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クラウド・ルー盧廣仲 「愛情怎麼了嗎 Self-complacent」ミュージックビデオ 日本語字幕&解説

クラウド・ルー盧廣仲の「愛情怎麼了嗎 Self-complacent」MVの字幕を和訳し、紙芝居風にまとめました。
※この記事では台湾語のセリフとシーン説明を中心に書き起こしし、歌詞はストーリーの肝になる部分だけ記載しました。歌詞全体の和訳&解説は別途記事を書いているので、そちらをご覧ください。

◆公式ミュージックビデオ

MV 製作 Production|Spacebar Studio
Executive Producer|黃世萱、林沁兒
主要演員 Talents|クラウド・ルー盧廣仲、莊承梅
特別演出 Special Appearance|李璇、林義雄
導演 Director|殷振豪

◆ミュージックビデオ紙芝居

時は現代、どこかの老人ホーム。
時計を抱きかかえた一人のおじいさん。
(歌♪ 愛に何があったんだろう 待っていても もう君は抱きしめてくれない )

「おじいさんごはんですよ。食後にお薬必ず飲んでくださいね。後でチェックしに来ますから。」

薬をどこかにどかそうとするが・・・
( ♪ こんな状態にも慣れた たとえ返事がもらえなくても)

じろり。

おじいさん:「ここのご飯は不味いんじゃ。」

時計をトントンとたたき、その音を一心に聞いているおじいさん。
何を想っているのか…
( ♪ 愛してる  ねえ どうしたの )

おじいさんは以前、夫婦で時計屋を営んでいました。
彼の名前は阿文(アーウェン)。

お昼にしたら、と呼びかけられ・・・

聞こえたはずなのに返事もせず、また時計の修理に没頭する阿文。

修理をしながらそのまま眠ってしまう子供のような阿文。電気を消し、阿文にそっと肩掛けを掛ける妻。

別の季節のある日。
電卓で何か計算している妻と、ショーケースに腕時計を並べている阿文。

一度並べた時計を引き上げては、同じ時計をまた並べなおす阿文。

そんな阿文を黙って見ている妻。

閉店の時間。

背広に着替えて出かけようとする阿文。
妻:「どこに行くの?」

阿文:「忘れたのかい?」

阿文:「今日は卒業式だろ、行かなくちゃ。」
時計の針は夜の9時を指しています。

阿文:「急いで(着替えてこいよ)、何を突っ立っているんだい。」

妻:「阿文。」

妻:「ちびちゃん(娘)はもう大学生になったのよ。」

阿文は若年性アルツハイマー(認知症)を患っていました。

台北市中正區廣信國民小學 第33屆畢業典禮 中華民國七十八年六月十六日(娘さんが小学校を卒業したのは民國暦七十八年=1989年でした。)

別の日。夜中までまた時計の修理をしている阿文。
( ♪ 愛はどうしちゃったんだろう  君に抱きしめて欲しくてたまらない)

そんな阿文を、ただ側でそっと見つめる妻。
( ♪ こんな状態にも慣れた  たとえ返事がもらえなくても )

認知症の症状が進み、出来るはずの修理も思うようにいかず苛立つ阿文。

( ♪ 愛してる ねえ どうしたの )

時代は遡り、時は1983年頃。阿文はまだ30代のようです。
彼は自分の店を持つ前、腕時計の露天商をしていました。


阿文に自分のおかずを分けてあげる妻。

別の日。

ふたりともはつらつとした表情。
この頃の阿文は、まだ認知症を発症していないようです。

また別の日。今日はおちびちゃんも一緒です。

そこにヤクザが現れて因縁をつけられます。
誰にことわって商売しとんじゃ、ショバ代寄こせ!ってやつですね。

お金で事なきを得ようとする妻と、抵抗する阿文。

騒ぎになり、警察に連行されてしまった阿文。

じろり。

警察からの帰り道、めっちゃ怒られる阿文。ほほの傷が痛々しい。
妻:「もしあなたに何かあったら!」

妻:「ちびちゃんはどうすればいいの?」

妻:「あなたに怪我してほしくないのよ。」

( ♪ 愛はどうしちゃったんだろう  たとえこれが すべて想像でしかないとしても・・・ )

