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事業成功のカギ「KSF」の見極め方

みなさん突然ですが、「御社の事業のKSFは何ですか?」と聞かれたことはありませんか?また、一方で「KSFって何ですか?どうやったらKSFが特定できますか?」と問われたとき、明確にバシッと答えることができる人はどれだけいるでしょうか?僕はできませんでした。

書籍やウェブの記事を見ても、KSFの定義はさまざまです。「主要成功要因」「事業を成功させるための必要条件」「業界における成功のカギ」などの表現が並びますが、多くは、KSFの和訳や言い換えのようにしか思えませんでした。そこで僕は、調べるのをあきらめて、自分なりに整理することにしました。

本稿では、自分の中での整理の一貫として、①具体的なケースにあてはめ可能な「KSFの定義」の導出、②その定義に沿ってKSFを特定する方法、③KSFを特定した後どうするか、を整理することにチャレンジしたいと思います。1万字の記事になりますが、お付き合いいただければ幸いです。

[1] KSFとは何か?

さて、「KSF」は、(いまさらですが)Key Success Factorの略です「Key」と「Success」と「Factor」という三つの言葉から構成されているのを受けて、以下ではそれぞれの意味を探っていくアプローチを取りたいと思います。(文言を分解してそれぞれの意味を掘っていくのは、法律家出身者の悪癖かもしれません。)

「Success」とは何を意味するのか

この点、顧客への付加価値提供を「Success」とする考え方もあります。KSFをバリューチェーンに沿ってKSFを整理することもありますが、この立場は、顧客に付加価値を届けることを「Success」としているのが前提だと思われます。

一方で、事業として収益をあげることを「Success」とする考え方もあります。収益モデルに沿ってKSFを整理する立場がこれに当たるのではないでしょうか。例えば、大前研一「企業参謀」によれば、銀行のKSFについて以下のように表現されており、金融業の収益モデルの背骨をKSFとして整理しているように読めます。

「銀行業というものは、素人には非常に複雑な操業に見えるかもしれないが、KFSは、いかに安い金を集めてきて、高く貸すかということ、すなわち預金と貸し出しのそれぞれの資金コストがそれぞれ最小、最大になるようなミックスを求めることにある」

大前研一「企業参謀」

また、同書は別の事例として、以下のように、流通でのスケールメリットを追求する収益モデルを軸にKSFを整理しています。

「ビール業においては、製造規模よりも流通において『規模の経済』を得ることがカギとなる。したがって、現状ではシェアの小さな者が(アルコール類であるため)、統制価格下で利益を上げることがきわめて難しい業種となってしまうのである。だから、現在のビール製法が根本的に変わり、工場側がほとんど変動費要素となるか、あるいは小売体制が崩壊し、少数のスーパーや専門店だけで売られるようにならなければ、…経済的本質は変わらないのである。」

大前研一「企業参謀」

さらに他の例として、林木業のKSFとしては「それは広大な森林を所有することと、所有した森林から最大限の収穫を得ること」と表現しています。

そもそも、企業体の目的は、ゴーイングコンサーンとして事業を持続させることです。そしてそのためには、顧客に付加価値を提供し続けるためにも、収益を生み出し続けなければなりません。いくら顧客に抜群に付加価値が提供できていたとしても、採算度外視では、事業は継続できません。

逆に、顧客の犠牲のうえに儲かる事業は、焼き畑ビジネスとして持続性がありません。そのため、収益を生み出し「続けられる」ことには、顧客に付加価値を提供していることが包含されていると理解できます。したがって、「Success」とは、「持続的に利益を創出できること」と理解するのがいいのではないかと考えます。

「Factor」とは何を意味するのか

それでは「持続的に利益を創出できること」に寄与する「Factor」とは、一体何なのでしょうか。

ここで、KSFをアセット、ケイパビリティ、リソース(以下総称して「リソース」と表記します)と整理する考え方もあります。しかし、そもそもKSFを特定する目的は、限りあるリソースをどこに集中させることが有効なのか、自社のどの機能を分厚くするべきなのかを見極めることにあります。大前研一も前掲「企業参謀」において、以下のように記述しています。

「戦略的思考家とは、自らの担当する職務(役職、業種、業務)において、常にKFSが何であるかという認識を忘れない人のことであろう。そして、彼は全面戦争ではなく、KFSに対する限定戦争に”徹底的に”挑むのである。

