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津和地島おさんぽ

忽那諸島・中島に暮らし始めて22日目の10月4日、今日は中島を離れて、島を訪れてくださったお客さんと、津和地島をめぐりました。

津和地島は、中島の隣の隣の島で、同じ忽那諸島に属していますが、広島県の江田島・倉橋島や、かの宮本常一の生地である山口県の周防大島・情島と隣り合っている県境の島です。2021年の4月の時点で、人口が260名程度、65歳以上の人口が196名の高齢化率75%の島だそうです。

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同じ忽那諸島とはいえ、集落の雰囲気や民家の造りが中島とは大きく異なります。なぜ、こういう形のお家や倉庫の造りや素材になるんだろう?とても気になります…

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島の方々は朝から、支度をされて畑へ向かわれていました。島の方と同じ方向へ向かって、島を巡っていくと、とても手入れの行き届いた段々畑の石垣に目を奪われました。隅々にまでめぐらされた人間の営為、とても美しいと感じました。

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段々畑では玉ねぎの植え付けが行われていました。島のお母さんが、畑にあるさらさらとして見える土に畝を作って行って、苗を一本一本手で植えていました。さらに、畑には中島ではあまり見かけないスプリンクラーがつけられていて、玉ねぎの苗に水やりがされていました。

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畑の脇に建てられた倉庫の前では、私の大好きなイカちゃんが干されていたり、ひじきが干されていたり、漁業の島としての津和地島の側面も垣間見ることができました。

小道で偶然おしゃべりをした島のおじさんが、玉ねぎの栽培やみかんを作っていた頃のこと、漁のことやイノシシのことなど、たくさんのことを聴かせてくださりました。おじさんは、もともと温州みかんや伊予柑を栽培しながら漁をされていたそうなのですが、みかんの価格が落ちたのをきっかけに、みかんをやめて玉ねぎ栽培に変えていったのだそう。午前中に見た段々畑がすべてみかんだった頃の津和地島の景観を想像してしまいます。年齢的に、漁も大変なことが多くなってきたとお話ししていたおじさん、今日も元気でいて欲しいなと、津和地島の島影を見ながら思う日々です。

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