再び時代を遡り。
時計は12時を指しています。

高級そうなレストランで誰かを待つ、落ち着きのない阿文。
(店内には聞き覚えのある曲が流れています。)

ふたりともバッチリおめかししています。初デート、もしくはお見合いでしょうか。時は1970年代、ふたりがまだ20代の頃のようです。

阿文:「あの、君のおばさん、僕んちの近所に住んでるんだよ。」

未来の妻:「そうなの。」

ナプキンいじいじ。

阿文:「お腹すいたでしょ。注文しよう。」

<メインディッシュ>
高級牛フィレ肉 1/2ロブスター添え 65元
高級牛フィレ肉 活アワビ添え    65元
高級牛フィレ肉 10オンス      70元
(当時の物価からすると、けっこういい値段のお店のようです。)

眉間のシワが険しくなる阿文。

阿文:「ここのご飯は美味しくないんだよ。」

阿文:「それとも、隣に行ってかき氷を食べようか。」

思わず吹き出してしまう未来の妻。

( ♪  愛してる )

( ♪  返事は  いらない )

阿文の髪をなでながら、ただただ彼を見つめる妻。

しばしこちらを見たものの、またすぐ自分の世界に還ってしまう阿文。この時計は12時を指したまま止まっているようです。

エンドロール。
見つめ合ったまま、おしゃべりが尽きないふたり。


◆楽曲の制作意図

今回のCDシングルはクラウド・ルー初書き下ろしのミニ小説付き、加えてこのミュージックビデオがありますが、楽曲の歌詞、小説、ミュージックビデオにはそれぞれ「愛情怎麼了嗎(愛に何があったんだろう)」をキーワードに制作された、それぞれ少しづつ異なる「愛のあり方についての物語」が描かれています。

MVの公開日に「Spotify台湾」で行った生配信でクラウド・ルーは、「今回の作品はひとつのコンセプトで楽曲、小説、MVをそれぞれ制作した。三位一体、大三元、3つの夢が1度に叶う」と語っており、今回はそれぞれを独立した作品と捉えて鑑賞する方が、それぞれを純粋に理解出来そうです。

◆参考:和訳歌詞

楽曲そのものの歌詞では、人が自分で自分の恋をバラバラにする過程が描かれており、加えて「恋とは、しているだけでひとりでにいい気分になれるもので、それ自体に意義がある」というクラウド・ルー独特の恋愛観が描かれています。

◆ミュージックビデオ解説

主人公の「阿文」は認知症が進行するにつれ妻との意思疎通が難しくなっていきますが、歌詞にあるような「恋愛の終わり」や「別れ」はミュージックビデオでは描かれていません。

このシングルのキャッチコピーの最後の方に、
「別れは誤解が原因かもしれないし、あるいは一種の理解が理由かもしれない。恒久は過去のものになるかもしれない、でも 恒久は永遠に恒久。
人を愛することを解ってこそ、大人といえる。」
というフレーズがあります。

「愛情怎麼了嗎(愛に何があったのか)」という本作3種のクリエイティブに共通のキーワードに対し、ミュージックビデオでは「たとえ何があろうと、永遠に変わらないもの(=恒久)もある」という結論の部分に軸足を置いてストーリーが組み立てられているように思います。


個人的解釈になりますが、歌詞の主人公であり語り手は基本的に男性(歌い手=クラウド・ルーが男性なので)ですが、ミュージックビデオの語り手は「阿文」の妻の方、と読解すると、重要シーンの歌詞と妻の心情がぴったりシンクロするように思います。

(4/11追記) 台湾の音楽配信サービス「Mymusic」のインタビューで、クラウド・ルー本人も「MVの最後シーンの最後の歌詞『愛你 不用回答(愛してる 返事はいらない)』は、女主人公(妻)の男主人公(阿文)に対するセリフと聞こえるようにうまく編集されている」と語っています。


(参考資料)登場人物の年齢や舞台設定は、セットなどから読み取れる情報に加え、上述「Spotify台湾」でのクラウド・ルー自身の解説と以下の記事を元に書き起こしました。(※中国語)


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