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天国か?地獄か?

前回のドイツ語の話で思い出したこと。

以前、ちょっと古めのベンツに乗っていた。オールドタイマーならぬヤングタイマーと呼ばれる車だった。

このくらい古い車だと、整備や修理をしてもらう整備工場も探すことになる。メーカーの工場は値段がかかりすぎるし、普通の整備工場だと上手に修理してもらえなかったりする。

この頃、よく使っていたのがタクシー御用達の工場だった。タクシーはベンツ製が多く、古い車もまだ使っているし、部品もそこなら安く手に入る。それでも特殊な修理の場合は、別の店に頼むこともあった。

その時は、シャルロッテンブルクの端の、通りの裏庭にある工場に修理を頼んだ。私みたいなアジア人女性がこの手の車を工場に持っていくというのもどうやら珍しいみたいだけど、私にとってはいつものことなので仕方ない。具体的に何の修理をしてもらったかはもう忘れてしまったが、期待通りに仕上がったことは覚えている。

車を受け取りに行ったとき、応対をしてくれたのは東欧出身らしき外国人の整備士だった。代金の支払いをして、領収書を貰い、車の鍵と車検証を返してもらった。このとき、この整備士が思いもよらぬ質問をした。

Möchten Sie Hölle?

「あなたは地獄を望むか?」という質問である(彼はHölleの前にeineもdieもつけていなかった)。あまりの場違いな質問に固まる私。ここは通りの裏にある、小さくて薄暗い車の整備工場。油まみれの整備士とアジア人の私が向かい合って立っている。まさか天国か地獄かなんて、宗教じみた話を始めるはずもない。

整備士は私が質問を聞き取れなかったとみて、もう一度同じ質問を繰り返した。Möchten Sie Hölle??!

整備士が同じ質問を3回繰り返したとき、ようやく私は状況を理解した。整備士はHölleと言っていたけど、彼は私が車検証のHülle(ケース)を欲しいか尋ねていたのだ。

私は感謝を伝え、この整備工場の名前が入っている車検証ケースをいただいた。ドイツ語は難しい。今でもあの状況を思い出すとくすっと笑ってしまうけど、この整備士にはずっと仲間意識を感じている。



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