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リンドグレーン鑑賞会+懇親会レポート

1月13日(祝)に、神保町で映画『リンドグレーン』の映画観賞会+懇親会を開催しました。

岩波ホールで映画鑑賞

当日はまず、13時~神保町の岩波ホールで映画『リンドグレーン』を鑑賞しました。

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映画を観終わると、映画館の外のロビーで参加者で軽く顔合わせをしました。参加者は当会メンバー4名と、SNSを通じて本鑑賞会について知り、いらしてくださった7名でした。

ブックハウス・カフェで懇親会スタート!

その後、映画館のすぐそばにある子どもの本専門店、ブックハウス・カフェに移動。

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自己紹介

初めに今回の会の幹事、藤野玲充さんが挨拶をしました。

藤野さんは、当会のヘレンハルメ美穂さんが翻訳を手掛けたスウェーデンの児童書、やんちゃっ子の絵本シリーズのアニメ映画版『Vem?(Who?)』(ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2018上映)や、ノルウェー映画『サイコビッチ』(トーキョー ノーザンライツ フェスティバル2020上映)をはじめとする映像作品の翻訳を手掛けてきた字幕翻訳家で当会のメンバーです。

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(右が藤野さん)

その後、参加者に自己紹介をしてもらいました。北欧に留学経験のある方や、ドイツ語や英語など他言語の翻訳をされている方、私達が以前開催したイベントにいらしてくださったことがある方、リンドグレーンの作品のファンの方などが参加してくださりました。

当会のメンバーで書籍翻訳家の中村冬美さんは特にリンドグレーンへの思い入れが強く、リンドグレーンの作品を訳す夢が叶った時のことなどについて、持ってきた訳書や原書を見せながら紹介しました。

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映画の感想をシェア

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次にお茶を飲みながら、映画の感想をゆるく話し合いました。女性の生き方、当時のスウェーデンの子育て状況(保育施設があまり整備されていなかったのではないか)や、宗教の持つ意味、未婚の母、婚外子が当時のスウェーデンの社会でどのように見られていたのか、出演していた俳優陣の演技、脚本、構成などが話題にあがり、大いに盛り上がりました。

個々人の詳細な感想については、その場限りのお話として皆さん心を開いて話してくださったので、ここで公開いたしません。

以下に僭越ながら、私枇谷個人の感想を書かせてください。

リンドグレーンの人生

デンマークで非常に話題になったJens Andersenのリンドグレーン伝記『ある日、ある人生』を読んだことがあるのですが、評判の本のはずがあまり感動せず、それはどうしてなのか考えていました。(私がデンマーク留学時代にお世話になった親愛なる先輩で、デンマークで図書館司書をしている沢広あやさんが詳しい内容を紹介しています)

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映画の舞台にもなっていたスウェーデンのヴィンメルビーにあるリンドグレーンのテーマ・パークにも行ったことがあるのですが、偉人としてもてはやされているリンドグレーンの人生に、100%の敬意を覚えるには至らなかったのです。

ところが映画を観終わった私は泣きすぎて、ふらふら。本当に素晴らしい映画でした。

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(当日、藤野さんが配ってくれたリンドグレーンの人生の年表)

感動の謎に迫る

権威を嫌い、皆が右を向けば左を向き、世界的な児童書作家、リンドグレーンさえもつい斜めから見てしまうあまのじゃくな私も嗚咽する程感動したこの映画の秘密に迫ります。 

1.脚本のすばらしさ

伝記作品の成功の鍵は構成だと、今回の映画を観て、痛感させられました。この映画はリンドグレーンの青春期に焦点を当てています。そして時系列で彼女の妊娠、出産、その後の歩みについて描くいていく途中で、作家として世界的に有名になったリンドグレーンが、子ども達から届いたファンレターを読む場面が何度も繰り返し登場します。

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映画のトレーラーより)

リンドグレーンにたとえば「どうして子どもの気持ちがよく分かるのですか?」などと尋ねる子ども達の声から、彼達のリンドグレーン童話に対する強くて純粋な思いがダイレクトに伝わってきました。トレーラーをぜひ観てみてください。

このように構成が特徴的なこの映画の脚本を手掛けた1人は、日本で『おじいちゃんがおばけになったわけ』がベストセラーになったキム・フォップス・オーカソン

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彼はスウェーデンのお隣、デンマークを代表する作家です。私も『にちようび』という家族の様々な愛の形が描かれた絵本をずっと訳したいと思っていたので、エンドロールで彼の名前を見つけた時には驚きでさらに感極まってしまいました。

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リンドグレーンが人生で経験した出来事が、彼女の作品にどう影響しているのか理解する上で参考になる子ども達からのファンレターを選りすぐって紹介できたのは、彼がリンドグレーンの人生だけでなく、彼女の作品、また子どもの本の持つ力を理解しているからではないでしょうか。

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※藤野補注
『リンドグレーン』は、監督(脚本も共同で手掛けた)ペアニレ・フィシャー・クリステンセンの5作目の長編映画で、日本では初めて一般公開された作品です。同監督はベルリン国際映画祭で長編デビュー作が銀熊賞と最優秀新人作品賞に輝くなど、国際的に高く評価されています。

2.俳優陣の見事な演技

今回の映画では、先進的な恋愛観、家族観を持つことで知られる現代の北欧からは想像もつかないような、古い規範に縛られた保守的なかつての北欧社会が描かれています。

私はリンドグレーンの伝記を読んだ際に、なぜリンドグレーンがお隣デンマークで子どもを隠れて産み、産後長い間、デンマークの養母のもとに預けなくてはならなかったのか、その必然性、切羽詰まった状況を理解しきれていませんでした。なのでリンドグレーンが子ども思いで、子どもの権利のために闘ったという話を聞いても、完全にそうだね、とは思えずにいました。

