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ノンビンが昇華した日

「1」の見る角度を変えたら「A」だった

2019年6月12日

ついに人生においての、いくつかあるうちのチェックポイントを通過した。


合同会社ノンビンビーンの設立


JONちゃん
りょうちゃん
よこっち
bullet
おっくん
ノンビンの6人での企業となる。
「スタートアップとしては人数が多い」とかセオリーを押し付け・・・ゲフンゲフン、アドバイスくれる人もいけるど、僕たちは元気です。


ちょっと前に自分が会社を立ち上げるなんて想像もしてなかった。
そんな自分の中に起業という選択肢が生まれたのは約2年前だ。

私は2年前からジョイゾーと東京の企業で働き始めた。
(もともと付き合いは5年以上ある)
事務所は東京にあるが、地元新潟県長岡市で働くことが可能な
新しい働き方を選択させてくれる企業だ。
新しい働き方だけではなく、新しいビジネスモデルを作り上げたり、少人数の企業だが自社のプロダクトを出したりと、私のやりたかったことを実演し、一緒に作り上げていける企業である。

今までとは決定的に生活リズムに変化が出たのは、間違いなくこのタイミングだ。

起業をチェックポイントとして、考えるようになったきっかけを、
私の小さい頃から含めて少し話させてもらいたいと思う。

幼少期

小さな頃から「誰もやっていないこと」「人とは違うこと」が好きだった。
自分が「ワクワクする」ことばかりやってきた。
あと、「一番」ってのも好きだった。
保育園年中組の頃の七夕の願いは

大統領になりたい

父親に「日本には大統領はいないんだぞ」と教えられ

保育園年長組の頃の七夕の願いは

総理大臣になりたい

だった。

きっと何かの一番にずっと憧れていたんだと思う。

だが想像してほしい。自分が小中学生の時に、そんな奴いなかっただろうか?
もしいたらどうだったか?


そうだ、結論から言うと


嫌われる


心身ともに成熟していない子供心には、かなりの負担だったんだと思う。
自尊心が壊れるのなんて簡単なことであった。

さて、周りから嫌われた際に、

「なぜ嫌われているのか?」

とは考えなかった。
いや・・・考えられなかったが正しい。

「どうすれば嫌われを軽減できるか」

と考えた。

自分の心を守ることが最優先となる。

人の顔色を伺い

目立つことを避け

人の面倒だと思うことを率先してやる

自己犠牲の精神で、自分を守ることだった。

自身が確立された今となっては無理に調べる必要はないが、当時嫌われる理由なんてきっと沢山あったんだと思う。
(当時から嫌われ者の素質があったんだと思う)

嫌われないための努力というのがこれまた難しい。

無限大にある選択肢から、相手が「嫌悪」しない選択肢を選ぶ。
ここで重要なのは、「喜ぶ」選択肢ではないことだ。

「喜び」を与えてしまうと、「好意」に「期待」がくっついてきてしまう。
この「期待」というものが厄介だ。
どんどんハードルを上げていく。
頭で理解していたわけではないが、本能でわかっていたのであろう。
空気を読み、顔色を伺い、そこそこ器用に立ち回る達人の出来上がりだ。

ただ、人の心なんて十人十色である。
どんなに努力しても、それは「察する」だけであり、「理解」ではなかった。
多分うまくいくのなんて3割程度だったと思う。
それ以外の7割は空回り

お前は気を使いすぎ

こんな言葉をよくかけられた覚えがある。
(今は一切言われなくなったw)

「こんな言葉が欲しかったわけじゃなかったんだけどなぁ」と思いつつも、幼少期から学生時代を過ごした。

社会人

「常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。」

アインシュタインの言葉らしい。

学生時代の捻じ曲がった世界観により、私の常識というものはこの時点で出来上がっていたのかもしれない。

「空気を読む。協調性を大切にする」

この二つだった

社会人になり、地元新潟県の企業に就職した私だが、すぐに東京のお客様先へ出向することとなる。
(SESってやつだ。)

お客様先でも自分の培った常識で行動する。

・仕事は精一杯する
 徹夜でも残業でも「いっちょやってやりますか!w」って人の嫌がることを笑顔で頑張る
・雰囲気バランサーに務める
 仕事場に機嫌の悪い人などがいたら、おバカな感じでそこ人がもっとも嫌悪できない内容の話を持っていき、気持ちを和らげる。(孫や子供の話、あとはゴルフなどの趣味などがいい)

