介入などの決定に関係する」とあります。

ここではどちらかと言えば、マーケティング活動の一つとしてパブリック・リレーションズが捉えられているようです。


マーケティングとブランディング

では、マーケティングとブランディングの関係をどう捉えるべきでしょうか。

【ブランディング】
多くの組織は、そのポジショニング業務を、ブランドの確立や差別化のひとつとみている。(「非営利組織のマーケティング戦略」P.242)

ポジショニングとはいうまでもなくマーケティングで重要なSTP※のひとつです。

マーケティングのSTP

※STP=「セグメンテーション(市場細分化)」「ターゲティング」「ポジショニング」

【市場細分化】
優れたマーケティングはターゲット顧客の設定から始まり、それが成功を左右する
(「非営利組織のマーケティング戦略」P.209)

内部リソースや外部環境、ニーズを点検、分析して私たちの組織が社会に提供できる価値について私たち自身が把握することは必須です。
しかし、提供価値さえ明確であればお客さんが勝手に集まってくるかといえば、世の中そう甘くはありません。

市場を細分化して、どこの誰に対してその価値を提供するのかを定めて、そのポジションを獲得していくマーケティングが必要なのです。

特に「誰に対して」というターゲットの明確化は必要かつ重要で、市場を細分化するときの基軸を何にするのかは本当に難しく、まさに「成功を左右する」ものだと思います。
単に大学だから「学力レベル」「偏差値」と考えて市場を切り分けるならば、小規模の大学は大規模な有名大学に到底敵いません。

ドラッカーの『非営利組織の経営』にコトラーとの対談が収録されています。
そこでドラッカーはマーケティングがうまくいっているのは原理主義的な単科大学であるといっています。

ドラッカーはまた、「組織のミッションは全員に共通であるが、成功するためには、戦略を考え、主たるターゲットを攻めなければならない」ともいっています。

【ターゲット・マーケティング】
市場細分化は、組織が対象とする市場セグメントの市場機会を明らかにする。組織はつぎに、これらのセグメントに、どのように的を絞るか、を決定しなければならない。
(「非営利組織のマーケティング戦略」P.230)

ターゲット・マーケティングには4つの戦略的選択肢があります。
それは「マス・マーケティング」「差別化マーケティング」「集中化マーケティング」「マス・カスタマイゼーション」です。

大規模の有名大学ならば「マス・マーケティング」が可能です。
また「差別化マーケティング」にも規模と資本力は必要です。
中小規模の学校は「集中化マーケティング」別名「ニッチ・マーケティング」を検討する必要があるのだと思います。

【ポジショニング】
非営利組織マネジャーは、「競争はよくない」と考えがちであるが、競争は現実に存在するのである。
ターゲット顧客は「心のなかに」選択肢をもっており、それゆえにその心のなかでマーケターは競争しなければならない
(「非営利組織のマーケティング戦略」P.235)

マーケティングの定義をコトラーは「(価値を加えて)ニーズを満足させること」といっています。
マーケティングを広い概念で捉えるならば、ブランディングもまたマーケティングのための活動となるでしょうし、マーケティングを4Pの一つ「広告・宣伝(Promotion)」と狭義にとらえるならば逆に、マーケティングがブランディングのためにあることになるでしょう。
しかし、どちらが大きい概念なのかが重要なのではありません。
いずれにしても、学校にもマーケティングが重要であるということに代わりがないからです。


マーケティングのベンチマークとしての武蔵野大学

『非営利組織の経営』のコトラーとドラッカーの対談の中で、非営利組織においてマーケティングがピンときていないことが多いようであると書いてありますが、それは現在の日本であっても、多くの大学において、それほど変わらない現実があるようです。

とはいえ、もちろんマーケティング戦略を用いて実績をあげている大学もあります。
近畿大学や東洋大学などはそうした大学であると思いますが、私は特に武蔵野大学に着目したいと思います。

武蔵野大学は龍谷大学や京都女子大学と同じく浄土真宗、西本願寺派が起源の大学で、元龍谷大学総務局長が現在は理事長を務めています。
1965年に武蔵野女子大学として設立されました。

今から20年少し前の2000年には文学部、現代社会学部、人間関係学部の3学部5学科の女子大学で、学生定員(収容定員)は2,835名と、私の勤務する大学とほとんど変わらない規模の大学でした。

2003年に大学名を武蔵野大学に変更するや、2004年の薬学部設置に伴い男女共学化を行い、医療系という新しいテーマを掲げて、マーケットの拡大を図りました。
以降、通信教育学部の設置、医療系のテーマのもとで看護学部を新設し、メディカルセンターを開設。
さらには現代社会学部を政治経済学部に改組する段階を経て、オーソドックスな文系の総合大学として必要なラインアップとして、法学部、経済学部、経営学部と次々に設置していきます。
2003年以降は、休むことなく毎年のように大規模な改革がなされていて、何も動きがない年はなかったと思います。
時代のニーズに応える話題性のある学部として、環境学部やデータサイエンス学部、アントレプレナーシップ学部が設置され、さらに環境学部は工学部へと改組がなされ、文理医療系12学部20学科の紛うことのない本物の総合大学へと変貌を遂げました。
こうした一連の改革はもちろん思いつきの連続ではなく、しっかりとしたグランドデザインのもとで描かれたビジョンによるものなのだと思います。