大前研一「企業参謀」

要するに、どこで「限定戦争」を展開するかを見極めるためにKSFが重要なのです。

この「KSFを見極める目的」が正しいという前提に立つと、「Factor=リソース説」は「先に答えありき」になってしまいます。リソースを集中投下するべきポイントを見つけるために、「持続的に利益を創出するために必要なリソース」を見極める、ということになってしまうからです。

趣旨から考えれば、リソースそのものではなく、メリハリあるリソース投下をすることで実現するべき「状態(=ステータス)」が「Factor」だといえるのではないでしょうか。

先ほど紹介した銀行業に関する記述でも「預金と貸し出しのそれぞれの資金コストがそれぞれ最小、最大になるようなミックス」がKSFであると表現されていますが、これは、預金を集める店舗網、貸し出し時の目利き力等のリソースを駆使することで最終的に実現している「状態」です。この「状態」を実現できるのであれば、店舗ではなくオンラインチャネルで預金を集めるのでもいいし、目利き力じゃなくてAIというリソースを駆使してもいいのかもしれません。リソースはあくまでも手段なのです。

したがって、「Success Factor」とは「持続的に利益を創出し続けるために実現されなければならない状態」を意味するものだと考えられます。

「Key」とは何を意味するのか

最後に、「Key」の意味について考えていきたいと思います。

事業は総合力勝負なので、「Success Factor」は無数にあります。バックオフィス含めて、欠けてもいい要素はありません。しかし、その中でもどこかにリソースを集中させることで、事業としての「Success」の確度が上がるはずです。その指標となるのが「Key」という概念です。そうだとすれば、他の要素にも割き得るリソースも含めて、そこ寄せたときに「お釣りがくる」=「レバレッジが効く」ことが「Key」の意味だと考えられます。もちろん、KSFは一つとは限りませんが、リソースを「寄せる」必要があるので、5個も6個も見つかるものではないと思います。

ここで、レバレッジは、質と量の観点で整理することができるのではないかと考えています。具体的には、利益創出の「利幅」への直接的な効果の度合いが強いこと(質)and/or収益モデルの複数の要素に効くこと(量)の2点です。

例えば、決済ビジネスだと、「決済手数料が高い」という「状態」は、「利幅」への直接的な効果の度合いが強い点において、質的にレバレッジが効くかもしれません。一方で「加盟店が多い」という「状態」は、(ア)利便性ゆえにユーザー数にも効くし、(イ)圧倒的なユーザー数を囲えば決済手数料の向上にも効くし、(ウ)決済頻度にも効くという意味において、質的にも量的にもレバレッジが効くものだといえます。そういった意味で、後者のほうがKSFである可能性が高いといえます。

また、ファストファッションビジネスであれば、「流行に合わせて後追いで商品を高速開発できる」という状態は、アパレルビジネスで収益を生み出すために重要な「売り切る」(しかもセールせずに。)という要素に直接的に効きます(質)。また、流行に合わせて新商品を投入することにもつながるので、顧客の来店頻度(購買機会)の向上にも副次的に効きます(量)。

以上のように、「Key」とは、「利益創出に対してレバレッジが効く」ということを意味するものと考えられます。

KSFとは何か?についての小括

以上をまとめると、KSFとは、

・持続的に利益を創出し続けるために(Success)
・実現すべき状態のうち(Factor)
・利益創出に対してレバレッジが効くもの(Key)

であると定義できます。個人的には一定の腹落ち感がありますが、みなさんいかがでしょうか?ざっくりしたイメージ図は以下のとおりです。

KSFイメージ2

[2] どうやってKSFを特定するのか?

定義だけ分かっても、現場で使えなければ整理した意味がありません。

センスのある人や圧倒的な場数を踏んでいる人は直観的にKSFを見抜くことができるかもしれませんが、そうじゃない人でも事業を成功させられるような世の中が理想です。そこで以下では、その「直観」を分解して、KSFを特定するプロセスを言語化・整理することにチャレンジしてみたいと思います。

出発点は「収益モデル」の因数分解

先ほどの定義によれば、「Success」とは「持続的に利益を創出できること」です。とすれば、KSFを見つけるための考え方の出発点は、利益創出の構造、つまり事業の「収益モデル」なのではないでしょうか。

ここで収益モデルとは、本稿では、売上(またはLTV)と利益(裏返せばコスト)を因数分解していった、みなさんお馴染みの「あの樹形図」をイメージしています。KPIツリーと呼ばれていることも多いかもしれません。