ひたすらそれを続けた
当時、特別なスキルも学もない自分ができることはこれしかなかったのだ

チームに馴染めない人がいれば、その人と率先してコミュニケーションをとった。
自分がブリッジになることでチーム化ができることで、「いい雰囲気」ができると思った。
だから私が所属する組織は、他の組織よりすごく「仲がよく、いい雰囲気」の組織であった。

そう、私が作ろうとしていたのは、「生産性の高い環境」ではなく、「自分が嫌われない環境」だったのだ。
今思えば「信頼」ではなく、「信用」で回っていた組織だったんだと思う。
そんなだからチームとしては成り立っていなかった。

生き方に疑問

東京で何年か働き、炎上案件しか回されなくなってきた頃だった、
自分の生き方や、周りのスタンスなども全然気にならなくなって
「それが当たり前」
となっていた頃だ。
学生時代に嫌われるという経験から、自分のあり方を変えることとなった私だが、またここで自分を見直すタイミングがくる。

あれは年末、ギリギリまで仕事をして12月31日の最終新幹線で新潟に帰ることとなった。
なのに次の日(元旦)の昼に呼び出しをくらい新潟から東京に戻る羽目になったことがあった。


ある国に外注していたシステムが動かない。

お客様から元請け会社に連絡したけど出ない、子受けしてた会社の責任者も電話に出ない、孫請けも電話に出ない。
なんか周りにまわってただのプロジェクトメンバーだった私に電話がきた。
「なんとかしてくれ。」

面倒だなぁと思いつつも、対応するのが「当たり前」だった私は東京へ向かい、ある工場の中で原因特定を進めた。
と言っても原因特定なんてするまでもなかった。
プログラムの中身が空っぽなのだ。

入口と出口は用意されているが、中身は何もない。
簡単に例えると

 1.自動ミル挽きコーヒーメーカーを買う
 2.海外から送られてくる
 3.ワクワクしながら開けて、説明書通りに水とコーヒー豆をセットする
 4.コーヒー抽出のボタンを意気揚々と押す
 5.出口からはが出てくる

そうお湯ですらない水が出てくる状態なのだ。
コーヒーメーカーを開けてみると、
 ・豆を挽く機能
 ・フィルターする機能
 ・お湯を沸かす機能
がないのだ。

水を入り口から出口に通すだけ
お客様にその状況を伝えたが、お客様からしたら原因なんかよりどうにかすることが最優先である。
結局正月の1日から4日まで工場に滞在してプログラムを作ることとなった。
「私のおかげでなんとかなっただろ?」
とか
「あいつ連絡取らないとかふざけるなよ!」
と言った感情より先に

「あー終わった終わった、早く家帰って、う○こして風呂入って寝たい」
とか考えてた。
工場でのウォッシュレットどころか、洋式ですらないトイレへのストレスの方が大きかったのだ。

ただ、このプログラム作成が終わって、よし帰ろうって時、この時が自分を見直すきっかけになったのだ。
その時のお客様の責任者さんに言われた言葉が今でも覚えている。

「ノンビン対応してくれてありがとう!ノンビンは気を遣えて空気が読めるから絶対出世できるぞ!!」


返事ができなかった

目の前が真っ暗という表現があっているのかわからないけど

なんかよくわからない空間が広がっていた

今だったら「異世界転生!?ワクワクが止まらん!w」
って状況だったかもしれないけど

その時は違った


そんな中自分の頭の中に一番最初に浮かんだ言葉が



あと40年もこんなこと続けるのか・・・


だった

空気を読む
人の顔色を伺う
人の嫌がることを率先してやる

たったこれだけのことだが、前記してある通り、うまくできるのなんて3割行けばいい方だ。
他7割は失敗と言ってもいい

「ノンビンは気を使いすぎだから」とかなら言われ慣れていたが

「出世」という言葉を聞いた瞬間に未来を見据えてしまった。


なぜそこに疑問を抱いてしまったのか、考えた。

考えてゲームして考えて寝て飯食って考えて飯食って考えた

そもそも私はなんのためにこんなことしていたのだろう?





