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喫茶店 〜時計を進める〜

週刊台本 #17

(喫茶店で三人の男が時間を潰している)

灰原:いやー、まいったね
鳥波:まいった?何が?
灰原:…いや、遅刻が多くて…
樋口:お前のせいじゃん
灰原:いやーどうしたもんかね
鳥波:どうしたもんかねじゃないよ
樋口:まあ、ベタだけど腕時計を5分進めておくとかやってみたらいいんじゃない?
鳥波:あー、そうだね、原始的だけど
灰原:時計5分進めておくのって、よく聞くけど、あれって意味あるかな?
樋口:まあ、やらないよりいいでしょ
鳥波:ね、10時の集合時間まであと5分しかないってなった時に、時計が5分進んでたら、「ほんとは10分ある」ってなって余裕できるから
樋口:いいよねえ?
鳥波:いいよいいよ。やんなよ
灰原:それってさ、……慣れない?
鳥波:いやいや、慣れてきたらそっからさらに10分とか進めておけばいいんだから
灰原:うーん、でもそれさ、ずっと進めていったときに何時かわからなくならない?
樋口:ならないよ
灰原:ならない?
鳥波:ならないならない
灰原:え?だって、そのうち…2時間25分とかになるんでしょ?
鳥波:いや、なるけど
灰原:わけわかんなくならない?
鳥波:ならないならない。ズレは5分だから
樋口:そうそう
鳥波:最初5分進めておいて、自分の中で5分のズレに完全に慣れて、10分ずらしになって、その10分ずらしの生活に完全に慣れた時にまた15分ずらしになって、っていうのの繰り返しだから。常にお前の中でのズレは5分でしかないから
樋口:そうそう
灰原:そう?
樋口:合ってる
灰原:うーん…
鳥波:何がネックなの?
灰原:いや…、なんか…、根本的な解決に至ってない感じがある
鳥波:それは、いつか慣れるから?
灰原:うん…
鳥波:じゃあ、逆にするしかないよね?
灰原:逆?
鳥波:いや、今までのはプラスマイナスゼロの時計での生活に慣れていることを利用して5分進めるから騙されるっていう仕組みな訳でしょ。それにキリがないんだったら、時計を一旦5分遅らせて生活して、それに一回慣れれば、プラスマイナスゼロにもどした時に騙されて、普通の時計で5分早い習慣で暮らせるじゃん
灰原:……ん?どういうこと?
鳥波:0が+5になるのと、-5が0になるのとだったら時計が5分進むっていう意味では一緒じゃん。だったら効果が現れた時にプラスマイナスゼロになるように調整したほうがさっき危惧してた2時間遅れみたいなことにならなくて済むからデメリットがないじゃん
灰原:……ん?言ってることわかる?
樋口:いや、合ってる合ってる
灰原:えー……俺が理解力ないのかなあ
樋口:いや、言う通りにしたらいいから
灰原:……え?……遅らせていいことなんてある?
樋口:いや、合ってるでしょ。0が+5になるのと、-5が0になるのとだったら絶対後に来るほうが0にするほうがいいよ
灰原:えーっ…合ってる?かなあ?……え?5分遅らせた時計つけてたら普通に待ち合わせに5分遅れない?
樋口:それは我慢の時期だから
鳥波:それはしょうがないよ。慣らしの時期がないと。一回5分遅れの生活にどっぷり浸かって完全に当たり前の状況にならないと、そこで完全に信じ切らないとその後プラスマイナスゼロにした時に効果が発揮されないから
灰原:うーん
鳥波:…わかった。じゃあ、5分遅らせに慣らせてるあいだはもう1個腕時計つけよう
灰原:え?もう一個時計つけるの?
樋口:そうだね、それがいいよ
灰原:そうなの?
鳥波:もう一個は、5分進めた時計をつけておけばいいんだよ
樋口:まあ、必然的にそうなるよね
灰原:えー?あんま見たことないけどね、時計を複数つけてる人
鳥波:いやでも、そうする以外方法がないから
灰原:「どっちがほんとの時間?」ってならない?
鳥波:ならないよ。どっちもほんとの時間なんだから
樋口:どっちもを完全に信じ切らないと全然意味ないから
灰原:え?1個しか信じれないよ?…で、しかも「5分遅れ」と「5分進めるの」とだからその中にはほんとの時間はないんでしょ?
鳥波:いやいや、考えちゃダメだよ。考える前に信じないと。時計は時計だから。普段は慣れるために5分遅らせの時計を見たほうがいいよ
樋口:そうそう。5分遅らせの時計は今は効能を発揮してないわけだからね。慣れる用だから
灰原:え?慣れる用?
鳥波:そうそう、使っちゃダメだから。でも完全に信じ切って
灰原:え?で、もう一個は?
樋口:で、予定の時間に向けての準備をする時とかはもう一個の5分進みの時計を見るようにすればいいから
鳥波:そうそうそうそう
灰原:…そんーな器用なことできたら遅刻してないよ?
鳥波:で、慣れてくるでしょ?
灰原:慣れてくるの?
鳥波:慣れてくるのがこの話の一番前提なんだから、忘れないでよ
灰原:……うん
鳥波:慣れてきたら5分遅らせてる時計を戻す。ね?で、準備する時はそっちを見れば済むわけだから。で、もう一個のこれまでの準備用だった時計は慣れちゃってるからプラスマイナスゼロにしてまたこれは慣らしておく。で、それによってそれぞれの時計で慣らし月と効果月が交互に来るから、これで永久機関ができるから
灰原:……わかる?
樋口:わかってるよ。わかってないのお前だけだから
灰原:……えーっと、じゃあ、その2つの時計をつけてればいいのね
鳥波:え?いやいや、3つだよ
灰原:え?3つなの?
樋口:5分ずつ進めるやつがあるからね
灰原:え?あれまだ生きてるの?
鳥波:生きてるでしょ
灰原:え?さっきの2つで完結してるっぽかったのに、最初のずっと進み続けるやついる?見る時ある?
鳥波:知らないよ
灰原:知らないの!?
樋口:最初つけるって決めたのはお前だから
灰原:え?俺が決めたの?
鳥波:そうだよ
灰原:いや、これだといよいよ本当にどの時計を信じたらいいかわかんないんだけど
鳥波:じゃあ、普通の時計もすれば?
灰原:普通の時計もしていいの?
鳥波:いいよ
灰原:え?いいの!?

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