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新しい時代、少し新しい自分に

平成から令和になった。

4/30の夜になっても、月1で書くと決めた広報noteが書けていなくて、滞在中のシンガポールのホテルで「ゆく時代くる時代」の音声を聞きながら、なんとか間に合うよう必死に書いていたら令和になっていた。

書いたnoteは以下


「紅白歌合戦」や「笑ってはいけない」のテレビが決まってついている実家で過ごすことが多い大晦日よりも実感がなかった。国外ということもあり、何かが変わるシンボリックなものがほとんど感じられなかったからかもしれない。
改元なんてレアな経験に、今後何回立ち会えるかわからないのに、普通の月替わりくらいの気持ちだった。

SNSを覗けば、皆「平成最後のご挨拶」「令和最初のご挨拶」を書いている。

私も書こうかと思ったが、うまく投稿文が出てこない。令和になるからといって、誰かに伝えたい気持ちがそんなにはない。
自分は自分。年が変わろうが元号が変わろうが、1日1日のひと続きでしかなく、また今日から1日1日を生きていくだけ。タイミングや区切りを活かしたい思いはあるものの、周りの改元の盛り上がりについていけるほどにはならず、ややひねくれた気持ちでいた。


偏った正義がもたらす危うさ

ただ、この改元のタイミングでたまたま、大事にしたい気持ちに気づけるできごとがあった。

令和2日目は、期せずして結婚記念日。お互いの誕生日でも、お付き合い記念日でもなく、たまたまこの日に入籍したのだが、今年はなかなかのインパクトを持つ日になって驚く。

そんな結婚記念日、今年はシンガポール国立博物館へ。建物の前は何度も通っていたが、訪れたのは初だった。


シンガポールは第二次世界大戦中の3年ほど、日本に占領され「昭南島(SHONAN-TO)」になっていた時期がある。日本の侵略の様子や侵略により生活が破綻していた様子、占領後に日本の文化を強いていた様子などが展示されていた。
戦争を繰り返してはいけないというメッセージ意図もあり、説明は客観的なのにどこか演出が物々しい(しばらくちょっとトラウマになった)。シンガポールは歴史上、他国との関わりは非常に強い国だが、明らかにここだけ展示物のトーンが違った。

(生活についての展示エリアの最後に、展示物を見た意見を書いて貼る場所があった)


大好きなシンガポールなのに、日本人としてちゃんとこの歴史を認識できていなかったことに対し、身が引き締まり、胸が詰まって苦しかった。
広島の原爆資料館、長崎の原爆資料館と並んで、シンガポール国立博物館も、日本人全員に行って欲しい場所の一つになった。


シンガポールに来るのは3回目。これまで、なんて上辺なものばかりで好き嫌いを感じていたんだろう、と。
事実を知った瞬間の衝撃と、知らなかった時の自分の浅さ。1日1日の積み重ねは大事だが、無知には勝てない。事実を知らないで生きていることは、誤った判断を生むと思った。少なくとも私は、そうなりたくない。

また、当時は当時なりの正義があってこのようなことが起こっている。今でもこの過去に対し、否定だけではない意見を持つ人がいるようだ。

センシティブなものに対して自分の気持ちをこうやって発信することは、怖い。
でも、これはまだまだ知られていないことで、多くの人が知る必要があることだと思ったから発信することにした。

こうやって、これからは自分の信念に合った行動を、堂々ととれるようになりたいなと思っている。


未来を創る側に立つために

昭和の終わりに生まれ、物心つくかつかないかの頃に平成に変わり、平和な日本で発展著しい様々な技術に育てられ、令和になった今に至るまで、普及したインターネットの世界で仕事をしている。
インターネットはとても便利で、さまざまな情報を教えてくれる。一方で、都合のいい情報ばかり拾いかねないぬるい世界でもある。

平成の後半は、インターネットとSNSのおかげで、各所の声が可視化され、様々な正義に基づいた声がどこにいても届きやすくなった。
でも、時に声の大きさに惑わされて、自分の信念には合わないことでも目が行き、振り回されることもしばしば。

30代も板についてきて立派な歳になった。これからはどんどん、経験と引き換えに、人の世話にならざるを得ない「老い」と向き合わなければいけなくなる。
自分の発揮できる価値に対してもっと、シビアに向き合わなければいけなくなる。

令和は、自分が正しいと思うことに対してもっとまっすぐに突き進みたい。平成の私は、正しさへの自省は常に行っている割に、大きな声を気にして自信をなくし、臆病になっていた。そんな自分は平成で終わりにしたい。
それぞれに正義があるのは理解するし、否定ではない適度な距離はとるが、もう振り回されている暇はない。

波風があっても、賛否両論があっても、立ち向かえるしなやかな心を持つこと。そうやって手に入れた知識と思考で、できるだけ合理的な判断を下せるようになること。
また、これらを常に磨いていくこと。未来を創る側に行く気概を持つこと。

せっかく立ち会えた新時代、小心者で隠れがちな自分も、時代を創る側に立てるよう、少しずつ変わっていければいいなと感じた。



#令和元年にやりたいこと

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株式会社ノヴィータにて広報部門を立ち上げ、発信業務にとどまらず、人事や経営サポートなど会社の価値を上げる活動を幅広く行う。前職はスマホゲーム会社で、自社WEB担当、広報、財務系事務を経験。大学にて図書館情報学を専攻し、インターネットの情報流通や情報探索行動に興味あり。
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