嫌われないため



そう、ただそれだけだったのだ

人に嫌われるのが怖くて

人に笑われるのが怖くて

人に陰で何か言われるのが怖くて

自分が傷つくのが怖くて


嫌われないために

自分を偽って

人の顔色伺って

自分の時間を人のために使って


自己犠牲の果てにあったのは


同量以上のストレス


だった。


自分のやりたいことを我慢して

自分の性質を誤魔化して

結局ストレスをためる


自分を守ろうとして行った頃が
結局自分を傷つけていた。
他人からのヘイトではなく、自身での自傷で



あーもうこんなの辞めよう。自分らしく生きよう


これがきっかけで自分というものを見直すことができた。

・人がやっていない/やらないこと
・ワクワクすること

元々の自分の特性を活かす生き方をしようと決めた。

そもそも、ノンビンというあだ名をくれた当時の上司は

「星野くんが健やかにビンビンすることを見ているのが楽しい。だからノンビンってあだ名なんだから、好きなことややんちゃなことを色々やって俺を楽しませてくれよ!ノンスコビンってあだ名でもいいか?」

と言った由来らしい。
彼は社会人一年目の頃から俺の味方をしてくれていたのだった。
もう15年も愛用しているこのあだ名は、自分にとっても誇りである。

ただ、俺の名前には「ン」なんて一文字もないんだがどこから持ってきたのやら


変革期

ここからはもう時間の過ぎるのが早すぎてよくわからない状態である。
ビール飲まないのに尿酸値とか高いし、好き嫌いが激しいから健康状況はめっちゃ悪いと思う。
だから俺は多分早く死ぬ

仮に60歳まで生きたとしても後33年(当時27歳)
俺には時間がない。生き急いでいる

だから急いでワクワクすることはなんでもやろうと決めた

・20代から30代の若者だけが集まるイベント
・古民家を利用したイベント
冬の野球場を貸し切ったかまくら作り
食品包装用ラップフィルムの全国技術選手権
若者向けチャレンジ塾

などなど

他の人がやってるようなことはやりたくないから、差別化できる仕組みなど考えつつ、やっていく。

自然と仲間も増えていく。
ただ、仲間にはならない人とも繋がっていく。

変わったことをやっている人と繋がっていることで、自分もやった気になってしまう人だ。

もうそういう人は自分にとっては邪魔にしかならない。
昔の自分なら、多分当たり障りのない対応をしていたんだろうなぁ・・・
今は本人の前で「邪魔」とか「嫌い」って言っちゃう。
だからノンビンにはヘイトが集まる。

でもそれもいいと思っている。
世界中すべての人に好かれることは俺には不可能

ニッチな人たちにこの想いが届いてくれればいいなぁと思う。
当時は起業までイメージはできてなかったと思う。
自分が起業を考えるきっかけになったのは別の要因だった。


ここで今の在籍している会社であるジョイゾーの話に戻る。
ジョイゾーという会社は、システム開発業界の中では異例の
日本初「定額制対面開発 システム39」をサービス化している。
今までシステム開発業界にいた自分にとっては衝撃的だった。
が、それ以上に自分がワクワクしてしまった。

こんな誰もやったことないシステム開発やってみたい

それだけがきっかけではないが、俺の目指したいことをジョイゾーでなら
実現できると思いにジョインした。

東京に事務所があるが、普段は新潟県長岡市でフルリモートワークをしている。
仕事は忙しいし、大変!やってる内容も高度なことが多かったりする。
だが楽しい。ただただ、ジョイゾーで働くのが楽しい。

定額制開発やサブスクモデルを自社サービスとしてプロダクトアウトする、社長の四宮さんのビジネス視点など本当に勉強になる。
そんな凄腕なのに、ちょっと人見知りなところにギャップを感じるがw

他のメンバーのスキルの高さにもびっくりする。
各々が持っているものが違う、その持っていないところを補いながらチームとして動く。
マネージメント能力が高い人だったり、UI/UXについては群を抜いている人だったり。
少数精鋭と言った言葉がすごくピンとくる。
(持たざるものとして入社した俺はついていくので精一杯ってのは秘密)
周りのビジネスパートナーの企業さんたちもすごく優秀な方が多い。
東京だったり大阪だったり仙台だったり名古屋だったりと。
知らない言葉がすごいスピードで飛び交う。
でも楽しい。すごくみんながビジネスに真剣だから。

そんなジョイゾーで働きながら地元でイベントなどを開催していた時に気づいた。

あ・・・なんか生活にゆとりが出来た


別の投稿でも書いたが私はお小遣いが極めて少ない。

なのでここでいう「ゆとり」は金銭面ではなく、時間面である。

リモートワークなので、通勤が必要ないので、通勤時間がない。
仮に片道30分だとしても、一日60分も余裕ができる。
30分長く寝るや家族との団欒などに有効活用ができる。

