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炒めるという字は、なぜ火が少ないと書く?

先日、こんなtweetをした。

ググって得た答えは以下の通り。

[火]が意味のカテゴリーを示し、
[少]が発音を表している。

[少]の“すくない”という意味は、
[炒]の意味と無関係。

ちなみに漢字の説明には、部首や画数、書き順、読み方などいろいろ載っているが、その中に「熟語」の紹介があった。
「炒」の熟語は「炒飯」、のみ...。熟語...。
ま、まちがいではない。ちょっと笑えた。

本題に戻る。
tweetでも書いてる通り、わたしは一つの答えを導き出してしまったのだ。

何のためにも誰のためにもならないかもしれないが、わたしのために書こうと思う。

きっかけになったのは、先日書いたnoteの記事の中にある。

中ほどにある「野菜を炒める」前に、野菜にたっぷり水分を吸わせるという部分。

買ってきた野菜は採れてから時間がたっていて、野菜の細胞の中の水分が少なくなってしまっているので、水を吸わせて生き返らせることが重要。水分を含んだ状態で調理をすると、早く火が通るし、野菜が甘くおいしくなる、と書いてある。
どうして水分が大事かというと、「炒める」というのは、素材の持つ水分で火を通す調理法だから。

他にも重要な点として、フライパンに野菜を広げたら、菜箸などでかき混ぜるのをちょっと我慢して、野菜の水分が蒸気になって上がるのを見守ること、とある。
この待つ時間に野菜は、甘みやうまみを含んだ「自分の水分」でおいしく熱せられる。かき混ぜるとフライパンの中の温度が下がってしまうから、温度を下げないためにかき混ぜずに待つことが大事、ということなのだ。

はぁ~...と思うとともに、ピンときた!

そうか、火の強さが重要じゃないんだ、と。重要なのは火の強さじゃなくて、フライパンの中の温度なんだ。そして野菜から出る蒸気だとか色・艶をよく見ることなんだ、と。

著者の有元さんは、この本のなかで「味つけ以前に、食感にこだわる」とも書かれている。
食感を残すために必要なのは、火の強さよりも調理時間だ。もし、フライパンの中を菜箸でかき混ぜてしまうと、温度が下がるので、結果、時間をかけて素材に熱を通すことになり、素材はどんどん食感を失っていってしまう。

だから炒めものをする際に、火の強さへの関心は少なくていい。五感を使うべきは野菜の状態であって、野菜を見ていて火が弱いなと思えば少し強く、火が強いなと思えば少し弱くすればいいんだ。
だから「火は少ない」と書いて「炒める」という字になったのだ

今回は、ほんとうにわたしのために書いた。
ここまで付き合ってくださった方には、こころからのお礼を…ではなく、いや、お礼も兼ねて、「もやしを食べる前に、ひげ根を取って水に浸けること」を全力でオススメします。
上記noteの記事にもあるが、もやしを食べる前に面倒でもひげ根を取ってから、30分でもいいので水に浸けてみてほしい。ぜんっぜん違うから!炒めものだけじゃなく茹でたときも、食感がシャキシャキッとして、とっても美味しいから!

それでは、また〜(◍•ᴗ•◍)

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海の近くに住んでます。何者でもない、ただの人です。
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