そして、収益モデルというのは、結局は財務会計と紐づく数字をKGIにして、それをKPIに分解していくものなので、基礎的な部分は今も昔も大して変わらないのではないかと思います(決算期を跨ぐLTV概念は大きな違いかもしれませんが)。

したがって、基本的には、自社の収益構造を因数分解していくのと同時に、同じビジネスモデルの定番の収益モデルを参照するのが手っ取り早いと思います。だからこそ、KSFの発見には「ベストプラクティス分析」が有効と言われているのではないでしょうか。

業界&ターゲット顧客の特有事情で具体化する

とはいえ、収益モデルも大してバリエーションがあるわけでもありません。また、取り組んでいる業界/産業はもとより、それぞれの産業の中でも、誰をターゲット顧客とするかによってもSuccess Factorが異なることは容易に想像できます。

したがって、収益モデルを起点として大枠の因数分解が済んだ次のステップとしては、業界/産業ごとの特殊事情や、その中でもさらにターゲット顧客の特殊性も考慮してKSFを具体化していくステップを踏むのがいいのではないでしょうか。ここは、業界や顧客に関する起業家の深いインサイトが発揮される重要なステップです。

<メーカーの例>

例えば、モノを作って売る「メーカー」というくくりでは、収益モデルを起点にざっくり整理すると、「安く作って x 高い値段で x たくさん x 売り切る」が基本となるかと思います。

これを「アパレル」という「業界/産業」において、「流行に敏感だが購買力はそこまで高くない若年層」というターゲット顧客を設定する場合(ファストファッション)ではどうでしょうか。商品に流行り廃りが出てくるので、Success Factorの一つとして、商品を「売り切る」ために「流行を後追いして安く生産できる状態」という要素が出てきます(ZARAなど)。

一方で、同じ「アパレル」でも、ベーシックファッションを提供するとしたら、Success Factorの一つとして、「流行に左右されない商品を安く作れる状態」という要素が出てきます(ファーストリテイリングなど)。もちろん、これらの要素が「Key」なのかどうかは別途検証が必要です。

<小売業(店舗)の例>

また、小売りであれば、「低価格で仕入れ x 高い値段で x 売り切る」のが収益モデルの基本かと思います。

その中でも、例えばコンビニのようなふらっと日用品を買いに行く店舗型の小売りであれば、「売り切る」ために「新規顧客を流入させる」あるいは「既存顧客の来店頻度を上げる」必要があり、そのためのSuccess Factorの一つとして、「いい立地に(十分な密度で)店舗出店できている状態」(=ドミナント性)を実現する必要が出てくることが多いでしょう。

<小売業(EC)の例>

ECも基本的には「仕入れて売る」商売なので、小売りと同じ収益モデルかと思いますが、より具体的に、モノタロウのようなMRO市場のECではどうでしょうか。

大企業向けMROでは、商材ごとに専門商社から一定量が対面販売でまとめ買い(ディスカウント)されていますが、一方で、顧客ターゲットを「中小企業」としてセットした場合、ボリュームディスカウントではなく、必要なときに必要な量だけをワンストップで買えることが、機会損失を防止して「たくさん売る」ことにつながります。副次的に、それが顧客の来店頻度を高めることにつながるかもしれません。

そうすると、「売れ筋の商品だけでなく、ロングテールで販売頻度の低いニッチ商品もそろっている状態」がSuccess Factorとして浮かび上がってきます。

繰り返しになりますが、これらの要素が「Key」なのかどうかは別途検討が必要です。

<仲介/マッチング業の例>

仲介/マッチングであれば、商品単価、テイクレート、コンバージョン率が収益モデルの重要な部分を占めることは異論ないかと思います。

その中でも、ミスミなどのように、購買代行業者(エージェント)として、中小の金型メーカーの需要をとりまとめて一括発注する事業があります。この場合、メーカー側のチャーンレート抑制も収益モデル上重要となるかと思います。これは、業界特有の事情として、顧客にとって選択肢が大量にあり、その選択やコーディネーションについて専門家によるアドバイスが有効という背景があります。

このような状況下では、コンバージョン率を上げて、なおかつ顧客のロックインにもつながり得る、「顧客の好みやニーズを把握して、(細かいヒアリングをすることなく)コンサルテーションのうえで購買代行を実施できる」という状態がSuccess Factorとして浮かび上がってきます。