Webミーテングなどで時間ロックされていない限りは、セルフコントロールが可能である。
私の場合は夕方子供との時間を作りたいので、Webミーティングがなければ4時過ぎには仕事をやめる時が多い。
そこまでに集中して自分のやるべきポイントまで終わらせて入れれば、ゆっくりするし、自分で納得できていなかったら子供が寝静まった後に対応することも可能である。

「夜間残業なの?」と言われることがあるが、残業ではない。
自分で1日の時間の使い方を調整しているのだ。

正直な話私は夜型だ。夜の方が集中できる。
ジョイゾーではそれを理解して、やりやすい環境を整えてくれる。
「作業のやりすぎや無理のしすぎはダメだけど、自分のやりたい時間にやれるようにするのはOK!ちゃんと調整してやればいいんだよ」
と言ってもらえる。

となると、1日の中にすごくゆとりが出来てくる。
昼間頑張れば、子供を寝かしつけた後に自分の勉強などスキルアップする時間に当てることができる。
俺はこれをお父さんゴールデンタイムと呼んでいる。

ゴールデンタイムを使って、フィルムラップ全国大会ように臭気センサーのIoTを作ったり、イベントの計画を立てたり、本を読んだり。単純にネットゲームしたりもしてる。

やれる事やれてるなぁと思って日々を楽しく過ごしていたら

ノンビンに衝撃を与えてきた人がいた。

ジョイゾーの仲間からこんなことを聞いた


あ、私複業で会社作ります!!


え・・・まじか。
そんな選択肢もあるの?

当時すごく混乱した。


でもきっとこれがきっかけ。
そうこのきっかけを作った四宮琴絵さんだが、
今もジョイゾーでSIチームのマネージャーをがっつりやりながら
複業での活動も幅広くやっている。
説明すると長くなるから、きになる人はこっちこっちをみて欲しい。
べ、別に説明が面倒なわけじゃないんだからね!


このことがきっかけで、深く自分の中にあった思いが湧き上がってきた。

・一番になりたい
・ユニークなサービスをビジネス化したい

この辺りから考え方も変わった。
わくわくするだけじゃなく、その後どうやってマネタイズするのか?
何故誰もこれをビジネス化していないのか?

自分が一歩進めたんじゃないかと思う。

勇気を絞って社長に
「俺も会社立ち上げたいと思っています!」

と言ってみたことがある
その時社長は



あ、いつ言ってくるかと思ってたよ、やってみなよ!


バレてるの、俺の思い。
ひた隠しにしてたつもりが、何故かバレてるの。
あー敵わないなぁって思いつつ、いつかこの人と同じ土俵で戦ってみてぇとも思った。
もうこの時点でやるしかない!って心に決めた。


転換期

さて、起業に向けて動き始めた。
漠然と

ワクワクを真剣に考えてビジネス化する

と言った思いから始めた。
お風呂に入った時や、お父さんゴールデンタイムなどででたアイディアをすぐにイベント化して、ユーザーの反応をみてみたりした。

ニッチなことほど少数ではあるが、共鳴してくれる人が繋がってくれる。
分析しつつ、マネタイズなどをどうしていくか考えていた。
この時点では、1人で会社を立ち上げて、1人でやっていこうと思っていた。

ただそんなことをしてた時に、3つの出会いがあった。

・長岡地域クラウド交流会
・越後湯沢での川遊びイベント
・越後川口雪積み大会

前記にもある四宮 琴絵さんの影響でいろいろチャレンジしていた私だが、その中で「地域クラウド交流会」と言ったものを長岡市で開催した。
詳細は記載しないが、そこにプレゼンターとして参加した奥田さん(通称おっくん)、ムスリムに向けての観光事業を行いたいとプレゼンをしていた。
この人いたら海外に向けて面白いことチャレンジできるんじゃないか?と思い一緒に歩める方法がないかと色々話をした。
おっくんは

一緒に何かぶっ飛んだことを海外に向けて出していこう!
自分のやりたいことを実現するのに、一緒にできたら心強い!

ワクワクを発信していきましょう!