そして、2021年はなんと2000年のときの3倍以上!!の10,729名という驚きの学生定員数になっています。

そんな武蔵野大学の改革の動きが着目されないわけがありませんが、2015年の「リクルート カレッジマネジメント」に特集記事が掲載されています。

武蔵野大学の学部開発におけるポイントは、冷静なマーケティングだ。新学部設置の構想は「社会的需要はあるが大手の私立総合大学にはない学部」に着目して進められていった。例えば、看護学部・薬学部・教育学部の新設である。「武蔵野大学が他大学に勝つことのできる分野に注目した。その分野でトップ10に入ることができれば、大学の知名度をあげることができる」と寺崎学長は話す。

出所:リクルート カレッジマネジメント190 , 2015


日本の私立大学はなぜ生き残るのか

IDE大学協会の機関誌『IDE現代の高等教育』で東大の両角先生が紹介していたので読んだのですが、ジェレミー・ブレーデン、ロジャー・グッドマンという海外の研究者が日本の大学について研究した『日本の私立大学はなぜ生き残るのか』という本があります。

2010年の18歳人口は120万人でしたが、2030年には100万人となり、20万人の減少となります。
2000年の18歳人口は150万人だったので2010年までの間にすでに30万人減少しています。
大学希望者数が大学の学生募集数を下回る、つまり全入時代の到来は2009年(最初は2007年といわれていた)と予想されていました。
そして、全入時代到来の後、定員割れにより多くの私立大学が倒産するだろうとも言われていました。
ところが実際は2018年までに廃止された大学の数は11大学に過ぎず、そのうち法人が解散したケースは3法人のみでした。
他の8大学の法人は、大学は廃止としたものの、同法人が設置する他の大学、専門学校、高校などの経営を行い、学校法人としては今も継続しています。

ジェレミーとロジャーは日本の私立大学の多くが同族経営であることにフォーカスし、そこにレジリエンスがあると分析していますが、外部環境要素として多くの大学が倒産に至らなかったことには次の原因があるとしています。

まずは女子生徒が短大ではなくて4年生の大学を進学先に選ぶことが主流になったことです。
短大の進学率のほとんどは大学の進学率へスライドしました。
そしてさらに、大学入学率の上昇と維持があります。
これはいくつか理由がありますが、一つは国家的な大学推奨、つまり日本学生支援機構(JASSO)を通した政府による学生ローンの仕組み(内容はともかく名称は「奨学金」)が認知され利用者が増えたことと、大学教育を受けてこなかった親が自分の子どもたちは大学に通わせたいと奨励したことによる急成長が挙げられています。
また、2014年の私立学校法改正によって行政が大学経営に介入可能になったことも理由の一つとして挙げられています。

大学進学率は30%、40%台から今や55%弱にまで伸びているわけですが、さらにこの先、進学率が上がることは考えられるのでしょうか。

2017年に文科省が書いたいくつかのシナリオによると、これ以上進学率が上がらない場合の2033年の新入生数は2015年と比較して15%減ってしまうのだと言います。
一番、楽観的なシナリオによれば、進学率が60.3%まで上昇した場合に2033年の新入生数は今と変わらないままなのだと言います。

しかし進学率が60%を超える場合には、学力低下や離学率のUPなど別の問題が起こることが容易に予想できます。

本の中にMGUという架空の(といってもモデルとなる大学があり、教育業界関係の方であればモデルが何大学なのかは一目瞭然です)大学の事例が出てきます。
MGUは決して悪い大学ではないのですが、やはりなかなかに苦戦を強いられ、しかし最終的には財務状況が改善されたケースとして紹介されています。
2000年に2,750名だった募集定員(新入生定員)は、2001年に定員確保が困難になって以来、徐々に縮小せざるを得なくなり、財務状況が安定したとされる2018年には、募集定員数はピーク時の約半分の1,380名となっていました。

MGUは決して大学経営の失敗例として紹介されているわけではありませんが、聖トマス大学は経営に失敗した事例として実名で登場します。
聖トマス大学は上智大学と同じカトリックの大学でもともとは英知大学という名称でした。
学生獲得が困難になった際に、外部の教育系コンサルティング企業による改革プランを実施し、しかしそれがうまくいかずに最終的には学校法人は解散となってしまいました。
大学の名称変更や、少子化にもかかわらず幼児教育系の学科を新設したことなどが裏目に出てしまったわけですが、何もしなかったわけではなくて、マーケティングを行った上での失敗例と言えます。
つまり、マーケティングが必要だとはいっても、マーケティングを導入さえすればすべてがうまくいくわけではないということです。


来るべき次の危機をどう乗り越えるか

もっとたくさん大学が倒産すると予想されていたのにそうでもなかったので、次もきっと大丈夫、心配しすぎだよ。
そう思っている大学人はきっと多いと思います。
しかし、そんなふうに油断していて良いのでしょうか。