しかも、上記の状態が実現できれば、規模の利益を効かせるために、部品を標準化して顧客に(コンサルテーションを通じて)採用を促し、それを前提として一括仕入れを実施することも可能になるので、「Key」である可能性も高いといえます。

競争環境に応じてチューニングする

収益モデルそのものにはイノベーションが起こりにくいかもしれませんが、業界/産業の構造や、ターゲット顧客のニーズは、PEST(Politics、Economy、Society、Technology)の影響を受けて激しく変わっていきます。したがって、過去のベストプラクティスを踏まえることも重要ですが、競争環境の変化に応じて(もっといえば、数年後の競争環境の状態を見越して)KSF自体をチューニングすることも同じくらい重要だといえます。

例えば、消費者の情報接点として4マスの力が弱まりネットの力が強まっている中で、広告ビジネスの収益モデル自体は維持されている一方でKSFは変化しつつあるのもその一例かと思います。この点、ここ20年では、たまたまインターネットシフトやスマホシフトといったテクノロジー側の要素をきっかけとしたKSFの変化が続いたように見受けられます。そのため「KSFの変化をもたらすのはテクノロジー」と思いがちですが、本質的にはPESTの変化が局面を変化させるのではないかと考えています。

例えば、古くは、車についての消費者マインドの変化を挙げることができます。ゼネラルモーターズが当時ベンチャーとして優れていたのは、富裕層が、デザインが単調なT型フォードに飽きてきており、自動車が必需品から流行に応じて新しいものを買うものに変化しつつあったのを察知して、「流行に応じて新しいモデルを投入できる状態」をKSFとして据えた点にあるとの指摘もあります。そしてこれを実現するためのリソース投資として、ファッション性を高めるための広告宣伝や、「車種共通」の汎用機械や共通部品を用いた多品種生産や頻繁なモデルチェンジに対応できる生産プロセス構築、買い替えを促進するための下取りや割賦販売サービスの開発を実施したとされています。

また、前述のとおり、ビール業のKSFに関しても「現在のビール製法が根本的に変わり、工場側がほとんど変動費要素となるか、あるいは小売体制が崩壊し、少数のスーパーや専門店だけで売られるようにならなければ」と留保がついていますが、これはまさに、PESTの変化によってKSFが影響を受けることを前提としている記述になります。

そして直近では、コロナの影響が今後大きくなってくるのではないでしょうか。座席貸し系のビジネス(例えば映画館)は、基本的には、設備稼働率が高く維持できる状態がKSFだったはずですが、withコロナが続くのであれば、ソーシャルディスタンスの観点から顧客一人あたりに割り当てないといけない設備(スペース)が大きくなってしまいます。そうすると、無駄なオープンスペースを無くすなどのチューニングも必要ですが、より抜本的に「2倍~3倍の単価を許容できる体験設計」がポイントになる可能性もあります。あるいは逆に、「ソーシャルディスタンスが不要となるサービス提供」がポイントになる可能性もあります。

このように、「PESTの変化→ニーズ/需要の変化→KSFの変化→新興勢力にとってのチャンス」という関係があるので、時代の変曲点において新しいKSFを見つけることがスタートアップの勝機の一つだと僕は理解しています。投資家がしつこく「Why Now」と問うのは、こういった点についての起業家の見立てを理解したいという側面もあります。

リソースではなく、状態と考える

KSFを、保有すべきリソース・ケイパビリティと捉えてしまうと、「手段が目的化」してしまう可能性があります。あくまでも、本稿は、KSFとは「実現すべき状態」という立場に立っています。

例えば、化粧品事業のKSFを「広告宣伝力」(リソース)と捉えてしまうと、どのように広告宣伝力といるリソースを確保するか、という発想に収束してしまいがちです。しかし、KSFを「第一想起してもらえる状態」あるいは「機能ではなくイメージで選んでもらえる状態」と捉えれば、手段として、いわゆる純粋な広告宣伝以外にも、販売チャネル戦略として小売店の「良い棚」を支配するアプローチや、さらにはOMO/D2C的なアプローチも候補として出てきます。

例えば、「低コストで生産できる状態」≒「低コスト生産能力」のように、結果的に、特定したKSFが「能力・ケイパビリティ」とニアリーイコールになることも少なくないかもしれませんが、あくまでも考え方としては、「状態」と捉えるのがよいのではないでしょうか。