ところが、主人公のリンドグレーン役のアルバ・アウグストによる、奔放さと思いやり、優しさといった様々な人間感情が内包された陰影に富んだ演技、また養母のマリー役のトリーネ・ディアホルムの、母親であるアストリッドの母性を育み、あなたは母親なんだと一貫して励ます強い意志と慈愛に満ちた表情により、婚外子を産むことが認められていなかった当時の社会や、そうせざるをえなかった当時の女性の苦しい状況がありありと伝わってきました。

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※藤野補注
監督ペアニレ・フィシャー・クリステンセンの前作『愛する人へ』(トーキョーノーザンライツフェスティバル2016等、複数の映画祭で上映)には、今作で養母役を演じたトリーネ・ディアホルムも出演しています。(同監督の長編5作品のうち、『リンドグレーン』を含めた4作品で一緒に仕事をしています。)トリーネ・ディアホルムはデンマークを代表する俳優で、先日開催されたトーキョーノーザンライツフェスティバル2020では彼女の出演作が3本上映されていました。

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(画像は全て映画のトレーラーより。こんなかわいい盛りに離れ離れにならざるをえなかったなんて……!)

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(リンドグレーンの物語がどうして生まれたのか、また物語の力と可能性を感じさせる感動の場面!)

またリンドグレーンが恋をしたブロンベルイ役のヘンリク・ラファエルセンの繊細な演技から、強くあれという社会からのプレッシャーを受ける男性が内に秘める弱さも感じ取ることができました。

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(女癖の悪いブロムベルイ。懇親会では、この絵音ベルイのプチ裁判も行われました 笑。若い参加者からのおじ様評、最近の若者の恋愛観についても、若人の話聞き隊の私達メンバーは興味津々でした)

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(参考:男らしさについての本)

リンドグレーンの父親役の俳優の眼力も、父親の愛情と責任、悲哀を感じさせるもので、非常に惹きつけられるという声も上がりました。

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※藤野補注
アストリッドの父親役を演じたマグヌス・クレッペルは、『ミレニアム』シリーズ2作品に出演しているので、顔を見たことがある方も多いかもしれません。デンマーク映画『クィーン・オブ・ハーツ(原題:Dronningen)』(トーキョーノーザンライツフェスティバル2020上映作品)では、トリーネ・ディアホルムと夫婦役を演じています。

残った疑問、翻訳者としてこれからの課題

皆で感想を話し合っていて、いくつか疑問が残りました。

1.宗教の持つ意味

リンドグレーンの家庭が保守的だったのは、社会状況だけでなくキリスト教も大きく影響していたようです。しかし当時のスウェーデンの農村における宗教の持つ意味を感じ取れはしても、堕胎に対する見方など、完全には理解しきれないところがあったという声があがりました。映画を理解する時だけでなく、北欧文学を訳す上でも、宗教というのは一朝一夕でつかみ切れるものではなく、継続的な勉強が必要なテーマであることを再認識しました。

私がお隣デンマークに留学していた時は、敬虔なクリスチャンは周りにほとんどいませんでした。教会にもめったに行かないという人が多かったです。とはいえ、クリスマスやイースターといった行事、生活様式と宗教は結びついてはいました。また深く議論していくと、死生観をはじめ思想もキリスト教の影響を受けていると気付かされることがありました。

※久山補注
宗教の話は難しいですよね。リンドグレーンよりおよそ50歳年上のセルマ・ラーゲルレーヴの書いた『ニルスの不思議な旅』を読んでいても、当時の小学校の教科書というのは聖書他、キリスト教の書物だし、60年代後半の学校改革までは学校教育自体にキリスト教が色濃く存在したようです。そう考えると、日本人が思っている「宗教」以上の存在感があったのだろうなと感じます。

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(参考)枇谷が大学生の時に出会い、宗教観の理解に苦しんだデンマークの作家アイザック・ディーネセン(カーレン・ブリクセン)の『バベットの晩餐会』。やっぱり宗教は難しい! 
 

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(参考2)今年のトーキョー ノーザンライツ・フェスティバルで上映された映画でも宗教は大きなテーマだったようです。

(参考3)翻訳者必携、宗教について学ぶための参考書

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2.子育て支援制度の変遷

子どもが病気になってしまった翌日、リンドグレーンがそれでも子どもを置いて会社に出勤しなくてはならなかった場面から、当時の厳しい子育て環境を垣間見ることができました。今では子育て支援制度の先進国で知られる北欧ですが、そのようになったのは、ここ20~30年の話なのです。

子育て支援制度の変遷、歴史について体系的にまとめた作品を紹介できればいいな、と今回の映画を観て感じました。

(参考)

注目の北欧映画

最後に藤野さんが持ってきた資料をもとに、ノーザンライツ フェスティバル上映作をはじめ、注目の北欧映画について情報をシェアし合いました。

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映画と本

本会は北欧語書籍翻訳者のグループですが、今後も字幕翻訳家の藤野さんを主なナビゲーター役に、映画にも積極的に触れていくことで、北欧の文化、社会、歴史を一層深く理解をしていきたいです。そしてその上で北欧書籍の翻訳紹介ができたらと決意を新たにしました。

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また参加者の皆さんとざっくばらんに映画や北欧の社会、日本社会について議論でき、本当に楽しかったです。

次回、鑑賞会を開催する折には、会のTwitterFacebook、このNOTEなどで告知を行いますので、ぜひフォローしてくださいね。この度は本当にどうもありがとうございました。

(文責:枇谷 玲子)

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