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「新・帝国主義の時代」、私たちはこの現在にどのように立ち向かえばいいのでしょうか……──佐藤優『世界史の極意』

佐藤さんの恩師である藤代泰三先生の言葉が後書きで紹介されています。

「他人の気持ちになって考えること、他人の体験を追体験することを、どれだけ繰り返すで、歴史理解の深さが変わってきます。そして、歴史を類比として理解するのです」
この本は佐藤さんのこの師への恩返しのように思えました。

「いま自分が置かれている状況を、別の時代、別の場所に生じた別の状況との類比にもとづいて理解する」ことの重要性を一貫して佐藤さんは説いています。
確かに学べる素材は過去にしかありません。けれど歴史というものはやっかいなもので
「立場や見方が異なれば、歴史=物語は異なる。世界には複数の歴史がある」ということを知って顧みなければ、歴史は私たちになにも教えてくれません。
佐藤さんは私たちが「新・帝国主義の時代」と呼ばれる世界に生きているといっています。それは「資本主義・ナショナリズム・宗教という三点の掛け算で動いている」世界です。佐藤さんはこの三つの要素をアナロジーの方法でひとつひとつ解明していきます。「戦争を阻止する」のために……。

では(旧)帝国主義ではなにが起こっていたのでしょうか。
「帝国主義の時代には、資本主義がグローバル化していくため、国内では貧困や格差拡大という現象が現れます。富や権力の偏在がもたらす社会不安や精神の空洞化は、社会的な紐帯を解体し、砂粒のような個人の孤立化をもたらします。そこで国家は、ナショナリズムによって人々の統合を図ることになります」
これは、そのまま今の私たちの世界ではないでしょうか。帝国主義の時代から二つの大きな世界大戦、無数の戦争、さまざまな革命、そこには文化大革命も含まれますし、天安門事件もふくまれるでしょう、それらの体験はどこにいったのでしょうか。
かつて森有正さんが体験と経験の差について書いていました。
「経験は、在る一つの現実に直面した時、それによって私どもがある変容・変化・作用を受け、それに反応してある新しい行為に転ずる、そういういちばん深い私たちの現実との触れ合いのことをさす」
私たちは20世紀からなにか〝経験〟したといえるのでしょうか。

ナショナリズムについて佐藤さんはこう記しています。
「新・帝国主義が進行する現在、ナショナリズムが再び息を吹き返しています。合理性だけでは割り切れないナショナリズムは、近現代人の宗教ということができるでしょう」し「宗教である以上、誰もが無意識であれナショナリズムを自らのうちに抱いている。その暴走を阻止するために、私たちは歴史には複数の見方があることを学ばなければいけないのです」

ではもうひとつの「目に見えない世界」、近代の合理的精神(啓蒙の精神)では見落とされがちな「プレモダン的な「見えない世界」」である宗教ではどのような問題を私たちは突きつけられているのでしょうか。
「宗教的価値観を中心とした結びつきには、民族やナショナリズムを超えていくベクトルがあることが確認できます」という視点からイスラム世界を分析します。そして……、
「イスラムには、ムスリムが支配する「イスラムの国」と、異教徒が支配している「戦争の館」という概念がある」とした上でイスラム原理主義が浸透している原因をこう指摘しています。
「イスラム原理主義は、プレモダンの理想を追求することによって、近代がもたらした社会の問題を解決しようとしました。それは、資本主義がもたらした社会の問題を解決しようとしました」
もちろんこの原理主義で帝国主義を乗り越えることはできないし、戦争を阻止することなど毛頭できるものではありません。

では私たちはこの現在にどのように立ち向かえばいいのでしょうか……。
「近代の枠組みのなかで戦争を止めるには、近代の力を使うしかありません。それが私の言う啓蒙主義です。モダンのリサイクルと言ってもいいかもしれません」「プレモダンの精神をもって、モダンをリサイクルするということです」
と佐藤さんは提案しています。
しかも「見える世界」だけがすべてではありません。「見えない世界」の重要さにも私たちは気づき、知っていこうとする姿勢が必要です。
「立場や見方が異なれば、歴史=物語は異なる。世界には複数の歴史がある。そのことを自覚したうえで、よき物語を紡いで、伝えること」を大前提として……。

書誌:
書 名 世界史の極意
著 者 佐藤優
出版社 NHK出版
初 版 2015年1月10日
レビュアー近況:日本でもApple Musicがスタートしました。定額音楽配信サービスで3カ月のトライアル期間があります。野中はこれまでiTunesで吟味しながら1曲1曲購入していましたが、アルバム全曲バンバン聴きまくれるのは非常に気持ちが良いです。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.07.01
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3690

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