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温室効果ガス46%削減と今後の住宅施策(第1回 2021年5月15日記載)

 管首相の発言を受け、住宅分野でも様々な議論が始まっている。また、都道府県では独自の施策も打ち出されるようになっている。今回はこのあたりについて私見を述べたい。

住宅の省エネと温熱環境

 今後の住宅施策を考えるにあたって、極めて重要な視点が「温熱環境にどこまで踏み込むか?」だ。現在の省エネ基準は「外皮性能」と「エネルギー消費性能」の2本立てで評価されるが、外皮性能(UA値とηAC値)の基準を設けることで、一定の温熱環境を確保しようとしている。ただし、この基準をクリアすることで具体的にどんな温熱環境が得られるかは明確ではない。本来は確保すべき温熱環境がまずあって、そのための外皮性能基準が設定されるべきだ。とくに最近は温熱環境が健康に与える影響が注目されており、そのあたりをどこまで考慮し、外皮性能の基準を設けていくかに注視する必要がある。

 確保すべき温熱環境を考えていこうとするなら、それは外皮性能だけでは決まらず、暖冷房スケジュールも併せて検討しなければならない。私は室温の基準を設けるべきと強く考える立場だが、もしそれが決まれば、それを実現させる「外皮性能と暖冷房スケジュール」の組み合わせが決まる。固定的に暖冷房スケジュールが決まっているいまの省エネ基準とはまったく発想が異なるアプローチになる。このあたりは「住宅の省エネ基準再考②」で書いた通りだ。

 「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等の検討会」で東北芸工大の竹内さんが発表した資料のバックデータを東大の前さんがつくり、それは公開されている。そこでのポイントは以下のような内容だ。

・健康的な室温を確保するなら、全館空調をしなければならない。       ・全館空調前提で省エネ基準レベルの断熱性能とG2レベルの断熱性能で比較したとき、断熱性能を上げる費用は光熱費が削減される費用で相殺されていき、それは10年程度で同等となる(元が取れる)。            

 この理屈は「健康的な室温(実際には居室の室温18℃以上)を確保する」という大前提があってこそ成立する。実際、このバックデータ資料にも、間欠空調で比較してしまうと、光熱費削減によって断熱性能向上の費用が賄える年数は数十年になってしまうとの記載がある。また、これでもわかるように、前さんも「室温確保」→「断熱性能と暖房スケジュールの組み合わせせ」で議論を進めている。

 このあたりは本当に極めて重要な視点だ。確保すべき室温(温熱環境)をスタートとした議論を進めないと、どこかで論理が破綻することを理解しなければならない。また室温をスタートにした議論をすることで、住宅実務者にも一般生活者にもその重要性が認識される。ZEH義務化などの声がSNS上で盛り上がっているようだが、それが本質を突かない議論や強引な(合理性のない)結論になってしまうことを強く懸念する。

住宅実務者への「教育」が圧倒的に効果的

 義務化論者と私でもっとも発想が異なるのが、「教育」への評価だと感じる。私は、中長期的には住宅実務者への教育がもっとも効果的であると考える立場だ。

 建物に関する義務化は、確かに「一時期の結果」を出すことには有効だろう。しかし、義務化という方策は「仕方なく従う」「わけもわからずに従う」という実務者や住宅会社を増やす。なぜこのような外皮性能にすべきなのか、なぜこのような暖冷房スケジュールにすべきなのか、なぜこんなエネルギー消費性能にすべきなのかといった「そもそもの話」への関心が高まらない。

 冷静に振り返っていただきたいのだが、今回のようなテーマに関心が高く、実際の家づくりにおいても温熱環境の向上や省エネルギーをしっかり考えるような人や会社がそうなったのは、決して義務化が原因ではないはずだ(そもそもまだ日本では義務化は実施されていないし)。義務化以外の何らかのきっかけがあり、能動的に知識や技術を学ぶ場を探し、実際に学んだから、つまり広い意味での教育を受けたからだろう。義務化に賛同する人は、この意味の大きさをここでもう一度ぜひとも再確認してほしい。

 そして実際の「学ぶ場」のほとんどは民間にある。言い換えれば国はそのあたりを民間に、結果的に丸投げしてきたということだ。省エネ技術者講習会も開催されてきたが、私の知る限り、それによって意識が変わったという人をほとんど聞かない。それが客観的事実であれば、その最大の原因はおそらく講師にあり、次にテキストにある。

 本気で国が省エネ技術者講習会などで意識を変えようと考えるなら、講師の育成から始めるべきだ。もちろんこれまでの講師でも優れた人はいただろうが、それは「たまたま」に過ぎない。講習会のテキストは「最低限の理解を与えるマニュアル」という意味ではよくできていると思う。でも、もっと本質的なところについて(たとえば「熱的快適性は何で決まるか?」「温熱環境と健康との関係」「なぜ省エネルギーが必要なのか?」など)をわかりやすく、実務者の心に響くように伝えるという発想は薄い。

 そういう意味で、自立循環型住宅における取り組みは「本気さ」を感じるものだった。ここでは、認定講師を見つけ、増やすための講習会を開催することから始めた。実際、この講習会は「実務者の意識と理解を変える」という大きな成果があったと思う。そして自立循環型住宅の流れは、その後の研究者や住宅実務者の動きに極めて大きな影響を与え続けている。

