深海漂うビニール袋

中二病のとき書いた小説
「ビニール袋ってさ、浮くものと浮かないものがあるよね」
「ああ」
「水を吸いすぎちゃっても沈んじゃうし、水とくっつきすぎると浮く」
「ああ」
「泳ぐことは難しいのかな」
「貴幸、中庸だ。中庸を覚えるんだ、いいな」
「はい」

親父は、海を見ながらそういった。向かいにある工場の廃棄水によって海は深い緑と青が折り重なって揺れていた。

そんな親父も8年前に他界した。俺のアパートに住むのも母さんとばあちゃんだけだ。
俺は16になった。
中庸の意味を問い詰めて10年立つ。

俺の中の失われた二年の歳月は、俺にはもっとも濃く短い時間だった。
あいつがいたんだ。

「貴幸、ウーパールーパーってさ、あいつら、絶滅すんだって」
「え、ああ、そうなんだ」
「ウーパールーパーってさ、てか、絶滅危惧種の動物ってさ、なんであんなに呑気でいられるんだろうな」
「え、ああ、まあ」
「あいつら、俺らに躍らされてるだけなんだよ。
なのにあんな呑気な顔しあがって。
情報がねーんだ、ほら、パンダなんて、絶滅なんて言われてっけど、動物園でもてあそばれてらあ。
あいつら全部中国の竹藪の中ぶちこめばいいのによ!」
「忠信、中庸だよ」
「はぁ?」
「中庸を知ってこそ、大人になれるんだ」
「俺は大人になんかなりたくねぇんだ。
大人は泥団子作った手で子供の頭撫でるからよ、子供は毎日水かぶんなきゃならないんだ」
「中庸があってこそ生きられるんだよ・・・」

息が、揺れている。教室の窓から差し込める日光によって教室内を舞い上がる埃が僕らを取り巻いている。
昔、誰かがこれを吸うことがきたない、なんてことを言ってたけど、俺にはそれがダイヤモンドダストのように見えたんだ。

忠信の頭に埃が乗った。それは溶け忠信の頭に染み込んでいく。
僕は、それを眺めつつ、教室の小窓から見える遠くの高速道路を走る車を眺めていた。

「あれ、どこ行くんだろうな」
「京神だから神戸方面」
「行きたい」
「行こうぜ」

その夜、俺は忠信のお得意のsuzuki1029に乗り込んで神戸に向かった。三宮に着くと、ネオン街が俺の瞳をくまなく突き刺してきた。それはにまで脳まで届き、一気に僕を目覚めさせた。

「忠信、海へ行こう」
「え?」
「海だ。海がいい。」
「だって友達とパイ山で待ち合わせが」
「だめだ。海だ」

俺は忠信を近くの海へと向かわさせた。
光があってはダメだ、と思った。暗闇に溶け込むことによってしか、俺は自分のことを認識できないと思ったんだ。

近くの海岸に着くと、真っ暗で、なにも見えなかった。ただ、波がうねる音がひたすら聞こえる。そこに海がある。

俺はどうかしていたのかもしれない。
忠信のバイクをひょいと降りると、ヘルメットを彼に渡し、海まで全速力で走った。ただ、ずっとそこに存在していてくれるもの。俺はそれをずっと欲していた。
「おい、貴幸ー!どこ行くんだよ、あぶねぇぞー!」
何度も叫ぶ忠信の声がだんだん遠くなる。必死にまとわりついてくる彼の声をかき分けながら進んでいく。一方で海の声がより近く、近くなっていく。昔親父が言っていた。
「貴幸、どす黒い海ほど、誰かによって美しくなるんだ。お前もそのうちどす黒くなるだろう。でもな、そんなときこそ、生きることを誰かと共有するんだ。そうすれば、どんなにどす黒い色でも、少しは明るい色になるからな。」

波が、冷たかった。親父もそういえば、こんな冷たさだったな。親父、俺は生きることを海と共有することにしたよ。

気づけば、母さんが俺をまじまじと見つめていた。
「貴幸!良かった。あーもう、良かったわー。このアホ!ど阿呆!」
母さんが泣き出した。
天井が、白い。
俺は病院にいた。変に清潔な臭いがする。
こんなにおい、人をもっと病弱にさせるぞ。
俺は海に溶け込むことは出来なかったらしい。永遠に生きようとした試みは失敗したようだ。

後々聞いたことによれば、俺は海に向かって走って飛び込んだあと、暗闇のなか忠信が真っ青になりながら俺を追いかけてきたらしい。しかし俺の姿が見えないので急いで救助隊を呼んだそうだ。捜索活動の末、明け方近くの海岸に打ち上げられていたところを発見された。奇跡的に、生きていた。
忠信は、ショックのあまり漏らしたらしい。
それを聞いて俺はクスクス笑った。
「笑い事じゃねえぞ!俺、ほんとに、お前が死んだと思って、お前が死ぬことを助長したのかと思って、本当に目の前が真っ暗になったんだからな!」

見舞いに来てくれた彼がそう言った。半泣きになりながら、無事で良かったほんとうに良かった。もうこんなこと絶対やめてくれなと、彼は繰り返し言った。
忠信には申し訳ないことをしてしまった。

しかし俺はまだ諦めきれなかった。
あのとき、本当に俺は永遠に存在を肯定できる気がしたんだ。

退院してから、俺は暫く真面目に学校へ行った。心理カウンセラーなんていう見知らぬおばさんのところにまで週一で通う羽目になってしまった。
あの人たちは、俺を更正させようとはしていない。学校の権力に怯えて、黒白スーツに俺をラッピングして大量生産社会に放り込むためのスキルを身に付けさせようとしているんだ。

23しゃい女子の誰に向けてでもない日記。 変態くらいが心地よい。