正直なところ、私たちのような小規模な大学は近年の大学入学定員厳格化によって奇跡的に救われてきました。
しかしそれも今年、緩和されることが発表されています。
これはかなり深刻な問題です。

従来通りの層をメインの市場とするのであれば、18歳人口が激減し、入学定員厳格化が緩和されることにより市場の競争はますます激化します。

しかし、考えられる手段はいくつかあると思います。

まず、何もしないならば、奇跡的にうまくいったとしてもMGUのケースの様に学生定員数の減少は避けられないでしょう。
現状の3分の2から半分くらいにまで減らす必要があるのではないでしょうか。
学生数が減っているのに教職員数が現状のままであれば、ただでさえ高いと指摘されている人件費率はさらに上昇してしまいますから、思い切った教職員数の削減が必要になることは間違いがありません。
教職員数を減らすということは、学生視点からすればサービスの低下に他なりません。
だとすれば、現在の小規模大学が全般的に持っている「面倒見の良さ」という大きな特色を失うことになると思います。

アンゾフの「事業成長のための製品ー市場戦略」というフレームがあります。
既存市場、既存製品で勝負をすれば市場浸透。
新市場を開拓するならば市場開発。
新製品を開発するのであれば製品開発。
新市場で新製品で勝負をするのであれば多角化となります。

大学が新規市場に目を向けるとすれば、高校を卒業する18歳人口以外では「社会人」をターゲットにする方法があります。
既存の大学や大学院を社会人にアプローチする市場開発の他、新たに専門職大学院を立ち上げたり、社会人コースの公開講座など生涯学習に力を入れる、あるいは教員というリソースを活用して企業研修サービスを行うなどの多角化の戦略も考えられるでしょう。
しかし社会人の大学の評価はシビアです。
私自身が大学院進学を考えたときには、授業一つひとつの魅力や授業科目数、ラインアップ、大学院に通うことで得られる人的なネットワーク、学費、給付制の奨学金の有無と教育訓練給付金への該当など、様々な要素を総合的に考慮して入学すべき大学院を選択しました。
自身の経験からすれば、資金力の高い著名な大学の大学院ほど社会人にとって魅力があると言えます。
とするならば、社会人をターゲットとして勝負をすることは資金力の乏しい小さな大学は非常に分が悪いと思います。

市場の一つとして「留学生」をターゲットにする戦略があり、日本人学生の獲得が困難な時期には実際に留学生の獲得に力を入れていた大学も多いと思います。
しかし現在は新型コロナウイルスの影響で以前のように留学生をあてにすることができなくなってしまいました。

新製品を開発する製品開発は、大学の場合は新しい学部や学科を設置すること、専門職大学院を設置するなどの他、児童養護施設や高齢者介護施設など社会福祉施設を設立することや、病院やクリニックを経営する、株式会社を設置して、学校のリソースを活用して事業収入を得るといったことが考えられます。
病院を持っている大学は病院が収入源となっている場合も多いと思います。
学校が株式会社を立ち上げる事例は少なくなく、私の勤務先も株式会社を保持していますが、多くの場合、学校内の職員を他の部署異動と同様に株式会社に配置することが普通で、会社経営には経営のプロフェッショナルが必要なのだということは理解されていない状況です。

日本の私立大学は学費の依存率が高く、平均すると収入のおよそ77%が学費であり、助成金が9%、寄付に関しては2%だと言います。

もちろん学費以外の収入を増やすことはしっかり考えていく必要があります。
しかし、寄付金を増やすといっても簡単なことではありません。
現状を短期間に大きく変えることはできないでしょう。

規模縮小、市場開発、製品開発、多角化、収入源の多様化の他にもいくつかの手段があります。
それは大学の統合と公立大学への転換です。

これまでの間では、共立薬科大学、聖和大学、聖母大学など9大学が統合という選択をしました。
しかし、これは相手があってのことであり、望めばどの大学でもできるということではありません。

さらに、高知工科大学、長野大学、山口東京理科大学は公立大学への転換というウルトラCで人気大学になっていますが、これは行政との利害関係が一致しなくては成り立ちません。

いずれにしても、来るべきに危機に向けてマーケティングの観点からどういう戦略を取るべきかを考えることは必須であると私は思うのですが、大学人は想像以上にのんびりしています。

まあ、次も大丈夫だろう、と現状のまま楽観視しているなら、仮にうまく危機を乗り越えたとしても規模縮小は免れないでしょう。
そして、そのときは当然私は規模縮小に伴ってカットされる人件費のに含まれるのでしょう。

さて、これからどうしましょう。
真剣に考えていく必要があります。

参考書籍
P.F.ドラッカー, 2007 , 『非営利組織の経営』ダイヤモンド社
ジェレミー・ブレーデン、ロジャー・グッドマン , 2021 ,『日本の私立大学はなぜ生き残るのか』中公選書
日本マーケティング協会 監修 恩藏 直人、三浦 俊彦、芳賀 康浩、坂下 玄哲 編著, 2010 , 『ベーシック・マーケティング』同文館出版

長文、最後までお読みいただきありがとうございました。
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