 後にも書くように、私は義務化に絶対反対ではない。しかし、これまで国がなおざりにしてきた「教育」を今後もなおざりにしてしまうと、後で絶対にツケが回ってくる。いや、これまでなおざりにしていたツケが、いま回ってきている。国は腰を据えて、住宅実務者の温熱環境教育、省エネルギー教育について考え、施策として反映させてほしい。若く、まっとうで、優秀な人材(リーダー)をたくさん育てることに注力してほしい。

論理性を持ったシナリオの中での義務化

 ここまで書いた「教育」には時間がかかる。また、どう教育しても関心を向けない人や会社は一定に出てしまうと考えるべきだ。そうしたことを考えると「結果」を確実に出す義務化が必要になる。温室効果ガス46%中期目標は極めてハードルが高く、それをクリアするには何らかの義務化は必須だろう。

 ただし、私は以下のような「義務化の条件」があると考える。これを「論理性を持ったシナリオ」と呼びたい。

①温熱環境向上と省エネルギーに向かう、すべての信頼される技術を評価すること(温熱環境として具体的な室温目標を挙げる)                                ②そこに優先順位を付け、優先順位の高いものから施策に反映させること     ③目標に向かうための精度の高いシミュレーションを行うこと

 すでにいろんなところで述べているように、温熱環境向上と省エネルギーに向かう技術には様々なものがあり、それは断熱だけではない。単純なZEH義務化論がイヤなのは、ZEHの建物性能の評価が事実上断熱のみになっているところだ。もちろん断熱がいちばん基本的で重要だし、断熱性能を上げることには設計力があまり要らないということで施策の効率が高いから、優先順位として「まずは断熱レベルを上げよう」という判断をするなら何ら問題はない。しかし、こうした議論や判断をせずに「断熱レベルを上げる」という施策で走ると、実務者の理解や技術の発展が止まってしまう。これは先に書いた「教育」という意味でも不適切だ。

 そんなことはないと信じたいが、「建物性能としては断熱がすべて」と思ってZEH義務化に賛成している人がいたら、それは間違っている。もし「断熱がすべてではない」とわかってZEH義務化に賛成する意見を言うなら、「断熱以外にも重要な建物性能はあるけど、まずは断熱が大事だからZEH義務化に賛成」と言ってほしい。面倒だが、ちゃんとわかっている人からこうした丁寧な表現をしていかないと、誤解が世の中に蔓延してしまう。

 義務化についてのまっとうな議論を行うためには、まずは「温熱環境向上と省エネルギーに向かう、信頼できる技術」の全体を世の中に示す必要がある。国の委員会や検討会ではさらにこのことは重要だ。

 具体的には、「省エネルギーに向かう、信頼できる技術」は、エネルギー消費性能プログラムにあるものと考えればよい(自立循環型住宅への設計ガイドラインもほぼ同じ)。ただ、これらは室温を中心とした温熱環境向上の技術やそのレベルによる影響が見えない。だから、急いでこのあたりのことを整理した資料をつくる必要がある。

 そうした資料を全員が机の上に広げて、「私はこれとこれが重要だと思うから、2025年ZEH義務化に一票!」とか「私はこれも重要だと思うから改良型ZEHをつくって、それを2030年義務化に一票」とか「既存住宅もこの内容で2025年に義務化できないかなあ」といった議論を強く望みたい。こうした議論が我々のような民間でも、委員会や検討会でも行われ、そこで「こんな義務化をやろう」ということになるのであれば、私は諸手を挙げてそれに賛同する。

 さらには、こうした資料を基に、義務化レベルよりも高いレベルの住宅に対する評価方法(評価施策)についても議論したい。義務化とこうした施策が並行して進むことがどう考えても不可欠だろう。ZEHなどの義務化論者のコメントに、こうした視点があまり見られないことがとても気になる。こうしたコメントを書く会社の多くは、おそらくZEHレベルをクリアしている(クリアできる)だろう。だったら、その会社にとってZEH義務化のメリットはあまりない。でも、そんなふうに「先に進んでいる会社」こそが評価される仕組みをつくるべきではないか。先に進んでいる会社は、「我々がもっと評価される仕組みをつくってよ!」と声高く主張してほしい。

 最後に、ZEH義務化などの賛成意見を述べる人に改めてリクエストしたいことを挙げる。先にも書いたが、こうしたことを言うのは面倒だ。端的に「○○年ZEH義務化賛成」などと言ったほうがわかりやすい。でも、本当に今回のように本質的な議論ができるチャンスはもう二度とこないかもしれない。結論だけを言うのではなく、まっとうな議論が盛り上がる意見を言ってほしいし、SNSでは「いいね」するだけではなく、何らかのコメントを書いてほしい。それがこの国を変えると信じる。

■「他にも重要な建物性能はあるけど、断熱が一番大事だから…」と表現してほしい。                              ■「室温の目標を議論しようよ」と言ってほしい。                                 ■「国は義務化と並行して、温熱環境や省エネについての実務者向け教育システムを本気で考えてほしい」と言ってほしい。             ■「国は義務化と並行して、義務化レベルを超える住宅を評価する仕組みをつくってほしい」と言ってほしい。                   ■「温熱環境向上と省エネルギーに向かう、信頼できる技術の全体を見ながら議論しようよ」と言ってほしい。



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