錦鯉は無欲で挑め

 昨年のM-1グランプリ決勝進出をきっかけに、今年大ブレイクを果たした、SMA(ソニー)所属のお笑いコンビ・錦鯉。多くの若手芸人の台頭が著しい現在のお笑い界にあって、まさに時代に逆行するかのように、売れないベテラン芸人たちの希望の星となることに見事に成功した。

 筆者がその存在に注目したきっかけは、今から2年前。舞台はM-1グランプリ2019の敗者復活戦だった。そこで錦鯉のボケ担当・長谷川雅紀の年齢(当時48歳)が話題となり、視聴者に強烈なインパクトを与えることになったわけだが、その時は、けっしてブレイクの匂いを感じるほどではなかった。錦鯉という存在を認識する程度の印象にとどまっていた。

 錦鯉に対する筆者の印象に変化が起きたのは、それから数ヶ月後。2020年4月に放送された、「ゴッドタン」(テレビ東京)の『事務所対抗ゴシップニュース』という企画に出演した彼らの姿を見たことにある。長谷川の良さはもちろんだが、特にこちらの目を引いたのが、ツッコミ担当・渡辺隆の佇まいだった。ゴッドタン初出演にもかかわらず、落ち着いた振る舞いでキレのあるトークを連発。長谷川の隣には、ちゃんと「優れた相方」がいるのだと、その後の活躍を予見させるような存在感を発揮していた。錦鯉への評価が大きく変わった、筆者にとっては忘れられない放送回になる。

 その後、長谷川はピンで「有吉ぃぃeeeee!」(テレビ東京)に頻繁に出演。仲の良いタカアンドトシやMCの有吉弘行などにいじられながら、例のおじさんキャラを存分に発揮した。コンビでもネタ番組への出演が何度かあり、その認知度をジワジワと高めていった感じだ。そうした地味な露出がようやく実ったのが、年末のM-1グランプリ2020だった。

 昨年のM-1グランプリ2020準決勝。筆者の近くで観戦していた若いカップルは、錦鯉が登場すると、その顔には満面の笑みを浮かべていた。彼らのネタ中も、誰よりも声をあげて笑っていた。そして、決勝進出者発表で錦鯉の名前が読まれた瞬間、「よっしゃー!」と歓喜する姿を僕はいまも鮮明に覚えている。

 そしてそれは、筆者自身にも少なからず当てはまった感情でもあった。「錦鯉が決勝に行けば面白そうだなー」とは、彼らのネタを見終わった直後に抱いた、こちらの率直な気持ちだった。
 
 何が言いたいのかといえば、錦鯉は「応援されやすい」ということだ。ひと言でいえば、ラブリーな存在。43歳と50歳のおじさんコンビに似合う言葉ではないが、その人気は世間が思っているよりも高い。つまり、観客を味方につけやすい状況にあるというわけだ。

 昨年に続き2年連続のM-1決勝進出を決めた錦鯉だが、その立ち位置は前回よりも悪くないとは、個人的な見解になる。お笑い賞レース、特にM-1の場合は正体がバレていない、いわゆるダークホースの方が基本的には有利だと言われるが、今回の錦鯉に関してはその逆。彼らの漫才は、むしろスタイルが浸透している方が輝きを増すと僕は思う。ネタの仕組みがバレたところで、大して影響はない。思い切って言えば、彼らには失うものがないのだ。こう言っては何だが、たとえ決勝で最下位に沈んだとしても、錦鯉には全くダメージはないと思う。プライドが高そうにも見えないし、もっと言えば、決勝に進出(しかも2年連続)したこと自体が、すでに快挙だと僕は思っている。

 オズワルドやインディアンスとの違いはそこだ。彼らに掛かるプレッシャーは少なくとも錦鯉以上。いわゆる優勝候補に挙げられそうなコンビだが、錦鯉はどうだろうか。少なくともオズワルドより人気は低いはず。だとすれば、欲しいのはチャレンジャー精神だ。優勝など狙わず、いかに無欲で挑むことができるか。それができれば、錦鯉は今回も活躍できる可能性は高いと僕は見る。

 優勝を狙うな、無欲で行け。錦鯉に限った話ではない。これはファイナリスト全コンビに言いたいことだ。

 今回のM-1準決勝。通過コンビと敗退コンビの明暗を分けたのは、決勝への「欲」だと僕は思っている。番狂わせが相次いだ理由はここにある。ハライチ、見取り図、男性ブランコ、アインシュタイン、アルコ&ピース。これらの人気コンビから、僕はなんとなくそうした決勝進出への「欲」を感じた。それが、いまいちネタが乗り切らなかった理由のひとつだと見る。決勝への「欲」や「色気」が、ネタにややブレーキをかけることになってしまった。少々強引だが、そうした匂いが僅かながらちらついていたことはたしかだ。

 ファイナリストが今回フレッシュな顔ぶれになった理由だと僕は思う。特に決勝初進出を決めた5組には、そうした変な色気を感じることはなかった。審査員たちも、そうした出場者の雰囲気やオーラなどを感じ取っていた可能性はある。気楽な立場で挑んだことが、今回の決勝進出に結びついたと僕は思っている。

 決勝戦も、その辺りがポイントになると見る。優勝がちらつき変に固くなれば、ネタのノリは悪くなる。前評判の高い優勝候補が敗れる典型的なパターンだ。そうした目には見えない“精神的なノリ”は確実に存在する。

 チャレンジャー精神全開で挑めば、80のネタが100発揮される場合がある。逆に、精神的に受けて立ってしまうと、100のネタが80しか発揮できない場合もある。そしてそれは、芸人たちの微妙な立ち位置に関係する。前評判が高いのはどのコンビなのか。観客からどのように見られているのか。そうした世間の評価に芸人たちも気づいている。その評判はいやが上にも耳に入ってくる。

 以前もこの欄で述べたことだが、オズワルドの優勝が簡単そうに見えない理由もここにある。今回のファイナリスト9組の中では、彼らは間違いなく優勝候補の筆頭だ。そうした欲やプレッシャーが、1番人気であろうオズワルドの漫才にどういった影響を及ぼすのか。そして、錦鯉は昨年のように無欲で挑むことはできるのか。ファイナリストたちが醸し出す、そうした空気感にも目を凝らしたい。

 

 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?