リスベット・サランデルの中の人(『ミレニアム4,5,6』限定)

スウェーデン発のミステリ小説『ミレニアム』シリーズのキャラクターの中で、天才的なハッカーとして名を馳せ、主人公をしのぐ人気を誇るリスベット・サランデル。

昨年秋に(今のところ)最終作『ミレニアム6』がスウェーデンで刊行されたのを記念に、『ミレニアム』4,5,6のITコンサルティングを担当したITセキュリティー専門家ダヴィド・ヤコビー氏へのインタビューが行われました。

(なお、ヤコビー氏はあくまで『ミレニアム』4,5,6の監修をつとめた方ですので、今回のインタビューの回答はスティーグ・ラーソンによる『ミレニアム』1,2,3の内容とは無関係です)

インタビュアーは、ノルウェー人ジャーナリストのグレン・フォルクヴォード。グレンとは、スウェーデンのスンツヴァルという街で一緒にスウェーデン・ミステリ・フェスティバルの実行委員を務めています。本人の許可を取って、久山が日本語に訳しました。真正のミステリおたくでもあるグレンによるインタビューをお楽しみください。

ヤコビー

ダヴィド・ヤコビー氏

ヤコビーさん、『ミレニアム』シリーズのITコンサルティングというのは具体的にはどういうものでしたか?

「ラーゲルクランツ氏から、特にITセキュリティーとハッキングについて相談を受けました。簡単に言うと、ぼくが本の中でリスベット・サランデルになったわけです。リスベットがやるハッキングや侵入をデザインするのを手伝い、著者にはIT全体がどのように機能しているのかを説明しました。彼が自分の言葉で文章にできるようにね」

あなたは経験豊かなITコンサルタントですが、ラーゲルクランツ氏のコンサルティングをするようになった経緯は?

「わたしは二十年以上ITセキュリティー、侵入テスト、ハッキング関係の仕事をしてきました。あと、ネット番組『Stoppa tjuven(泥棒を止めろ!)』や書籍『Svenska hackare(スウェディッシュ・ハッカー)』のコンサルタントも務めました。でもそれを通じてラーゲルクランツ氏と知り合ったわけじゃないんです。共通の知人がわたしのことを彼に紹介し、それで連絡が来たんです」

あなたがコンサルティングをする前、ラーゲルクランツ氏のITセキュリティーに関する知識はどういうレベルでしたか?

「専門的な知識はありませんでしたね。だからかなり説明することになりました。でもそれが普通なんだと思います。みんな、実際にITがどういう仕組みで動いているかは知らない。誰でもウイルスやハッカーという言葉は知っているでしょうが、その詳細については知らないものです。ラーゲルクランツ氏にも基礎知識がなかったから、説明するのが難しいことも多々ありました」

『ミレニアム』シリーズ4,5,6に出てくるITやハッキングのエピソードで、専門家から見ると絵空事なものはありましたか?

「絵空事が出てこないように、専門家をコンサルタントとして雇ったんですよ!」

皆がもっとITセキュリティーへの認識を高めるべきだと思いますか?

「ええ、もちろん。ITやセキュリティーは、その人が望む望まないにかかわらず、現代の日常生活に存在するものです。もっと真剣に捉えなきゃいけない。特に、各個人が責任をもって自分の個人情報を守らなければいけませんね。自分がやらなきゃ、誰がやってくれるんです?」

なるほど。わたしたちのような平凡なミステリ読者がハッカーなどから少しでも身を守るためには、どんな対策があるでしょうか。

「われわれ一般人でもできる、というかやらなければいけないことがいくつかあります。すっごくつまらないように聞こえるかもしれませんが、以下のようなことです。
〇複数のサイトで同じパスワードを使わない!
〇パソコンや携帯電話のプログラムはアップデートする!
〇アンチウィルスなどのセキュリティーソフトを使う。実際、役に立ちます!

ITセキュリティーに携わる人間として、世界的ベストセラーになったスウェーデンの小説のヒロインがハッカーだというのは嬉しいものですか?

「ええ。ITやITセキュリティーの話が出てくる映画や小説は驚くほどたくさんあります。思ってる以上にね。今後はもっともっとそういうのが増えるんじゃないかな。特に犯罪小説、ミステリ小説の分野ではね。ITセキュリティー、ビッグデータ、監視社会、盗聴、追跡の可能性――そういうテーマを扱えば、どんなミステリ小説でもエキサイティングなものになりますよ」

ところで、あなた自身はミステリやスリラーを読みますか?

「わたしはノンフィクションしか読みません。今は心理学、行動科学、秘密結社のことなんかに興味があります」

ご自身の業界知識を活用して、スリリングなIT系ミステリを書くつもりはありませんか?

「実はそれは何度も考えたんですよ。書けたらすごく楽しいだろうな」

*******************************************************
というわけで、最終的には『ミレニアム』がどうこうというより、普通のITセキュリティーアドバイスがもっとも印象に残るインタビューとなりましたが、いやはや耳の痛い話です。リスベットからの警告、いやアドバイスと心して、みんなもっとITのセキュリティーには気を使いましょうね。
わたしは『ミレニアム5』と『ミレニアム6』の共訳をさせていただいたのですが、最後の謝辞のところで毎回セキュリティー専門家として出てくるダヴィド・ヤコビー氏のことが当時から印象に残っていました。どんな人なんだろう、何をしてる人なんだろう――と。なので今回、ニッコリ笑顔のお写真を拝見できたばかりか、著者とのなれそめや専門家らしいアドバイス、「ノンフィクションしか読まない」というおたくぶりに触れることができ、好奇心を満たされた感が半端ないです。インタビューを敢行してくれたグレン、ありがとうございました。

久山葉子
2010年に家族でスウェーデンに移住。著書に『スウェーデンの保育園に待機児童はいない: 移住して分かった子育てに優しい社会の暮らし』(東京創元社)。主な訳書に『許されざる者』、『悪意』(ともに東京創元社)。
ツイッターtwitter.com/yokokuyama

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?