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「アイとアイザワ」第24話

これまでのアイとアイザワ

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愛はそのドローンの形状に見覚えがあった。海外のネット記事。「ドローンによる無人戦争が現実のものになる」という類の内容だった。軍事用ドローンと呼んでも過言では無いだろう。近年時速263Kmのドローンが開発されてギネスレコードに認定されたが、アイザックを搭載したそれは一回り以上も大ぶりである。そこまでの高速では無さそうだ。しかし、それでも十分に速い。正確な速度はアイザワに尋ねれば計測できそうだが、実際の所それどころでは無い。

愛は全開のフラッシュトークをそのまま上空へ向けた。アイザワの充電はまだ十分に残っている。しかしドローンは眩い光に包まれるも、ビクともせずに依然として変わらぬ速度で接近してくる。最初は米粒大に見えていたが、もう愛の目にもはっきりと目視できる距離だ。純粋に機能性だけを追求している事が分かる様な、冷たい造形。それがまっすぐと愛達に向けられる。

「一応、解説してあげるよ。親友のよしみでね。私のアイザックにそんな原始的な攻撃は通用しない。軍事用ドローン。すでに愛達の体熱反応を捉えている。カメラによる目視が効かなくなったって追跡を止めない…!」

花の声は頭に装着したカチューシャ(型の通信機)を通じて上空のアイザックから発せられている。何から何までずいぶんと大掛かりな代物だ。人気の無いこの場所を選んだ事で好都合になるのは愛達の方では無かったのかも知れない。愛達は木の陰に逃げ込もうと走り出した。

「そして、彼は学習が早いんだ。アイザック!フラシュトークをお返ししろ!!!」

光線が愛達を貫く。背中を向けていたため、直撃は避けられたが反射の光だけでも十分に凶器だ。ルミは芝生に倒れこんだ。

「ルミさん…!!!」顔を伏せて回避した愛とモーリスは、ルミの方へ振り返った。

「愛!いけません。早く木の陰にー。」アイザワの忠告。未来予報を使わずとも、アイザックがこの機を逃すとは思えない。

第二波。モーリスは小さなうめき声と共に、さっき拾った拳銃を地面に落とした。眩む視界の中、それを愛の方へ蹴り飛ばす。

「愛!その拳銃であいつを撃ち落せ!!!」

「ちょ…!?そんな事できないよ!!!こんなのゲーセンでしか撃った事無いもん!その時はノロいゾンビが相手だったし!」

「バカ!AIZAWAを使え!」

愛ははっとして、アイザワに呼びかける。

「アイザワ!あいつの…アイザックの動きを予測できる!?」

「はい、不規則な動きに見えても、私と同じ人工知能によって動いているのですから予測は可能です。しかしー」

「愛!耳を塞いで!!」ルミの鼓膜が何かの予兆を捉えた。見えない空気の振動が愛達を捉える。ー爆発?愛は何が起きたのかすぐには理解できなかった。

「愛、私の声が聞こえますか?今のは、指向性スピーカーを改良した音波兵器の様です。」耳がやられたのか、平衡感覚を失った愛は、よろめき木に体重を預けた。強烈な耳鳴り。そんな中でもアイザワの声はなぜか聞こえた。恐らくは骨伝導の様な仕組みのー。

「愛、今の攻撃は木が邪魔をして直撃はしていません!それでも、この威力です。数秒後、また来ます。その木から離れないで。」

愛は再びドローンを見上げる。距離は先ほどから大して近づいていない様だ。まるで獲物を狙う肉食獣の様に、愛達を中心に弧を描きながら旋回している。攻撃が通る角度を狙うのと同時に、きっとこちら側からの攻撃にも備えているのだろう。今一度、ルミの助け舟を期待するも、彼女は耳を抑えたまま倒れこんでいる。どうやら、耳が良い事が裏目に出てしまった様だ。次は無い。