っとビジョンを見せてくれた。

ノンビンの仲間におっくんが加わった。

その過程で越後湯沢で川遊びのイベントをしようとなった。
おっくん自体が湯沢に住んでいるのですごくちょうどよかった。
俺が越後湯沢の川がすごく好きで、県外の人にも知って欲しかったのがきっかけだ。

5M以上の高さからジャンプとか

子供もノンビン号があれば遊べる

本当に綺麗なの。冷たいけど。

このイベントに東京から10人以上遊びに来てくれた。
その中に以前からビジネスでつながりがあって知ってはいるけど、特に一緒に何したといったことはない当時は希薄なつながりのメンバーがいた。
「ノンビンのイベントに行ってみたいと思ってた」

そう言ってくれたメンバーたちが新潟に来てくれたのだ。
イベント自体は楽しんでもらえて、参加者の笑顔が嬉しかった。
マネタイズは難しいなこれは。。。とも思ったが、これはこれで大事だなと思っていた。

そんな時、東京から来てくれたメンバーが

「ノンビン今度いつ東京くる?イベントの振り返りしようよ!」
と言ってくれた。
今まで1人やることが多かった、特にケーススタディなどは1人でやることを続けていた自分としてはすごく嬉しかった。

高田馬場に集まって、大学生が酔っ払って道路で寝転んでる横を歩きながら、お店に向かった。

そこには3人のメンバーたちがいた。


お疲れ!いやマジで控えめに言って新潟最高!ファンになったわ!

とか

また何かやるなら企画から一緒にやりたいわ!いや、やるわ!

とか

歳も近いメンバー(1人は生年月日まで一緒)

こいつらなら・・・と起業の話を出してみようと思った。

イベントというか、こう言ったワクワクすることをビジネス化する会社立ち上げたいんだよね。。。



沈黙




え?いややるっしょ?俺らも一緒にやるよ?いつ設立する?

冗談で言うなよぉって言おうと思ったら、この人たち目がマジだった。
今思えばこの振り返りやって本当に良かったと思う。
仲間って作ろうとしたら苦労するけど、自然と出来上がった時はすごく強固になるなぁって思った。

ノンビンの仲間に、よこっち・JONちゃん・bulletが加わった。




時系列は前後するが、最後の越後川口雪積み大会だ。
実はこのイベントが一番最初のイベントだった。まぁ雪の時期だし。

これはもともと参加する予定がなかったのだが、長岡で数多くのコミュニティを運営している大島さんから声をかけてもらった。


人足りないんだけど星野くんも雪積まない?


積んで正解だった。結果は小学生の部を含めてぶっちぎりのビリだったけど。でもワースト1ってことでNo1ではあった。
チーム力も半端なくて、なんかよくわからないけどチームができたし、リベンジも心に誓った!びしょびしょだったけど楽しかったw

その時の雪積みのチームにいたのが、りょうちゃんだった。

雪積みの時は「寒いね」とか「俺ら思いだけは一番」とか少しのコミュニケーションしただけだった。

雪積みの打ち上げをした時に、たまたまりょうちゃんと隣に座る機会があって、少し話をした。
そう、ほんの少しだけ。
農業・食・観光・IT・ワクワク、お互いが本当に少しのビジョンを語っただけ。
時間にして30分もなかったと思う。

あ、俺はこの人と一緒にビジネスやりたい

って脳裏に浮かんだ。
何を?ってのを考えたのは家に帰ってからだった。
あって話をしたい、自分のアイディアを聞いて欲しいと思った。
恋する乙女みたいなことをおじさんがしていたら、まぁまぁ気持ち悪いが、そんな感じだった。


そしてちょうど今から一年くらい前にりょうちゃんと飯を食いに行った。
2018/7/18だった気がする!
新潟県柏崎市にある居酒屋に。
2人とも酒を飲まずに話した。
お店の中で3時間くらい、お店から出て駐車場で1時間半くらい。
俺の中でふんわり持っていたアイディアがビジネスに変わる瞬間だった。

ドラム缶窯でピザ焼きたい。その窯を海外にレンタルしたい!

俺が伝えたのはそれだけ。

そこからりょうちゃんは
海外でバズったものを日本に輸入するんじゃなくて、日本から海外に出してバズらせたのを日本に逆輸入したいよね!
俺と全く同じことを考えてくれていた。

その上で、
窯だけじゃなくてドラム缶風呂もレンタルしちゃおうよ!
世界遺産の前で入る風呂とかやばくねw?

そう、ノンビンビーンのプロダクト
バストラ(Bath To Travel)
の根幹が生まれた瞬間だった。

ただりょうちゃんはいろんな事業を行なっていてすごく忙しい人と勝手に思っていた。
その日に「一緒にしよう!」って誘うことができなったのだ。
りょうちゃんについては、こっちとかこっちとか(西村 遼平 柏崎 とかでググったほうが早いかも)

ただ、我慢できない。


あ、俺はこの人と一緒にビジネスやりたい

この思いを我慢できない。
我慢するのは俺のスタンスに合わないからダメもとで誘ってみよう!と思った。

もうこの話をした3日後に、りょうちゃんにアポとって、長岡市のカラオケの前ではなしさせてもらった。

りょうちゃんとビジネス作りたい!一緒に会社立ち上げてくれないか?

