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お花の話あれこれ@フィンランド

 みなさま いかがお過ごしでしょうか。
 5月中旬 立夏が過ぎ、日本は夏の始まりでございますね。先の日曜日は「母の日」でございました。アメリカが発祥と言われておりますが、日本だけでなく、フィンランドにもこの習慣がございます。日本の「母の日」の贈り物の定番は、カーネーション。これもまたアメリカ由来といわれていますが、フィンランドの場合、南部では「Valkovuokko(ヴァルコヴオッコ)」、学名は「Anemone nemorosa」、英語名は「Wood anemone」、そして和名では「ヤブイチゲ」と訳される、ひと重の白いキンポウゲ科の多年草が「母の日の花」だと教えてもらいました。フィンランドではこの花、ちょうど「母の日」の頃に咲きほこるので、子どもたちは近くの野原から気軽に摘んできて小さな花束にできるから…、とも教わりました。

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写真 1 Valkovuokko フィンランド・ポリ

 Note更新日の今日5月13日は、フィンランドでは「名前の日」で、「花」を意味する「Kukka(クッカ フィンランド語系)」ないしは「Floora(フローラ スウェーデン語系)」が当てられていますので今回はフィンランドのお花の話題をお届けします。

 フィンランドは南北に細長い国のため、ひと口に季節の花といっても、日本の桜前線と同じように花の季節は南から北へと駆け上がります。他の北欧仲間の国々、スウェーデンやノルウェーも南北に長い国なので、おそらく季節の移ろいは同じではないかと思います。なおヴァルコヴオッコ(ヤブイチゲ)の花は、南部では「母の日」に間に合うようですが、北部では花の季節は少し遅れるため、フィンランド中部地方出身の人々には「母の日」に花として贈る習慣はない、と教えてもらいました。

 フィンランドでは、5月中旬頃から咲き始める花の中にスズランがあります。薫り高いスズランは、実は毒があるため、要注意の花ですが、1967年のフィンランド独立50周年を記念して、YLE(日本のNHKに相当するフィンランドの公共放送局)が実施した国民投票の結果、フィンランドを象徴する花に選ばれました。その後は、フィンランドがEURO通貨を採用する前の、フィンランドマルカ時代最後の補助貨幣のデザインとして使われたり、切手の図案にも幾度となく使われたりしている花でもあります。

スズラン

写真2 2019年5月@ヘルシンキ    

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                                        写真3 2020年4月@東京            
ユーロになってから普通切手として発行されたスズラン切手。
同じ額面で5種類の異なるデザインがある。

 花が咲く時期としては暦が逆行しますが、雪解けの後、フィンランドで土から最初に顔を出す花をご紹介しましょう。「Leskenlehti(レスケンレヘティ)」です。学名は「Tussilago farfara」、英語名で「Coltsfoot」、和名では「フキタンポポ」と呼ばれている花です。これは前年の秋に花芽が出来ているので、春になって温かい日が数日も続くと花が咲き始め、雪解けとほぼ同時に、可愛い姿を見せる、まさに春告花といえるでしょう。

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写真 4 Leskenlehti フィンランド・ポリ

 太陽の射す時間が長くなると、野原も森も一斉に芽吹き、ベリー類の花たちも、細かい花を咲かせ始めます。そして夏の終わりころにベリーの実がなると、途端に人目につくようになります。
 野に咲く花の場合、ピンと背を伸ばし、背が高く、濃淡に差のあるピンクや紫色などの、色彩も鮮やかなものが目につきますが、その一方で、地面に這いつくばっているように見える青紫色の花を見つけることもできます。その多くは多分、スミレの仲間のお花と見て間違いはないでしょう。フィンランドには野原や森の中、時には岩に貼りつくように、17種類ものスミレ属が自生しているといわれています。

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写真 5 Aho-orvokki ヘルシンキ

 さて、ここまで、フィンランドのこの季節に野に咲く花を行くかご紹介しましたが、花の種類を調べるのには植物図鑑が不可欠ですよね。次に、フィンランド初の植物図鑑のことを少しご紹介させていただきます。

 フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』は、口承伝承を採取して編まれたものですが、この作業を行ったエリアス・レンリュート(Elias Lönnrot)には「植物学者」としての肩書も並びます。というのも、彼こそがフィンランド初のフィンランド語版植物図鑑を編纂し、フィンランド語の植物学用語を調えた人だからです。

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   エリアス・レンリュート生誕200周年記念切手(2002年)
左端に植物の図(オオバコ)がある。

 彼は植物学図鑑を編纂する際、スウェーデン語の植物図鑑等を参考文献としてあたりました。その時に、植物学用語の多くがラテン語由来の直訳であることに気付きます。フィンランド各地を回っていた彼にしてみると、ラテン語からの直訳ではフィンランド語母語の人たちには、それが何を意味するのか理解出来ないと考え、各地で日常語として使用されている言葉、つまり今でいう方言を共通語化することでフィンランド語独自の単語を編み出し、フィンランド語版植物図鑑を完成させました(Flora Fennica – Suomen Kasvisto『フィンランドの植物』1860)。彼はこの図鑑で「雄しべ(hedeヘデ)」や「雌しべ(emi エミ)」など、植物に関する基本的な用語約1300語を整理したといわれています。日本語の場合も、外国の文学作品を訳出する際には、森鴎外などのように翻訳者が新しい言葉を生み出したことはよく知られていますが、翻訳する際には外来語をそのまま取り込むのではなく、また直訳単語でもなく、母語の中から新語を作る作業があったことは、翻訳の仕事に携わる者として敬意を抱き、かつ憧れる逸話です。

 最後に、前にも触れた日本人には馴染みのないフィンランドの「名前の日」についてご紹介します。英語では「Name day」。これの日本語訳は「聖名(霊名)祝日」。キリスト教(カトリック)の聖人たちの生まれた日、または没した日とされ、季節の移り変わりの目安として、また農耕作業の目安として活用されてきました。フィンランドには、1300年代にキリスト教の伝来とともに伝わった習慣だといわれています。宗教改革以後、ルーテル派が主流となり、カトリックの習慣は失われますが、「名前の日」の習慣だけは残り、その後、フィンランドで一般的な名前が暦の中に取り込まれました。その結果、メーデーや夏至祭のように、季節の行事の名称は「名前の日」の名称がそのまま付けられていますし、クリスマス期間を表わす言い回しにも「名前の日」の名称が盛り込まれています。

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写真 6 フィンランド・ポリ 

 なお、フィンランドには現在4種類の「名前の日」カレンダーがあり、その内、フィンランド語母語とスウェーデン語母語の人たちの「名前の日」カレンダーは、ヘルシンキ大学が管理していて、5年に一度、リストの見直しを実施。その時点で、一般的になった名前が追加されます。ちなみに2020年のカレンダーには、フィンランド語系の名前だけでも800語以上の名前が割り振られています。残りの2種類は、ロシア正教会とサーメ語を母語とする人たちの「名前の日」カレンダーです。


 謝意 フィンランド・ポリ在住で、「北欧語書籍翻訳者の会」のメンバーでもあるセルボ貴子さんにフィンランドの今の風景を切り取っていただきました。謝してお礼申し上げます。

写真 1、4、6  撮影 セルボ貴子さん 2020年4月末撮影
写真 2、3、5  撮影 上山美保子 

【参考文献】
○ Kotus フィンランド母語センター発行の情報誌Kielikello(キエリケッロ『言葉の鐘』)2002年第2号「”葉が茎を抱く”や並行脈 ― レンリュートが生み出した植物に関する言葉」https://www.kielikello.fi/-/sepiva-ja-silposuoninen-elias-lonnrotin-kasvisanoja
○ 広辞苑 第5版 岩波書店
○ ランダムハウス英和大辞典 第19刷 小学館
○ Uusi suomi-englanti suursanakirja 第2版 WSOY 
○ Otavan värikasvio 第3版 Otava 

(文責:上山美保子

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