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【書評】オトちゃんがスウェーデンに生まれていたら…? 障がい者の自立と、福祉国家の光と影(羽根 由)

タイトル(原語) Armlös, benlös men inte hopplös
タイトル(仮)  腕なし、脚なし、でも希望/跳躍がないわけじゃない
著者名(原語)  Mikael Andersson 
著者名(仮)   ミカエル・アンデション
言語       スウェーデン語
発表年      2009年9月
ページ数     270
出版社        Norstedts

 著者のミカエル・アンデションは1964年生まれ。スウェーデンの乙武洋匡(1976年生まれ)さんと呼んでもいいだろう。先天性四肢欠損という重度障害を持ちながらも19歳で自動車運転免許を取り、恋人の住む遠隔地へ引越し、仕事を見つけ、結婚し、四児のパパとなり、現在は講演会講師として活躍している。

 本書と『五体不満足』はどう違うのか? 彼は障害がもたらすつらいこと、悔しいことも率直に書いている。そして、不屈の精神でひとつひとつ乗り越えていく姿も具体的に描かれている。
 本書は、苦境を乗り越える個人の物語であるとともに、1960年代から2000年代にかけてのスウェーデン社会の様子をも伝えている。この書評では、「身体障がい者に対する、福祉国家の光と影」を紹介したいと思う。

【施設に預けられるのが当たり前】
 アンデションが誕生したとき、産院の医師は彼の両親にこう言った。
「この子のことは忘れて、新しい赤ちゃんを産みなさい」
「このような子は施設で育てられるのが一番なんです」
 1964年当時のスウェーデンでは医師の権威は今以上であった。そして父親が消極的だったこともあり、両親が息子を自宅に引き取る決心をするまで一年かかった。

 茨城キリスト教大学助教の清原舞の論文によると、「1950年代頃までは(略)障害のある子どもは、幼いうちから施設に入所させられたが、この決定には、医師や行政、専門職員の職権的な指示による影響が大きかった。(略)医師は、障害のある子どもが生まれると、両親に子どもを手放して、その子どものことを忘れるようにアドバイスしてきた」そうである。1960年代になってもその風潮が続いていたのだろう。

【電動車椅子が与えられない】
 幼稚園から電動車椅子を与えられていた乙武洋匡さんと違い、アンデションは高校に入るまで電動車椅子が与えられなかった。その理由は、義手・義足が使いこなせなくなるから。彼の子ども時代、身体障がい者は義手・義足を使い、外見上「普通に見える」のが望ましいこととされていた。そのためアンデションは定期的に施設に送られ、そこで寄宿生活を送り、義手・義足のトレーニングをさせられた。実際には、義手・義足なんてないほうが何でも上手にこなせたというのに。だがアンデション少年の意見は聞き入れられなかった。当時のスウェーデン社会では義手・義足の開発に大金が投じられていたのだ。

 以上、書評筆者が「福祉国家の影」と感じた個所だが、これからは「福祉国家の光」の部分を紹介したい。

【普通学校に行くのは当たり前】
 アンデションの知能は普通の子どもと同じだった。だから当然、普通の小学校へ進学した。学校生活は母親の負担ではなく、スクール・アシスタントが付くことによって実現した。
 日本の同様の身体障がい者、乙武洋匡さん、白井のり子(1962年生まれ)さん、佐野有美(1990年生まれ)さんのケースはいずれも、母親が学校に付き添うことが条件だった。日本では母親の犠牲がないと身体障がい児は普通学校に(白井さんの場合は学校そのものに)通えない実態があるのだ。

【運転免許を取得】
 高校を卒業するとすぐに、アンデションは身体障がい者用の運転免許教習所(寄宿制)に入所した。その前に数回、教習所に通い、自分の要望を伝え、中古車を改造してもらっていた。そして免許取得後には、車椅子も載せられるようにとミニバンを改造した車を手に入れている。教習やマイカー購入にかかった費用について本書に記載はないが、おそらく何らかの公的な補助があったのだろう。これも福祉国家の面目躍如たるエピソードである。

【一人暮らしができる】
 アンデションは21歳のとき(1985年)に親元を離れて一人暮らしを始める。施設ではなく、アパートでの自立した生活だ。
「親から独立するのは当たり前のことだろう! 一生、ママと暮らすつもりか?」 友人たちはこう言う。ちょうどその時、市が身体障がい者用のアパートを建設していた。中庭を挟んでヘルパーの事務所があり、入居者はサービスを受けられるという。この時のスウェーデン社会は、障がい者を隔離するのではなく、一般の人と同じように生活できるようにとの政策に舵を切っていた。

 以上、福祉国家スウェーデンの光と影をテーマに、本書から抜粋した。
本書の出版から約10年後の2019年3月、アンデションは自分の子育てを振り返った本を出版している。
(Yukari Hane)

【参考文献】
清原舞 「身体障害者福祉政策の歴史的展開」『桃山学院大学社会学論集』第45巻第2号、2012年。
乙武洋匡 『五体不満足』、講談社、1998年。
佐野有美 『手足のないチアリーダー』、主婦と生活者、2009年。
白井のり子 『典子50歳 いま、伝えたい』、光文社、2012年。

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これで書評集は一旦お休みをいただき、7月からまた再開します。
毎週水曜日には何かの記事がアップされますので、どうぞ見に来てくださいね!



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