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いつでも物語を楽しめるように――短編小説専門出版社の試み

 今年もヨーロッパ文芸フェスティバルが開催されます。昨年は、北欧語書籍翻訳者の会として、初日にメンバーでずらずらと登壇させていただきました。聴衆としてもたくさんのセッションに参加することができ、とても濃密な時間を過ごしました。会場の雰囲気がとても和やかだったことも印象に残っています。各国を代表する作家である登壇者のみなさんと聴衆との距離が近いように思えました。

 今年はオンラインがメインの開催とのこと。普段はなかなか東京の会場まで行くことができない、という方には朗報ではないでしょうか。11月20日(金)から27日(金)までの1週間、様々なイベントが企画されているようです。

 また、今回はなんとウェブ上で作品を読むこともできます! 北欧からは、フィンランド(中村冬美さん訳)とデンマーク(さわひろあやさん訳)の作品が紹介されています。日本語訳と原文、さらに英語訳の3バージョンが読めるようになっている作品もあります(スリリング!)。

公式ウェブサイトはこちらです! https://eulitfest.jp/


 さて、昨年の参加レポートに少し書きましたが、わたしは「誰もが物語を楽しめるように」というテーマでスウェーデンの例をふたつ発表しました。ひとつは、短編を専門とする出版社とその刊行作品でした。そしてもうひとつの例は、「やさしく読める本 LLブック」でした。

 前者は、本を気軽に読む人が増えることを目指し、気軽に読んでもらえる本をどう作るか、に重点を置いています。一方、後者は、「本を読む」という行為自体がままならない人も多い中、どうすれば本を読む行為を公平に行き渡らせることができるのか、というところから生まれたものです。まったく違うアプローチではありますが、本を読む、という営みはすべての人にとって大事なものである、という考えが原点にあるように思います。

 今回は、ひとつめの取り組み、短編小説専門出版社のことを、レポートよりも少し詳しく紹介します。

 長い物語を少しずつ読んでいくのも読書の醍醐味。ですが、物語のおもしろさがギュッと濃縮された短編を何度も読むのもまた楽しいものです(アガサ・クリスティーなら、『火曜クラブ』とか『おしどり探偵』といった短編集を断然挙げたい派)。「短編小説は読まないんだ」という声もけっこう聞くのですが、短編が上手な作家は長編もおもしろいので短編を読まないのはもったいないですよー!と、心の中では短編を熱く薦めたい気持ちをいつも持っています。

 「Novellix」というスウェーデンの小さな出版社は、「持ち歩ける物語」というコンセプトで、短編小説一編を一冊の本として刊行しています。創設者が通勤列車を待っているときに、「40分ほどの乗車時間で読み切れる本があればいいのに」と思ったことが、きっかけだそうです。1970年代頃までこども向けとして人気があった、手のひらサイズの絵本「ピクシーブック」の大人版をイメージしています。2011年に初めての刊行、今年で10年目を迎えています。
 刊行は年にだいたい4回、1度に4冊がセットで刊行されます。毎回テーマが設定されていて、テーマに応じてデザインも変わります。セットで注文すると、4冊セットが特製の箱に入って届きます。書店などでバラ売りもしているので、1冊ずつ買うこともできます。紙版は文庫本サイズ。ページ数も30ページくらいまでのものが多いので、かばんのすきまに入れておくにもちょうどいい大きさです。電子版とオーディオ版もあります。
 手元に置いておきたくなるようなデザインを工夫し、「いつでも本をそばに」とビジュアルメインの発信も行っています。

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 こう書くと、見た目重視のように思えるかもしれませんし、ウェブサイトやインスタグラムは確かにかっこいいし、かわいいのです。が、作品ラインナップを見ると、「物語の力を信じている」という熱意が感じられます。手に取ってもらいさえすれば、あとは本の力でどうにかなる。逆にいえば、手に取ってもらうにはどうすればいいのか、を考えたらこうなった、という感じかもしれません。

 内容をみていくと、以前はスウェーデン語作家の作品が多めでしたが、現在は翻訳ものも多く、ジャンルも、ミステリ、SF、ホラー、純文学、エンタメ系などさまざまです。現代の人気作家の書下ろしもあれば、古典を掘り起こす名著復刊もあります。
 テーマ設定が自由なところもおもしろいと思っています。以下、思い出したものを挙げてみます。

「友情」(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、サラ・ストリッツベリなど、スウェーデン語と外国語の取り合わせ4作)
「若いとき」(スウェーデン女性作家4人のYA向け作品)
「難民」(様々な時代、場所で難民としての経験を持つ作家4人の作品)
「フィールグッド」(ジョジョ・モイーズ、ソフィー・キンセラなど)
「スウェーデン古典」(ロシア、アメリカ、ブリティッシュなどの古典シリーズもあり)
「推理小説クラシック」(ポーなど)
「恐怖小説」(キング、ポー(また!)、リンドクヴィストなど)
「ノーベル賞ノベル」(ノーベル賞受賞作家シリーズ)
「アストリッド・リンドグレーン」
「セルマ・ラーゲルレーヴ」(個人シリーズはアガサ・クリスティーなども) 

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 去年くらいには、芥川龍之介の短編が収録されたセットがありました。「都市小説」というテーマで、パリ、ニューヨーク、ロンドン、東京を舞台にした古典短編4作。芥川がスウェーデン語に翻訳されるのは意外にもこれが初めてだとか。短編から紹介することで読まれる機会が広がるかもしれない、と思いました。

 また、今年は「気候」というテーマもあり、これには気候問題を考える論考が4つ入っていました。そう、フィクションがメインですが、ノンフィクションが入ることもあるのです。このように社会情勢に呼応するテーマがさっと出てくるのも素晴らしいと思います。

 割と最近には「ネコ」テーマがあり、「Novellixまでもネコか」と食傷気味に(すみません!)、ラインナップを見てみると、トーヴェ・ヤンソン、パトリシア・ハイスミス、アンジェラ・カーター、ドリス・レッシング、という、思ってもみない組み合わせでした。

 「そうきたかー!」という取り合わせのおもしろさを味わえるのも、テーマごとに4冊セット、というコンセプトがあってこそです。「このテーマで、どんな作家のどんな作品が収録されているのか」という、アンソロジーのおもしろさをもっと手軽に味わえる、という感じでしょうか。

 年に4回、4冊ずつとはいえ、1年では16作品になります。それを10年続けてきているのも、すごいことだと思います。小さな出版社を支えている読者がいることも。短編をひとつの作品として出すという出版社が、日本でも最近少しずつ増えてきていて、短編好きとしてはとてもうれしく思っています。Novellixのように長く続けていってほしいな、と思います。

(文責:よこのなな

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