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僕が見た老婆

ある日曜日のこと。
地下街を歩いていて、ふと足を止めた。

目の前に老婆が歩いている。

僕はわかってしまった。
周りの誰も気づいていない。この腰が曲がった老婆は、老婆じゃない。
老婆じゃないんだ。どう見ても、老婆だろう。でも、老婆じゃないんだ。

先月、特撮スタジオに見学に行った。
あの時に見たメイクだった。
あの姿勢を保つのは大変だろう。あの内側には筋肉に支えられた肉体があるはずだ。

ゆっくりゆっくり歩いていく。
僕は老婆のようなものが通路を曲がるまで見ていた。

次の日曜、僕はまた同じ地下街にいた。
今日は、友人とタイ料理を食べに来た。先週、老婆のようなものが曲がった通路の先に目的の店舗がある。

店に入って友人と食事を楽しんでいた。
だいぶアルコールが入った頃、店外のトイレに行こうと店を出た。
老婆が、老婆らしいものが歩いていた。
それは女子トイレに入って行った。

僕はトイレに行きたかったことも忘れ、ずっと女子トイレの入り口を見守った。それが入った時、入れ違いに出て来た女性を除いて、トイレに入った人が出て来るだけだった。

いつまで経っても、誰も出てこなかった。

心配になって店を出て来た友人に
「どうしたの?」
と聞かれるまで、ずっとトイレを見ていた。

「ああ、ごめん」
「顔、青いけど大丈夫?」
「うん・・あ、トイレ」
「えっ? まだ行ってなかったの?」

僕は、忘れていたトイレに入った。
隣の女子トイレには、何かがいるはずだ。
放尿のためかよくわからない震えが全身を駆け巡り、鳥肌が立つのがわかった。

急いで店に戻った。

次の日の夕方、テレビを見ていた僕は、ニュースに釘付けになる。
地下街で、殺人があったという。
殺されたのは僕と同い年の二十歳の男性。都内に住む大学生だと言う。

写真は出なかったが、僕はすぐにある男性を想像した。
一緒に、特撮スタジオに見学に行ったあの大学生を。

殺された理由も、何があったのかもわからない。
特撮スタジオに見学に行ったのは、僕とその二十歳の大学生と、特撮オタクのおっさんと、そして、従兄弟のお兄ちゃんだ。何があったのかはわからない。でも、あの姿勢を保ってられるのは、すごく大変だと思う。それこそ、毎日、ジムで鍛えているお兄ちゃんくらいじゃないと。

今日は、お兄ちゃんと家で会うことになっている。

(ピンポーン)

お兄ちゃんが来たようだ。何があったのか僕はわからない。
わかっているのは、ただ一つだけだ。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。