もう、高校生が告白するくらいドキドキしながらお願いしてみた。
プライドとかそんなの全部捨てて頭を下げた気がする。

打ち上げの時からノンビンとはいつか
一緒に何かするんだろうなぁ

って俺も思ってたよ!こちらこそよろしく!


ノンビンの仲間にりょうちゃんが加わった。

ノンビンビーンのメンバーが全員揃った!


さてここからは、会社として何をしていくか?
という話よりメンバーのディスカッションを大切にした。

ほとんど知らないメンバーやまだ顔合わせすらしていないメンバーもいる中で、まずお互いのことを知らないといけないと思った。

誰かが言った。

人間って24時間で100キロ歩けるんだって・・・


よしやろう!
いつやる!
出発はどこにする?
東海道の0里地点から始めよう!
箱根湯本あたりがちょうど100キロだ!

おじさんたち100キロ歩くことが3分で決まりました。

その年の10月に実際に日本橋から出発しました。
結果を伝えると
100キロ歩くには約29時間かかるのがわかりました。
29時間 99.36km 140,826歩
詳しくは、りょうちゃんのこちらの投稿をみてください

足が血まみれになったり、爪が剥げたり、足首を疲労骨折したりと・・・

ただ、一緒に苦境を乗り越えたという絆が、僕たちの中に生まれた。
ノンビンビーンび入社資格は、ビジョンを共感できて、僕たちと一緒に100キロ歩ける人って条件にしようってくらい大切な絆が生まれた。

元気に次の週末同じ経路を自転車で走破したよこっちは異常だけど。

100キロゴールしたら感動したでしょ?

とか質問をもらったりしたけど、一切しなかった。
一刻も早く寝たいってのが脳内を占有していた。

次の日温泉入ったり、ご飯食べたりしたけど全然感動もなく時間だけ過ぎた。

新潟に帰ってきて、メンバーに
「ただいま!今帰ったよ!」
とメッセージを出そうとした瞬間に、いろんなものがフラッシュバックして涙が止まりませんでした。

みんなで頑張れた・・・

一般的な感動演出とは違った、不意打ち的な感動が襲いかかってきました。これは経験してみないとわからないなぁと今でも思います。
おじさんが夜中にPC見ながらボロボロ泣いていた、想像したら気持ち悪いなぁw

応援してくれた人もたくさんいます。
フェイスブックへのコメントだけじゃなくて、直接メッセージで応援などももらえたのは本当に嬉しかった。

中には「無駄な時間を使うのは人それぞれだからな」って個別メッセージをもらったりもしました。
無駄かどうか判断するのは本人しかできないし、やるやらないも選択するのもその人の自由。
僕たちには意味があって、価値のあるものだったから。


会社の資本金は歩いた歩数にしよう!

もう誰が言ったか忘れましたが、こんな意見が出て弊社の資本金は

140,826円!

ではなくて

14,082円!

自分たちでビジネスをプロダクトアウトして、資本金を10倍100倍としていきたい。

そのために最初は10分の1から始めようってみんなで決めました。

冬にはメンバーで合宿をして、アイディア出しと何から攻めていくかを抽出した。

合宿中にbulletが一言


とりあえずドラム缶風呂沸かさない?


ここからはまずドラム缶風呂を沸かすための準備や場所の確保など実施した。

海を見ながらとか絶対にいいじゃん!ってことでりょうちゃんの地元柏崎市で実施!

ロケーションも最高だったけど、この仲間たちで風呂を沸かせたのは本当に良かった。
水が温まってお湯になるタイミングは毎回テンションがバカ上がりする。

女性でも入りやすいように、ドラム缶の足湯も用意したりした。

東京からドラム缶風呂に入りにきてくれた勇者も居たりした

参加者が一体になって作り上げていく、一人一人にロールがあるイベント

バケツリレーだってする

東京から夜に移動してきてお風呂に入ってくれる人だっている

僕たちがやりたかったことはこいうことだったんだと再認識する

自分がワクワクしないものなんて、人に説明できるわけがない

何にでも当てはまると思うが、弊社のプロダクトを自分たちが楽しめたり、ワクワクできなかったらどうやってそれを人に進めればいいのだろ?