目的・手段の関係をどこまで掘るか

ところで、「目的→手段」の関係は無限連鎖します(ある手段は、その下位レイヤーの手段との関係では目的となります)。どこまで具体化・細分化していくかについては、自分としてもまだ正解が見えていません。ただ、仮説としては、「Key」であるという条件、つまり、質的・量的にレバレッジが効くポイントであるかどうかが基準になり得るのではないかと考えています。

例えば、コンビニについては、ドミナント状態を生み出すための手段である「店舗開拓のための体制が整っている状態」はKSFではないように思います。なぜなら、ドミナント状態は、集客だけでなく、配送効率、フランチャイズ管理効率など複数の要素に効くのでレバレッジの要素がある一方で、店舗開拓体制はレバレッジが効く要素ではないからです。

KSFの見つけ方についての小括

 以上のとおり、KSFを見つけるプロセスをあえて分解すると、

①収益モデルを確認する
②業界特有の事情、ターゲット顧客特有の事情、PESTの変化を反映して具体化する
③アセットではなく「実現すべき状態」として整理する

という形になるかと思います。

[3] KSFを特定したあと、どうするのか?

再現性ある「仕組み」を作り出す

KSFを発見・特定するだけでも、事業成功の確度は各段に上がるはずです。一方で、「発見したKSFを満たすための再現性ある仕組み」こそがスタートアップ/新規事業の勝負所であり、かつ、正解がないところ(解がなかなかみつからないところ)だと思います。

決済ビジネスを例にとって考えてみます。もちろん、決済ビジネスのKSFがもはや「加盟店が多い」ではないと見抜き、新しい「真のKSF」に投資するというシナリオもあり得ます。しかし、クレジットカード黎明期から変化なく、現時点においても未だ「加盟店が多い」状態がKSFだとした場合、その状態に到達するための仕組みについて検討しなければなりません。この点、資本力を活かして、営業/マーケに巨額の投資を続けているのがPayPayです。そんな中、人海戦術的営業・マーケ以外で「加盟店が多い」状態を実現できる仕組みを「発明」できれば、スタートアップとしても勝機があるかもしれません。しかし一方で、人海戦術的営業・マーケに投資せざるを得ないのであれば、資本力勝負になってしまうので、スタートアップとしては厳しい戦いを強いられる可能性が高いといえます。

Moatとの関係

つまり、KSFを見つけたとしても、持続的競合優位性/参入障壁(Moat)ある形でKSFを満たす仕組みを作り上げないと、競合に追撃されてしまう可能性があるのです。追撃されなくても、少なくとも消耗戦に巻き込まれてしまう可能性があります。余談ですが、こういった観点から、PayPayが「コストをかけて開拓した加盟店までJPQRに乗り換え……顧客が他の決済サービスに流れる恐れ」について牽制するのは、個社の経営としては非常に合理的です。別の表現をすれば、どういうMoatを構築するべきかは、KSF特定と表裏一体の議論です。意味のあるMoatを導き出す前提として、まずはKSFを整理してみるのがいいかもしれません。

[4] 全体の総括

 長くなってしまったので、本稿全体を総括します。

(1)KSFとは何か?
 「持続的に利益を創出し続けるために(Success)、実現すべき状態のうち(Factor)、利益創出に対してレバレッジが効くもの(Key)」のこと。
(2)どうやってKSFを特定するか?
 ①収益モデルを確認して、②業界/産業特有の事情、ターゲット顧客特有の事情、PESTの変化を反映して具体化する、③その際はアセットではなく「実現すべき状態」として整理する。時代の変曲点においては、新しいKSFが出現する可能性があるので、スタートアップにとってチャンス。
(3)KSFを特定したら?
 「持続的競合優位性/参入障壁ある形でKSFを満たす仕組み」を作り上げる。スタートアップとしては、資本力勝負ではない仕組みを編み出したい。

 このように整理した結果、ごくごく当たり前の結論に着地したようにも思えますが、本稿が事業について考える上で何かのヒントになれば幸いです。

[5] 本稿の主な参考文献

・三谷宏治「ビジネスモデル全史」
・楠木建「ストーリーとしての競争戦略」
・ハーバードビジネススクール「ケース・スタディ 日本企業事例集」
・横山寛美「経営戦略ケーススタディ―グローバル企業の興亡」
・今枝昌宏「ビジネスモデルの教科書」
・大前研一「企業参謀」
・大前研一「勝ち組企業の「ビジネスモデル」大全」
・福永雅文「ランチェスター戦略「弱者逆転」の法則」

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