スクリーンショット_2017-07-28_2017年7月28日金曜日.13.50

ブラックラボについて思うこと


2014年の秋が終わろうとする頃の話だ。
弥生キャンパスの地面にぺっとり張り付いた銀杏を靴底に感じながら研究室に向かった。
あの頃私は農学部の4年生で、キャンパスの一角にある生命科学系の研究室にいた。
普段と少しも変わらないなんてことない日で、チップ詰めを終えた私は机でコーヒーをすすっていた。
ーーこれからゲキブツの管理が厳しくなる
右斜め前の定位置に座っていた先生が、いつものようにpcに向かって独り言を言った
私の頭のなかで、ゲキブツが劇物に変換されるのを待たず、言葉は続いた
「ある学部のある研究室で、薬品を飲んで亡くなった人がいるらしい、今後劇物の管理はよりいっそう厳しくしないと」
キャンパス内での自殺はその半年前にもあったし、更にその少し前には近所の大学でも飛び降りがあった。
同年代の学生が亡くなったことに対するやるせなさ以上に、正直、ああまたか、という思いの方が強かった。
 
喉の奥に刺さったイワシの小骨のような、小さな違和感を感じるようになったのは、それから暫く経ってからだ。
何かがあったわけではない、日々の暮らしは何も変わらず、淡々と過ぎていく。
平和な毎日、ずっと前からそうだったかのように、劇物庫の鍵はしまわれた。
周りの友達も、sns上でも、誰かが服毒したということは誰も口に出さないし、誰も知らない。
何かの間違いだったのだろうかー?
 
2016年4月、私は一年の休学を経て、文系の院に入り直した。
今までいた場所からほんの一歩外に出ただけで、中にいた時に気づかなかったことが見えるようになるらしい。
まず驚きだったのは、文系の研究室には部屋がないということだ。研究の仕方も授業のスタイルも違うし、逆に文系の学生は理系の研究室のイメージが湧きづらい。
 
大学院に入ってすぐは、周りになかなか馴染めなかった。
寂しくなる度に「友達できないよ〜(泣)」とLINEしては学部の友人に会いに行った。
いつもする他愛ない話。先輩の噂、恋人との喧嘩やのろけ。
友人の研究の愚痴に相槌を打ってはレモンサワーを流し込む。
「研究室にいるのが辛い、頑張っても報われない」
ー…誰かに相談したの?
「あと2年の我慢だから」
ー我慢しなくてもいいんじゃない?
「何を言っても変わらないよ」
口の中は苦酸っぱくて、喉の奥の小骨は相変わらず刺さったっきりだ。
 
***
 
最新鋭の研究設備や潤沢な研究資金、著名な教授陣に優れた研究成果をもつ東大の研究環境は多くの理系学生にとって魅力的だ。
その一方で、大学内の研究環境の実態は民間企業での労働環境同様、あるいはそれ以上に不透明である。
研究室は構成員も少なく機密な情報を扱うため、閉鎖的な傾向が強い。たとえ同じ学科でも、各研究室は専門分化しているため隣の研究室で誰がどういった研究をし、どのような指導がされているのかはわからない。近くの研究室で、ある人が誕生日に自死したとしても知らない。
ビジネスの世界にブラック企業が存在するように、アカデミアの世界にはブラックラボ(laboratory:研究室)が存在しても不思議じゃない。
 
とはいえ、何をもって”ブラック”とするかは極めて曖昧である。
たとえば、拘束時間が長いところがブラックラボだと決めつけるのは短絡的だ。時間を忘れるほど実験に熱中できる研究室は、研究が好きな者にとって最高の環境だろう。一方コアタイムがないと銘打っているにも関わらず、上の人が帰るまでは帰れない空気のある研究室は、名目上は自由な研究環境としながらも教授や助教の顔色を伺いながら研究をしなければならない。
また、指導の頻度や時間についてもブラックさと単純には結びつかない。先生の熱心な指導により、条件検討や溶液調整を繰り返すことを余儀なくされ、毎晩遅くまで続く議論で肝心の本実験をさせてもらえない研究室もあれば、普段は学生の研究は全く見ず指導をしない一方で発表時になって研究内容をとことん否定されるところもある。
言葉の暴力や過度なプレッシャー、就活への妨害もあれば、学生のやる気のなさや不真面目な研究態度、打たれ弱さが問題視されることもある。
 
そもそも人間というのは色々なことで悩むものだ。例えば誰が見ても教員によるアカハラで苦しんでいるという状況にあっても、もしかしたら他の学生とのトラブル、恋愛のトラブル、生活上のトラブルなど複合的な悩みの中で苦しんだ末に中退したり、進学を諦める者もいるだろう。
しかし、ハラスメントが横行する研究室、人が次々と辞めていく研究室があるのもまた事実だ。
ブラックラボは学生の甘えなのか、それとも顕在化していない問題がひそんでいるのか? その答えを探るべく、昨年の9月から理系の学生を中心に研究における悩みに関するヒアリングを重ねた。
足掛け4ヶ月、先週になってやっと一本目の記事が出せた。
ここに至るまでは色々な葛藤があったし、今だって不安や悩みは消えない。
 
(私は誰かを傷つけてしまうのかー?)
(大好きな先生や先輩や友達に嫌われないかー?) 
(私のしていることは果たして正しいのだろうかー?)
 
いつだって私は、自分の書く文章に怯えている。
 
私は特定の研究室や教授を糾弾するつもりはさらさらない。外部の人間がブラックとのレッテル貼りをすることが逆にハラスメントに繋がる危険性もある。それにブラックラボは個別独立した問題ではなく、社会の構造が生み出す問題でもある。
 
私はただ、辛い思いをしている学生の、任期つきの不安的な生活に疲弊しているポスドクの、科研費の書類作成に忙殺される教授の力になりたい。
これが私の素直な気持ちだ。
ブラックラボを東大新聞の連載企画として取り上げることにして以降、色んな出会いがあった。
勿論厳しいことも沢山言われたし、踵を返して逃げようと思うことも多々あった。しかし
「人に打ち明け辛い話を聞いてもらえたってだけで嬉しかった」
「自分が悩んでいることを問題視して活動している人がいるってことを知れて心の支えになった」
といってくれる人がいたことは支えになったし、もう後戻りは出来ないと思わされた。
 
幼い頃から理科や算数が好きだった私は、今でも飲み会の席で学部時代の浅い知識をひけらかしては未だに理系の名残を惜しんでいる。
もしあのまま研究を続けていたらどんな人生を歩んでたのだろう、そんな妄想をして、未練がましさに苦笑する。
ないものねだりかもしれないけど、研究者という生き方はクールでロックでカッコイイ。
彼らのような生き方はできなかったけれど、私もこれからどこかで、微力ながらも彼らの力になれればと心から思う。
ちなみに、公開日の前日にきりきり痛む胃をなだめつつ出した記事は以下のリンクから見れる。興味がある人はぜひ読んでほしい。

実験できない研究室【調査報道:ブラックラボとは何か①】
 
末筆ながら、この企画を通して出会った全ての人と、アカデミアの世界にいる皆様に敬愛と感謝を込めて。


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