僕の答えは「できない」だ


弊社では週一で日曜の22時からWEBMTGを行なっている。

パパが過半数を超える弊社では、このお父さんゴールデンタイムこそ打ち合わせの絶好のタイミングなのだ。

その際に、新しいアイディアを出し合う。

うちのMTGは非常に厳しい

「儲かる」「楽できる」

とかだと絶対に通らない

んーワクワクしないから俺はできない

って普通に言われる。

どれだけメンバーをワクワクさせることができるかで、弊社のビジネスとして進めることができるか決まる。

さっき、「できない」と記載したが

自分たちがワクワクできなかったら「できない」という答えになるが

メンバーをワクワクさせられるように内容もプレゼンも含め努力すれば、メンバーもよりワクワクする方法を考えてくれる。

そうやって、ワクワクしたプロダクトをニッチな人たちが求めてくれる。

ありがたいことに、

バストラ(Bath To Travel)

は、サービスリリースしてすぐに発注があった。
ここにも事例として掲載しているが、

村長の家 (株式会社下田村 様)

ロケーションも最高な上に、素敵なスタッフさんのおかげで笑顔になれる場所。

うちの子供(ドラム缶風呂)を大切に使ってくれる。

ぜひここの事例を読んでほしい。
きっと村長の家のファンになるから!

何が嬉しいかって、会社登記が終わる前にサービスリリースして、売り上げも上がっちゃったてこと。

メンバー大興奮

俺たちの思いが通じる人たちが少なからずいる!

ってことが本当に嬉しかった。

これは間髪入れずにどんどん活動していこう!

と、メンバーのハートが震える!

6月には「かやぶき集落 荻ノ島」という地域でイベントでバストラを開催

本当は日本海で実施する予定が、雨や台風によって急遽中止となった。

でも楽しみにしてくれて居た参加者のために何かしたい

って思いから雨でもできる場所や、参加者への連絡など
1日くらいでやった。
バタバタで多分色々効率悪かったけど、思ったより人が集まってくれた。

こじんまりとしたイベントだったけど、参加者の人たちは楽しんでくれていたと思う。
茅葺き屋根の家と家の間でドラム缶風呂に入るってのはなかなか通なものでした。

その時、こんな感じやこんな感じだった



火起こしはここからが重要

りょうちゃんの鴨のロースト、これだけを食べるために新潟に来てもいいレベル

笑顔が溢れる

JONちゃんがすごく可愛がっているまっつんも来てくれた

風呂がわけばこんな笑顔が溢れる

空港の芸能人待ちのような感じになる

そりゃちょっと興味あるよね

囲炉裏を囲んで楽しい時間も過ごせました

季節によっては、宝石のように輝く蛍を見ることもできる

笑顔になってもらえるのは本当に嬉しい

おっくんは本業で別のスタートアップ立ち上げなどでてんやわんやで参加できなかったけど、おじさんたちは心はいつも一緒、だって100キロ歩いたんだもん。

実は7月には十日町市でイベント開催する予定である。

これもまた一風変わったイベントとなりそう。

すごいロケーション。
きになる人はこちらから

現時点で10月まですでに毎月何かしら風呂を沸かす予定が入っている。

僕たちは湯沸かしおじさんではないけど、ちょっとの間は湯沸かしおじさんとしても頑張ろうと思う。

内容は色々あって、ドラム缶を使った地域おこしから、チームビルディングなどコンテンツも用意してある。

ドラム缶をレンタルしたい

から始まったが、自分たちも参加者の人たちも一緒に笑顔を作れる事業になったなぁと思える。

意味がわからない
そんなのビジネスにならない
無駄なことしてるな

いろんなネガティブな意見をもらったけど、別に気にならない。
だって自分たちがやりたいことをやっているんだから。

自分で何を選択するか

が重要だと思う。
自分が選択したことは責任を持って精一杯やるってことなだけ。
それができて、ベクトルを違えないメンバーが集まった
ただそれだけ

現在ノンビンビーンでは別ベクトルのビジネスも今2つほど平行で計画してあるが、それもまた面白い内容だと自信を持てる。

ノンビンビーンの6人はそれぞれ得意な分野が違い、特性も違っている

ノンビンが
 既存の価値観を別視点から、全く新しい価値に作り変える
 当たり前にそばにあるものを、全く別の価値に書き換える

りょうちゃんが
 その新しい価値を言語化し、誰でも理解できるものに変える
 変えた価値が、より昇華するように肉付けしランクをアップさせる

よこっちが
 りょうちゃんが言語化したものをプロダクトとして作り上げる
 そのプロダクトを一番愛して一番育てる

JONちゃんが
 そのプロダクトの価値を分析し、ファン作りに奔走する
 その人にとってどれだけ自分ごとにするか常に考えている
おっくんが
 プロダクトを海外へリーチさせ、生の声を取得する
 海外への進出の計画も中心になって立てる
bulletが
 「めっちゃおもしろじゃん!よしやろう!」とみんなを先導する
 マネタイズや事業計画など詳細詰める役割も担う

