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恋い焦がれ、夜の東京

江東区?東京の?ほんとに?

町田も東京なのに。ハンドルを片手に起きながら驚いた様子でハテナの記号が語尾に張り付いてくるような声を発してくる。メーターには"2割増"と赤く光っているのをよく覚えている。
それでも快く引き受けてくれた。普段乗らないシートの感覚に慣れずにいたが、発進と同時にその気持ちは落ち着きに変わっていた。

夜の東京には何度も来ている。
普段なら何も思わないし、今も何も思ってないはずなのに。
車窓をぼうぜんと眺めている。川谷絵音が描く東京もこんな感じなのかな、ぼんやりと流れていくその景色に促されてゲスの極み乙女を再生する。忘れていたと思ったAirPodsがあることに落ち着いて席に座った時に初めて気づいた。無いものを探しても無いから極力あたふたしたくなかった。慌てている自分が惨めであることをこの時から既に自覚している。

この先何が起こるなんてほんとに分からないものなんだ。

普段なら伽藍とした部屋の中でネトフリを見て、翌日にはやっとの事でサボっていた車校に行こうかと思っていた。やっとのことをするという時に状況が変わるなんて、それはでもよくある事だと問いただしを繰り返す。
最近生活が、人生と言ったら大袈裟かもしれないけど、うっすら自分の生命線が曇りがかってるように思えていた。友達がいないせいだとか、最近趣味であるライブの予定が無いからとか、思いつく限り色々理由を考えたけど、その理由が無くなるようなことをした所でこの曇りは晴れになる確信さえ持てなかった。そんな気持ちで、思うことをSNSで発信することを試みても、どうせ呟いたところで何かが変わることも見込めない上にそんな時間を無駄だと、普段どれだけ時間を貪り無駄にしている自分でさえ思ってしまう。でも今日ぐらいは、そんな気持ちが意味のない呟きをさせていた。

守ってあげる、救ってあげる、
でもこの恋には軽すぎたみたい。

恋じゃなくても、いいから、恋じゃないことにしてもいいから、今日ぐらいはこんな日があってもいい。

気づいたらメーターは見たことの無い5桁に跳ね上がる。タクシーってこんなに早く走れるんだ、いつも見かけるフロントに赤い文字を光らせる車が高速を飛ばしていた。コンビニの常連で来ているあの運ちゃんの爺さんの車も高速で飛ばせるまでに化けるだろうか。

彼女を初めて見たのは車窓越しだった。
なかなか一階の出入口の自動ドアから出てこないからシートベルトを外す動作をわざと遅くしたりするほどに気まずさを覚えたのに、その姿を見ると解けるように安心に変わる。

手を引っ張ってくれる彼女、起承転結で言えば転の部分の彼女。思いもしなかった。時間は深夜2時を過ぎていた。

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少し洒落た廊下が印象的だった。
自分から好んで摂取しないアルコールを無理して飲んでみる。思っていたより苦味がない。桃が強く香る。

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あまり記憶がないと言えば嘘になるような日。
何かが満たされるような気がした。
不思議な感覚に包まれ、その日のバイトを休んだ。


僕のひっきりなしのブルーも、気づいたら真っ赤に染まる。

好きじゃないことにする。恋じゃないことにしてもいいけど、その恋い焦がれを微かに残しておいた。

2023.9.29 Nopperemon



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