MP連載第十五回: MPを惜しみすぎない

このへんで本題に正面から向き合うことにしましょう。
倉下さんに呈示していただいた、4つのMP戦略をもういちど掲載します。

・MPを底上げする
・MPの無駄遣いを避ける
・適切にMPを使えるようにする
・MPを回復させる手段を持つ

ライフハックや仕事術では「2」の「MPの無駄遣いを避ける」戦略についていろいろと工夫を重ねるのが一般なのですが、「3」ももっと強調されなければならないとよく思います。

私たちは「MPの節約」ばかりでなく「もっと適切にMPを使う」べきなのです。
一歩踏み込んで単純化すれば「もっと仕事にMPを投入しよう」と私は言いたくなっています。

MPを惜しむ態度は、きまってダニエル・カーネマンの言う「システム1の独壇場」へと導かれてしまいます。忙しくなったり、面倒そうな仕事が多くなってくると、特にそうです。

私たちは感覚的に、慢性のMP不足なのです。「底上げ」と「回復」と「節約」が人気なのは、そのせいです。MPを投入するということはつまり、精神面で疲れるということです。「浪費」を恐れるのは精神を健全に保つ上で必要ですが、「使用」を恐れすぎることは決して好い結果をもたらしません。

たとえばMPを節約しようとすると、判断が「システム1任せ」になります。ダニエル・カーネマンはその諸症状にいちいち名前をつけています。その1つが有名な「直感的ヒューリスティクス」という間違った判断です。

「私はフォード株を買うべきか」は難しい。だが、もとの問題と関係はあるがより簡単な質問「私はフォードのクルマが好きか」になら、すぐに答は出せる。そしてこの答が選択を決めた。これが、近道探しをする直感的なヒューリスティクスの本質である。
困難な問題に直面したとき、私たちはしばしばより簡単な問題に答えてすます。

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カーネマンは相変わらず皮肉屋ですが、フォードの株を買っていいかどうかを決めるのは、株価が割安かどうかについて容易ではなくても検討を重ねるべきなのであって、「個人的にフォードが好きだから」という理由は、投資家の判断の論拠としてはダメだということです。もちろんダメですが、こういう判断の仕方を私たちはしがちなのです。

本来はシステム2が判断しなければいけないのに、システム2はMPを多めに消費する。それを抑えるためには、システム1に判断をかわってもらうしかない。しかしシステム1は難しい問題を解くことができない。そこでシステム2と1とが闇取引をして、本来解くべき問題と似たような別の問題にすり替えてしまうわけです。

このような判断力の使い惜しみは、仕事において「先送り」を頻発させることになります。

たとえば、夕方疲れているが、書籍原稿2章の3を書くべきことになっているとします。

疲労した中でも、あえて2章の3を書き進めた方が、今後の締め切りまでの日数からして妥当なように思えます。

しかし、ムリをして仕事を進めても、あまりいいものが書けないかもしれないし、体調を崩す恐れもあります。

このような仕事を「あえてする」か「今日は休む」かについて、万人が納得するような2×2は4的な「正しい答え」はないのです。が、当人だけはなんとかして自分なりの「答え」を出す必要があります。それは間違っている可能性もあります。

これは難しい。フォードの株を買うべきかどうかと同じように難しい。
そこで質問をすり替えるのです。

よい原稿を書くために、十分に気力が充実している時間を確保してから書くべきか?

この質問なら誰でも簡単に答えられるでしょう。答えは「イエス」です。
しかもこの質問は、「疲れている今でも2-3を書き進めるべきか?」とどことなく似ています。
だから「システム1」は安心してこの質問に答え、それでよしとしてしまうのです。

十分に気力が充実している時間を確保してから書くべきだ、と。

この結論に達したら、するべきことはただ1つ。先送りです。

今は気力が充実していない。すなわちこの原稿を書くのは明日以降にすべきだろう。となるのです。

こういう流れに身を任せないためには、そもそも難しい問題に直面した段階で、システム2が介入し続けるべきだったのです。問題は「2−3を疲れていても書くべきか?」であり、そのことを考えること自体にMPを要しますし、「書く!」となったらますます多くのMPを使うしかありません。

でもMPは使うべきなのです。少なくとも、「書かない!」という判断をするためのMPを惜しむべきではありません。結局書かないなら、どんな判断の仕方でもいいのではないかと思われるかもしれません。むしろ、システム1任せにして、すり替えの質問に答える方がMPの節約になるかもしれないと思う人もあるでしょう。

しかしそうではないのです。

システム1に任せると、「気力の充実したときにやろう」という結論が浮かび上がるだけで、「いつ2−3を書くのか」とか、「遅れた分をどう取り戻すか」などについてなにも考えないことがほとんどです。「リスケ」などといってもせいぜい「明日の午前中にやる」程度でしょう。そしてやらないのです。

きちんとMPを使ってシステム2がリスケをするなら、「書かない」だけでは済まされないことが考慮に入るはずです。「明日の午前中」は、もしかすれば今と同じくらい疲れていてあわただしいということも、カレンダーなどで確認することによって判別できるはずです。

それでもなお「今はそれでも書けない」のなら、緻密にリスケするでしょう。そうした方が、「その時書かなかったとしても原稿全体は書き上がる」可能性が格段に高くなります。もちろんMPは消費します。しかしこれがMPの適切な使い方というものです。