偶然集まったメンバーが、それぞれ自分の領分をもち
それぞれがそれを楽しんでやれる。


1年半前は「1人でやろう」って考えていた僕

今になってみたらいろんな選択してきた結果がここにあるんだなぁと思う

弊社にはまだお金はない

が、最低限のコストで最高のパフォーマンスを出す努力は惜しまない
ないお金でもチャレンジすることは諦めない

ちょっと先の話だが、来年の4月にはちょっと大きなイベントを開催する
また、これも来春だが世界一にチャレンジもする

きっとみんな

バカだわこいつら!w
とか
意味不明!w

とか思うだろう

それでもいい、興味を持ってもらえるならネガティブでもいい

無関心者を増やさないことが大切だと思うから。

僕たちが動いたらその地域が盛り上がった!
その結果地域が活性化した!
ノンビンビーンがきたぞ!この地域が盛り上がる!

なんて英雄(ヒーロー)になれたらなんて思いもある。


弊社は全員が複業の会社
平日の夜(お父さんゴールデンタイム)と休日だけしか動いていない会社
限られた時間を限られたパワーで精一杯楽しむ会社
本業を疎かにしないから、複業を楽しめる

僕たちにしかできないことを続けていきたいと思う。


こんな僕たちにも協力者がいる

ノンビンビーンを創立する前から協力してくれていて
ドラム缶風呂のアドバイスから顧問的なこともやってくれている人がいる

カケツケ矢 ヲミだ

常に僕の味方であってくれて
常にノンビンビーンのイベントの陰には彼の協力がある
来年のおっきなイベントも彼の協力なしではできない

会社登記の連絡を彼に伝えたら

登記できた日に連絡くれ!


と言われた。
登記終わった連絡が法務局からきたことをヲミに伝えたところ

こんなに嬉しいことはない!

設立祝いにどうしてもこれを渡したかった!

わかるだろうかこの大きさ
真ん中にあるのがよく見る一升瓶だ

ヲミが用意してくれたのは、ロゴ入りの2.5升瓶

マス マス ハンジョウ
一升 一升 半升

益々繁盛をもじった日本酒である。

1升+1升+0.5升=2.5升となる

お猪口で約60杯となるから、
ちょっとした記念のイベントで使ってくれたら嬉しい

参加者の人たちに喜んでもらえるようなこんな設立祝いヲミらしい

ヲミはノンビンビーン公式ビジネスパートナーとして今後も一緒に駆け抜けてもらう

他にも紹介した写真家やコーヒーボーイなどもいるけどそれはまた別の機会に。

少し長くなりましたが、ここまで見てくれてありがとうございます。

文才もないのでダラダラ書いてしまって読みにくかったと思う。
けど、自分の想いなのでそのままの文章で書かせてもらいました。

ただ嫌われるのが怖かった自分との決別、自分の選択肢を広げることを教えてくれた職場のチームメンバー、一緒に歩ける仲間

この15年間で色々起きたことが、この2年で一気に形になりました。

僕はこれからも色々挑戦していきます。
なんか一緒にやりたいなぁって人は声かけてください!
嫌な場合は「嫌です!」って言うので、もっとワクワクする内容に一緒に変えていきましょう!

もし僕たちの活動を応援してくれる方がいらっしゃいましたらすごくありがたいです。
また、僕が書くnoteへのサポートについては今まで子供へのお菓子としてましたが、ノンビンビーンでの活動にも活用させていただきます。
誰からもらったサポートで何が実現できたか!などはアップして行く予定です。


ただの自分語りになってしまいましたが、こんな僕たちをこれからよろしくお願いいたします。

合同会社ノンビンビーン 代表 ノンビン(星野智久)

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なんてことないお父さんですが、サポートいただければ幸いです。サポートの利用については新しいことへのチャレンジに利用しようと思います。

ありがとうございます!何か気づいたらコメントよろしくお願いします
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新潟→東京→新潟とUターンで地元に戻り、その後東京の企業(joyzo.inc)に転職。地元長岡市で3ワーク(リモート・リゾート・マルチ)している。イベントを企画したり、誰もやっていないことをするのが大好きで、そんなことができる合同会社ノンビンビーン を仲間と起業
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