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『植物癒しと蟹の物語』は、聴くこと、言葉の可能性を教えてくれた

『植物癒しと蟹の物語』は、枯れそうな植物の話を聴いて、ちょっと元気づける「植物癒し」の「ぼく」に関わる物語です。短い物語なので、話の詳細は明かしません。

登場するキャラクターも、読むとわかるのですが、最初は、とらえどころがなく、読み進めて、段々とわかってくるので、ここでは触れません。

この本を手に取ったのは、著者の小林大輝(こばやしひろき)さんと、ちょっとだけ知り合いだったからです。読書感想投稿コンテストで、小林さんの名前を見つけて、小林さんは、今、どんなことを書いてるんだろう、と気になって手に取りました。

この本で、私は二つのことを受け取りました。

・話を聴くことで、相手が(いい方向に)変わる
・言葉には力、可能性がある


まず、話を聴くことについて。
話を聴く場面は、植物癒しの「ぼく」が植物の話を聴くことはもちろん、植物以外の話を聴いたり、他のキャラクターが主に話を聴いている場面もあります。植物だけでなく、「ぼく」自身も、話を聴いてもらうことで変わるシーンがありました。話を聴いてもらうことで変わる場面が何度も出てきます。話を聴くことでいい方向に変わること、この信念にも似た考え方は、「あとがき」に小林さん自身の経験が記されていました。

私も今、仕事を通じて、人から話を聴くことが多く、もっとうまくなりたいと感じているところでした。質問一つ、呼吸一つで、言いたいことが、こぼれてくることがありますし、どんなに質問を準備しても上辺だけの言葉しか掬えないこともあります。物語の中、話を聴いてもらうことで何度もいい方向に変えられていくキャラクターたちを目にして、大事にしたい行為だと改めて感じました。


もう一つ、言葉の力、可能性について。
82頁にこんな文章がありました。

 少年はスケッチブックの真っ白なページに、絵ではなく文字を記し始めました。
「絵にできないなら文字にすればいい。思い描くのはそれぞれの想像力に任せればいい。
きっと大丈夫だ。なぜなら、人は夢を見る生き物なんだから」

絵では表せないなら、文字を書けばいい、という主張。
私は、かなり驚きました。最近、文字では十分でないから、絵にすればいいと、ほとんど逆の主張を見かけ、それを鵜呑みにしていたからです。

最近、『ブルーピリオド』という漫画にハマっています。
芸術とは無関係の普通の学科に行くと思われていた主人公が、藝大を受験するため、母親を説得するシーンで、主人公のこんな台詞がありました。

絵ってさ
言葉だと伝わらない
ものが伝わるんだよ

世の中には
面白いモノや考えが
たくさんあるって
気づけるんだよ

このシーンを読んだ時、あぁそうだろうな、と思いました。
確かに、言葉でいくら説明しても、十分ではない。言葉って誤解も生むし、正しく伝えることが本当に難しい。本当に伝えたいものなら、絵のほうが説得力がある、と。

しかし、小林さんは、登場人物の少年の言葉を借りて、言葉の力ってすごいんだ、ということを教えてくれます。単に説明できないことが多いからと言って、言葉の力を信じないのは、単なる妥協なんじゃないか? そう突き付けられた気がしました。

言葉であれば、正しく伝えられると言っているわけではありません。
映像がなくても、もっともっと言葉には何かを届ける力、その可能性がある、ということです。

言葉を大事にする小林さんらしい主張です。
そういえば、この物語では、登場するキャラクターも、最初からどういうキャラクターか明らかにされていません。言葉を使って、読み手に想像させています。

作家なら、誰でも言葉を大事にするでしょ、と思うかもしれませんが、
いやいや、そうじゃないんです。

小林さんは、ある劇団で、役者体験をされたことがありました。
それも劇作家の言葉を知るためだけに。
本格的に役者としての経験をしたかったわけではないでしょう。
しかし、某劇団の養成所の卒業講演では、本職の役者、役者の卵に混じって舞台に立っていました。さらに、本職の役者よりずっと多い台詞を与えられ、堂々と演じていました。
(台詞が多いキャラクター二役を小林さんは演じていました)

気になる言葉は、辞書を引いて、語源から当たるような小林さんは、何かひっかかる台詞があれば、自然に台詞が体に入ることはなかったでしょう。

それをあんなたくさんの台詞を体に入れて…

さすがに諦めて、無理して体にねじ込んだ台詞もあったかもしれませんが、それでもなるべく咀嚼しようとしたでしょう。

言葉を知るために、そこまでやってしまう小林さんが、言葉にはもっと可能性があるんだと言えば、きっとそうなんだろう、と感じることができました。

私も、仕事を通じて、記事など「書く」ことをしています。
実際には、世のライターさんに比べても、そんなに多く書いているわけではありませんが、「書く」ことで貢献したいという気持ちから、SNSなどのプロフィールのいくつかには、「ライター」と書いています。今のところ、「ライター」の文字を消すつもりはありません。

小林さんでさえ、今も言葉の海に潜り、言葉を積み上げている毎日でしょう。もっともっと手前にいる私が言葉に真摯に向き合わないわけにはいかないな、と読みながら、ヒリヒリした気持ちになりました。

物語としては、穏やかな気持ちにさせられると思うので、言葉に向き合いたい人、植物癒しってどんなことするんだろう? なんてことを考えた人は手に取ってみてください。私が感じたこと以外にも、読み手が小林さんの言葉をきっかけに感じる何かがあると思います。


この記事が受賞したコンテスト

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