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短編小説「別れた朝はパンケーキを焼こう」最終章


「やっと湯沸いたよ。ガスだと直ぐなのになあ」
笑いながら男はソファーから立ち上がろうとした。
「ちょっと待って。お茶くらいわたしが入れるわ」
そう言って、起き上がった。
祖母とは二年くらいしか一緒にいなかったが、
祖母の入れるお茶は、母が入れるそれとは別物だった。
安い茶葉だったが、見よう見まねで覚えたものだ。

あの日から大人の顔色ばかり見てきたせいか、
自分の気配りひとつで結果に大きな差が出るものには
努力を惜しまなかった。
お茶の入れ方もそのひとつだ。
同じ茶葉、同じ量でも
湯の温度や、蒸らす時間によって大きく差が出るのだ。
小さなことだが、この積み重ねは必ず他人に伝わるのだと
今までの経験から確信している。
そうやって、仕事をこなし生き残ってきた。

ふたつ並んだ茶碗に湯を注ぎ入れ、
パックの茶葉をひとつだけ急須に入れる。
何度か茶碗を両手で包み込み、お湯の温度を計る。
3分ほどたっただろうか、茶碗にいれた湯をゆっくり急須に入れ
茶葉が開くまでしばらく待つ
それから温まっている茶碗に、交互に茶を入れる最後の一滴まで・・・

「はい、どうぞ」
男の手元に差し出す。ひと口飲んで
「うまいなあ」
と、男は頬を緩めた。わたしも一口飲んでみた。
「ねえ、もう雪やんだ?」
今度はわたしが窓際に近寄って夜空を見上げた。
やはり今夜は月も星もみえない。
ホテルの薄暗い明かりの向こうで、波が飛沫をあげる。
風が出てきたようだ。
ふたりともしばらく無言で波音を聞いていた。

男は夜の海を見つめたまま、
「なあ、結婚はしないって約束だったから、
籍はどうでもいいんだが、俺と一緒に暮らしてみないか」
驚いて、お茶を零しそうになった。
「アハハ。熱でもあるの?アルコールも入ってないのに」
外を見ていた男の顔が、こちらを見つめる。
「冗談なんかじゃないよ。
しばらく黙って俺の言うことをきいてくれないか」
わたしも、男の瞳を見つめ返した。
奥が穏やかで、何の迷いもない。

「この1カ月、何べんも考えて打ち消してきたんだ。
でも人生は一度しかない。駄目でも自分の気持ちをぶつけた方が、
後悔がないと思ったんんだ」
「どうしたのよ。そんな真面目な顔、全然似合わない」
首を横に振った。
「実は俺、プロフィールにひとつだけ嘘を載せた。
既婚者じゃないんだ。嫁さんは3年前に死んだ。
空気みたいな存在が突然消えた。
病院で検査を受けてわずか8カ月。
半年は自分ばかり責めたよ
一年に一度の検診をどうして強く勧めなかったのかって。
乳房を切るのは嫌だと泣いたのに、死ぬんだったら
温存手術にすればよかったとか。そなことばかり考えてさ」

男はいったん話を切り、お茶を1口飲んだ。

「その後の半年は、寂しくて真っ暗な家に帰るのが嫌で、
仕事に集中しようとしても力が入らない。
どうしても眠れなくて、酒ばっかり飲んでた。
息子がひとりいるが、あいつもさみしかたんだろうな。
卒業したら半年で都会のお嬢さんと結婚して
妻の3回忌にも帰らなかった。それはそれでいい。
男親なんてお金をだしてやるくらいで、
なにもしてやれないのだからさ・・・」
わたしは何も言わず聞いていた。
「でも、頭ではすべて理解していても、やっぱり寂しかったのよ
そんなころ、インターネットの地域別出会い系サイトを知った」

「そうね。一時は寂しさを忘れられる。また次をと思う。
ついついはまってしまうんだよね。わたしも同じだよ」

「ああ、Ⅰ年足らずで10人くらいの女と付き合あったよ
でもお前みたいな女ははじめてなんだ。どこか他の女と違う
がむしゃらに何をを求めているのか、
必死で何かをわすれようとしているのか、
とにかく俺と同じ匂いを感じたのさ。
お前もどうしようもないものを抱えているんだろう」

しばらくは何も言えなかった。

ただ今日一日をすべてリセットして
昨日の夜に戻りたかった。

お茶をふたくち飲んでから、
「嘘のない人生を送れる人は、
ネットの世界にのめりこんだりしないものよ。
でも好んで嘘をつく人もいないわ。
嘘を付くのが嫌だから、必要無いことは言わないの。
何もかも曝け出したら、そこでゲームは終わりよ。
名前も、住所も、電話番号も明かさないこんな出会い幻なのよ。
落ち着く場所が欲しいのなら、現実の社会で探しなさいよ。
わたしは今のやり方を当分帰るつもりはないの。
煙草一本もらえるかしら?」

冷たい沈黙が続いた。

ふたりの吹き出す煙が
ゆらゆらと部屋中を漂っている。

「俺が最初の約束を破って、ゲームに負けたってことか。
そうだよな。どっちが先に飽きるか、
どっちが先に息苦しくなるか、
男と女が終わるときは、結局そんなところだろうな。
済まなかった。すべて忘れてくれ」

「あなたのような正直な人は、この世界には向かないわ。
寂しさを埋める方法なら他にもある思うし、
なにより息子さんがいるのなら、わたしとは違う未来があるはずよ。
そろそろ出ましょうか、今日もありがとう」

「ああ、こちらこそありがとう」

それでも男は、駐車場へと続く階段を降りるとき、
そっと背中に手を添えた。
男の車に乗ったら、また爪を噛んでいた。
男の左手が、口にあったわたしの右手を取って強く握る
わたしはされるがままになっていた。

公園の駐車場に止めていた車中は、身も凍りそうに寒かった。
ワイパーの上にも雪が積もっている。エンジンをかけて
暖房を強にしたがなかなか暖まらない。

雪の日はツイてない。
いつもそうだ。
パンケーキの粉あったかな?
どちらにしても、コンビニによって蜂蜜を買わないと・・・

人の求めるものは計り知れないほど多岐にわたる。
価値観がぴったり合う相手など見つかるはずもない。

どちみち最期はひとりで逝くのだ。
仕事を通じて、繰り返しまじかで見てきたことだ。

携帯を取り出して、メールアドレスを消した
そろそろニックネームを変えようかと思った。
         
                                了


見出し絵は小説を通じて
みきたにしさんのパンケーキのイラストを使わせていただきました
どうもありがとうございます

また長きにわたり読んでくださった皆様ありがとうございます

それとわたしも疲れたので
しばらくは小説は書きませんので
安心してください
履いてますよ
お後がよろしいようで


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