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わくわくと冷静のあいだ

いつもお世話になっております。もう少しでシドニー発サンフランシスコ行きの飛行機に乗るところなのですが、なんだかぼんやり寂しく思ったことがあったので気持ちの整理のために書かせてください。マスターベーションです。すみません。こんなところで。

というのも、今まで飛行機乗るのがすごくわくわくするものだったのに、今や全然なんのわくわくも無くなっちゃったなあと思いまして。寂しい。寂しいので誰かと共有したい。

思えば初めて飛行機に乗ったのは小学生の時。母親の実家・宮崎に行くため、私たちは成田だか羽田に行きました。あの頃はなぜか飛行機に乗るだけなのに普段着ないようなおしゃれなワンピースまで着ていました。家を出る直前に近所の年少の男の子にスカートを(ちょっとだけ)破かれて、半ば半ギレで家を後にしたのを覚えています(記憶はそこで途絶えている)。

まあそれはともかくとして、それから数年後も空港へ行った時はわくわくしていました。わくわくしっぱなしでした。大学3年生の時、初めて海外(インド)へ1人旅に行く時なんて空港が輝いて見えた。親が見送りにまで来た。(その後インドで帰りの便を逃し、知らない人にお金を借りて日本に帰ってきたことは今となってはいい思い出です。あの時宝塚のカフェを経営しているとおっしゃっていたマダムの方々、本当にご迷惑をおかけしました。)

覚えている限りでは、その数年後、勤務していた会社の超絶美人な先輩(ウズベキスタン人)を訪ねにタシケントに行く時まではすごくわくわくしていた。確かその頃25、6歳だったろうか。サマルカンドで『地球の歩き方』に載っていたワインテイスティングのショップに、同じ宿の女性2人を誘って出かけました。するとたまたまそこにも日本人男性が2人いて(さすが地球の歩き方)、テーブルを挟んで話したのを覚えています。

その内の1人、某日本の上場企業に勤務しているというユーモラスな空気感をかもし出す彼は、ウズベキスタン到着から2日目にしてすでに飽きていたようでした。テイスティング中「日本に帰りたい」を連呼していた。彼が言うには、モスクはどこも大体同じだしあんまり観光する気にならない。朝からFX取引のチェックをしていて、「これ日本にいる時とやってること同じじゃない…?」と自らの状況に疑問を持ったそうな。

あの時は(旅慣れている人がウズベキスタンまで来て楽しめないなんて…そんな…)と思ったものですが、なんだか今なら彼の気持ちも分かる気がするのです。少なくとも私は飯キチ(飯狂いとでも言いましょうか)なので、訪れた国の食事を食べ尽くすのに忙しいという点では彼と異なりますが、なんでしょうね。旅が好きだから旅をするんですけど、一方で「あの頃のわくわく」というのがもうないということに、一抹の寂しさを覚えると言いますか。

「旅慣れた」と言えば聞こえはいいですが、どちらかと言うと「日常になった」が近いですね。今やLCCもたくさん飛んでいて、それこそ世界一周なんて簡単じゃないですか。金さえ払えばちょちょいのちょいですよ。全然珍しくも何ともない。むしろ旅の仕方としては浅い。陸路でない限り。南北方向に世界一周だったら胸熱ですけど。

そんなわけで旅先での楽しみは大体料理とスポーツに落ち着いてしまう。朝、観光がてら1時間ランニングして、現地のスーパーの食材と価格感をチェックし、Air bnbのキッチンで料理をする。もうなんか普通の現地の人。観光全然しない。むしろその国についての本とか読んでる方が楽しい(その後に観光行ったら楽しいのかも)。でもこれって日本にいる時と変わらなくないか…?と思うわけです。ウズベキスタンで会った彼の言いたいことも、今なら何となく分かる。旅に行くのに行った先で普通に「暮らし」てしまう。

私たちはいい時代に生まれました。海外旅行なんてほんの一握りのお金持ちしか行けなかった時代だってあります。それを飽きただなんて。いや飽きている訳じゃないんですけど、もっとエキサイトしたいんです…。weed以外で。これを読んでるみなさま(ってほど多くもないか)、何かご存知ですか。わくわくを取り戻す方法。まだまだ行かなきゃいけない場所がいっぱいあるんです、わたし。

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