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#15

叩きの回数と対象の変化の関係はおよそ三つに類別できる。
一番めは一撃ないし数度叩きで動物を死に至らしめる場合。
二番目は何度も叩くことで、対象が柔らかくなるとか、徐々に薄くなる場合。
三番目は叩くことで対象が硬くなるとか、対象の内部にある成分の浸出量が増える場合。
これに、穀物を何度も唐傘で叩くことで、脱穀される籾の量が増加するような事例も含めて考えることができる。
例えば、植物繊維を叩いて制作する製紙の場合、叩く回数に応じて生じる植物繊維の変化を叩解度、つまりSR°(Schopper Riegler)の単位で示すことができる。
叩きの技術は、人間生活の幅広い分野で見出すことができる。
何度も叩くことでそのリズムを覚え、叩きによって対象の変化する様子を肉眼で確かめることができる。こうして叩く行為が様々な対象に応じて用いられる可能性がある。つまり、食・薬・毒・衣服・工芸・芸術など、叩きの目的が多様であっても、互いに影響することがあったのではないか。

叩く行為は、対象を破壊・変形し、成分を分離・精製する技術である・叩きが瞬時に、あるいは反復される中で対象に与える変化は人間の身体動作と深く関わっている。叩きは、人間の行為の慣習に他ならない。

人間は外界のあるものを叩いて、何らかの変化を起こさせる行為に思いのほか長く親しんできた。叩くことで対象が徐々に、あるいは瞬時に変化することに快感とストレス発散、さらには罪悪感を覚えてきた。叩きの行為は、モノを火で加熱することや、肉を自然に放置し、段々と腐敗が進行する場合とは違う。
加熱は火を使う人間独自の行為であるし、腐敗は自然に生じる過程である。肉をフライパンや直火で調理する行為は、火の物理的・科学的作用により肉の性質に変化が起こる。それに関わるのは「火」であり、人間の身体は関係ない。腐敗はバクテリアの繁殖による科学変化を指し、この場合も自然の成り行きで人間は無関係である。
加熱や腐敗は人間の行為のいわば外にあるが、人間自らの物理的な力が対象に働いていることを着実に体感できるのが「たたき」である。つまり、叩くことは対象の変化に自らが深く関わる極めて人間的な行為である。

叩き技術と細胞・構造
叩き技術が発揮される対象は、植物、動物のほか、鉱物や岩石も含んでいる。植物と動物はともに細胞核を持つ真核細胞であり、細胞一つ一つは細胞膜によって包まれている。
植物の場合、この膜には脂質とタンパク質からなる硬い細胞壁の層がある。細胞壁は動物にはない。鉱物は結晶構造から成る。
植物の場合、細胞内の細胞質には人間にとり有用・有毒な成分が含まれている。成分を取り出すため、細胞壁を断ち切る必要がある。
動物の場合、細胞壁はないものの、筋肉細胞を叩いて筋肉繊維を切断して柔らかくすることがある。
無生物の鉱物の場合、叩く程度によって粗砕(1~10㎝) 中砕(5~10㎜) 粉砕(数十~数百μm) 微粉砕(数十μm以下) 超微粉砕(一μm以下)に分けることがある。
※鉱物を細胞に対比する考えは、鉱物の集合体が岩石であることによる。

参照文献:秋道智彌【たたきの人類史】玉川大学出版部 2019

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