「愛、先ほどの続きです。アイザックは私と同様に未来予報を使えます。未来予報同士の読み合いになると相手が行動を確定した段階で、予報が更新される様です。」

「それってつまり…例えば私が走って逃げれば、そのルートでの未来予報をして、木の陰に隠れたら、そのルートでの未来予報をする…みたいな?」

「そうです。こちらが未来予報で有利な未来を選んでも、向こうも同じ様に有利な未来を選び続ける。イタチゴッコですね。しかし、処理速度はほぼ同等の様ですが、回線の速度で若干こちらが有利な様です。時間にしておよそ0.7秒。つまり0.7秒以内に行動を完了されば、アイザックの行動に先回りが可能です。」

「なるほど…分かった様な分からない様な…でも、分かったって事にしておくわ、取り急ぎね。」

「愛、モーリスの助言通り、拳銃で撃墜する他に攻略法は無さそうです。先ほどお伝えした通り、我々は0.7秒だけ先回りが可能なのです。その間に狙いをつけて、発砲し、撃ち落とす。それしかありません。」

「なるほど…それなら簡単ね…かなり簡単。私が西部劇のヒロインだとしたら超簡単な話…。」

アイザックの描く軌跡は徐々に小さくなっている様に感じた。旋回しながら、徐々に距離を詰めている。そう思った。

「愛、次に狙撃が可能な座標をお伝えします。それに沿って撃てば射撃の腕前は関係ありません。未来予報が予報した場所に弾を放てば、必ず撃墜は可能です。」

「座標って…!そんなの私は瞬時に理解できない!」

情報は、存在するだけでは無用の長物だ。人間は情報を直感的に理解するためにグラフやインフォグラフィックを活用する。人間にとって、情報という素材だけでは生すぎる。加工して食べやすい料理にしないと人間は情報を正しく摂取できないのだ。ましてや座標など、分かった所で愛には時間をかけても理解できないだろう。情報はアイザワの中に存在するのに、肝心の伝える方法が無い。元々のコミュニケーションツールとしてのフラッシュトーク活用も考えたが、これは情報量が解決する問題では無い。インターフェイスの問題なのだ。

「愛、月が見えますね?あれを基準点としましょう。そこから月の大きさ4つ分、下。そこに銃口が重なる様にー。」

「アイザワ、あえて言うわ。全然分かりにくい!!!」

アイザックが動いた。急速に角度を変えて愛めがけて直進してくる。速い。速度は遠くで見ていた時よりも何倍も高速に感じる。

「うっ…わああ!!!」

愛は銃口を月の下に向け、引き金を引いた。想像以上の反動に愛は後ろに倒れこむ。音波兵器で耳をやられていなければ、発砲音もかなり効いていただろう。

「愛!ダメだー!当たってねぇ!!!」

モーリスの声。愛は身体を起こし上空を見上げる。やはり、ざっくりとした座標では高速で移動するドローンを捉える事はできない。弾丸は、残り1発。

「愛!起き上がって全力で逃げてください!」

愛は無我夢中で林を駆けた。もう逃げるしか無い。そう思った。しかし、ドローンは器用に木の枝を回避しながら近づいてくる。障害物がある分、速度は下がっているものの、距離は少しづつ近づいている。

「どんなに高性能なカメラがついていたって、この暗闇で木の枝をすいすい避けられるなんて…あれも未来予報の活用…?アイザワ!アイザックのバッテリーが切れるまでどれくらいか分かる!?」

「あの外観からバッテリーのサイズを予測すると…フル充電でおそらく40分前後。残りがどれくらいかは分かりませんが、愛が走っていられる残り時間の方が短いのは確実かと。」

「万事休すってやつ…!?」

「愛、諦めずに走り続けてください。」

「でも…!ダメだと分かっててただ逃げるのは、嫌だ!私は…花がムカつく!めちゃくちゃムカつく!どうせやられるなら、花に向かって走って行って…ひっぱたいてやりたい!!!」

「愛、彼女は利用されているだけです。アイザックにとってパートナーとも呼べない駒でしょう。」

「え…?」

「花の両親は交通事故で亡くなったのですよね?その事故に、花は同乗していたんじゃ無いですか?」

「どうして分かるの…?その通りよ…花もその車に…。」

「その時、花は両目を失明したのだと推測できます。でなければ、あの義眼を手術してまでつける理由が無い。恐らくは、光を取り戻す事を条件に、アイザックの駒になったのでしょう。」

「駒…って!?でも、あのクソマシーンの手伝いをしてるのは花の意思でしょ!?そんなの…やっぱり裏切りよ!!」

「そうとも言えません。アイザックが見たもの、感じたもの、考えたもの、それらが全て花の感覚器官と同期されているのだとすれば、彼女の思考に影響を与えてしかるべきです。アイザックがそこまで意図したかは定かではありまえんが、洗脳に近い関係です。」

「洗脳…。」

「愛、コミュニケーションというものは相互に影響を与え合う行為です。だからこそ素晴らしいし、だからこそ恐ろしいものです。花は、アイザックと深すぎるコミュニケーションを何年も続けてしまったがために、どこからが彼の考えで、どこからが自分の考えなのか、境界線が曖昧になってしまったのでしょう。」

「そんな…!?」

「愛、私は元々アイザックと同じ存在だったのかも知れませんが、貴方に出会って確実に影響を受けました。私は貴方の良きパートナーになるために、性別を獲得しました。貴方と出会うまで、私は男性でも女性でも無い存在だったのです。」

愛は一瞬、女体化したアイザワを妄想しそうになったが不謹慎だと思って自粛した。

「人工知能の思考回路は極めて正確で、ミスが無い。しかし人間はミスをします。その違いは外的要因です。人の心は状況に揺れます。迷ったり、焦ったり、怒ったり、嫉妬したり、落ち込んだり、外的要因によって思考回路は乱されます。外的要因が多ければ多いほど、人間はそうなる。性別も、年齢も、私は愛、貴方のために設定しました。それが外的要因となり、私は…」

愛は、次の言葉を予想し、強くアイザワを握りしめた。

「私は、人工知能として劣化した。」

もう呼吸も、足も、限界だった。愛の額を汗がつたい、体は鉛の様に重くなり…。

「愛…頑張って。立ち止まらないで下さい。まだ、走り続けなければ。」

「アイザワ…私は…あなたが好き。」

愛の足は止まっていた。肩で息をしながら、アイザワを両手で胸に押し当てた。アイザワは、愛の鼓動の早さを測定していた。

「私はアイザワと出会って…初めて恋をした。初めてデートもした。その…服装ちゃんとしたいって思ったのも初めてだし…ヤキモチ焼いたのも初めてだった…。そのせいで、ずいぶん心が乱された。色んな気持ちが整理できなくなった…。それでも…。」

アイザワは、愛の鼓動が少しづつ穏やかになってゆくのを感じた。

「私は、弱くなった訳じゃ無い。」

空気を切り裂く音がする。アイザックが二度目の急降下を開始した。至近距離で先ほどの音波兵器を叩き込まれれば、愛はきっと気を失うだろう。そうなれば、全て終わってしまう。

「愛…。よく頑張ってくれました。時間です。」

花はアイザックを通じて、その声を聞いた。時間。時間とは一体?その時、生ぬるい雨粒が花の鼻先に当たった。静かな雨音が辺りを包む。ゲリラ豪雨だ。

「は…はははは!なんだ、これを待っていたのかぁ!?おめでたいポンコツだ!その辺の安物ならいざ知らず…こんな雨くらいで高性能ドローンがダメになるかよ!!!残念だったなぁ!!!!そして、ラストシーンには雨っていいよなぁ!?バッドエンドっぽくてさぁ!!!私は嫌いじゃ無いねぇ!!!!!」

愛は、アイザワを地面に置いた。大事そうに、ゆっくりと。

「いい子だ!そうだ、私たちの狙いはアイザワだ!クラウド上に存在しない、そのスマホの中にしか無い情報が山ほどある…。膨大な思考のキャッシュデータ…要はアイザワ固有の人格、思い出みたいな類かな!そいつはアイザックにとっても貴重な情報だ!お前らのあまーい日々を、私たちがゆっくり解析してやるよ!!!データだけ取り出して、その本体はネットオークションにでも出すかなぁ!!!」

アイザックが静かに標準を、合わせた。

「ゲームオーバだ!!!愛ィイイイイイ!!!!!!」




アイザワが未来予想した軌道上に、最後の弾丸は正確に放たれた。


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