見出し画像

止まった時間をもう一度・・・



「......○○。私、アイドルになった」

どこかで聞いたことある声。

「ごめん.....いきなりこんなこと言って」

あぁ、これは夢か.....

瞬時にそう認識できたのは、目の前に、いるばすのない彼女がいたから



高一の夏

俺の人生の中で、唯一にして最大の後悔をした日

どんなに願っても

もう戻ることはできない



○○:ん、んぁ.....?

いつの間にか、寝てたようだ。

欠伸をしながら目を開けると、俺は異変を感じた。

規則正しい振動

瞬く間に流れていく景色

俺の脳は瞬時に、車に乗っていると理解した。

窓からの景色を見る限り、どうやら首都高走ってあるようだ。

ここまで理解したところで、俺は再び眠りに入ろーー



いや、ちょっと待て

意味がわからない



俺の脳がストップをかけた。

俺はさっきまで自分の家にいた

ベッドの上で横になって、Netflixで映画を鑑賞

半分くらい観ていたところで、インターホンが鳴った

「宅配便です」って言うから、玄関まで行ってドアを開けた


ここまでは、しっかり覚えている

だけど、どんなに記憶を呼び起こしても、そこから何がどうなって車に乗っているのか、全くわからない

眠りから覚めて、まだ数分も経っていない頭をフル回転で働かす。

すると、ルームミラー越しに運転手の人と目が合った。

"あっ、おはよう。よく寝てたね"

○○:......は?

"ちょっと、彼起きたわよ"

運転手の人が、助手席に向かって声をかける。

「あっ、そう」

運転手の人からの言葉に、一言だけ返す。

声からして、2人とも女性だというのはわかった

だけど、どこの誰なのかはさっぱりだ


○○:おい、アンタら何もーー

「有栖○○、24歳」

○○:なっ....

「都内の広告代理店勤務。出身は埼玉で、今は葛飾区在住」

○○:あんた、何でそんなこと.....

「何でって、調べたからに決まってるでしょ」

女が言った情報は何も間違ってない。

「てか、親にも今の住所言ってないってどうなの?」

呆れたように言葉を吐きながら、振り返ってくる女を俺は知っていた。

元アイドルで、今はモデルとか女優をしているはず


○○:わ、渡邉理佐.....?

理佐:初対面で呼び捨て? 一応、私の方が歳上なんだけど

○○:拉致った奴に敬語もクソもないだろ

理佐:聞いてた通り、口は悪いみたいね

口振りからして、この拉致女ーーもとい、渡邉理佐は俺についてよく知っているようだった

ただ、俺の渡邉理佐には何も接点はない



いや、ひとつだけあった



だけど、すぐそれを頭の中で否定する


アイツとは、もう何年も会ってないし

連絡の一つもとってない


○○:おい、どこに向かってる? 俺を拉致った目的はなんだ?

理佐:着いたら教えてあげるから

○○:ふざけんじゃねぇよ。さっさと降ろしやがれ

理佐:別にいいけど、秒であの世行きだけど?

その言葉に、俺は何も言い返せなかった

理佐:もうすぐ着くから、大人しくしてて





それから数分後

首都高をおりた車は、街中を走った後、目的地へと到着した。


理佐:さっ、着いたよ

○○:おい、ここって......

理佐:そ。代々木第一体育館。櫻坂46の小林由依卒業コンサートの会場だけど?

○○:そんなとこに、何で俺を連れてきた?

理佐:何でって、由依のお願いを叶えるため

○○:お願い.....?

理佐:そう。「幼馴染に今の私を見てほしい」っていうね

それを聞いて、俺の体が固まる。



理佐:ね? 由依の幼馴染くん?




〝幼馴染〟

俺と由依の関係を表すのに、一番適した言葉だった。

家が近かったことと、親同士の仲が良かったから、俺たちは物心つく前から一緒にいた。

幼稚園から高校までずっと一緒。

それに、直接的な表現はあれだからボカしていうけど

新一と蘭みたいな関係だった

だから、何だかんだ、このまま一緒なんだろうと勝手に思っていた。

だけど、現実は違った。


高一の夏

2人で帰っている時、由依が「アイドルになった」と言ってきた

どうやら、俺に内緒でオーディションに応募して合格していたらしい。

その言葉を聞いた時、頭の中が真っ白になった

たしかに、贔屓目なしに由依は可愛いし、歌やダンスが上手いことも知ってたから

ただ、同じくらい、人見知りで、人付き合いが人一倍苦手なのも知ってた

そのせいで、周囲から誤解されることも何回かあった

だから、「アイドルなんて無理だ」って勝手に決めつけてたんだ


いや、それは表面的な理由でしかない

本当は、俺に相談なしで勝手に決めて、勝手に離れていくことが許せなかった

自分勝手でわがままなのは、自分でもわかってる

でも、その時の俺はそれがどうしても許せなくて

「おめでとう」の一つも言わないで、由依を置いてその場から逃げ出した


それからは、あっという間だった

由依は俺の隣からいなくなった


俺は心の中で、

長くは続かない

途中で諦めて、戻ってくる

と勝手に思っていた



だけど、そんな俺の想像とは裏腹に、由依はどんどんアイドルとしての道を駆け上がっていった

歌番組などのテレビはもちろん、モデルや演技の仕事までこなしていた

学校では、ほぼ毎日、由依は欅坂の話題でもちきり

テレビでも、素人目でもわかるパフォーマンス

そんな姿を見る度に、

由依とは世界がちがう

もう俺の知っている由依はいない

その事実が、深く突き刺さった



由依がアイドルになってからは、一度も会ってない

ライブがある度に招待されたり、長期の休みには帰ってきては俺の実家にも来ていたみたい

俺が上京してからもそれは続いていたらしいが、俺はすべて無視していた


なのに、

理佐:今更、どんな顔して会えばいいんだよ? って思ってるでしょ

○○:人の心を勝手に読むな。拉致女が

理佐:はぁ....由依もこんな面倒臭い奴のどこがいいんだか。ほら、早く行くよ

俺は渡邉理佐のあとに続いて、会場の中へと入る。


理佐:あっ、そうだ。はい、これ

○○:何だよ、これ

理佐:卒コンのTシャツ。部屋着はさすがにダサいと思ったから

○○:これに着替えろってことか

理佐:そういうこと。あっ、ちなみにデザインは由依が考えてるから

そんな声を受けながら、近くのトイレで着替えを済ませる。

そして、渡邉理佐と一緒に関係者席なる場所に案内された。


開演10分を切っている。

会場はすでにファンで埋め尽くされていた。


理佐:アンタ、着替えんの遅い

○○:うるせぇよ

「あっ、理佐ぁ〜! こっちこっち!」

手を振って呼ぶ一人の女性。

理佐:ごめん友香! こいつ連れてくるのに時間かかって!

菅井:あぁ! その人が例のゆいぽんの幼馴染さん? ほんとに連れてきたんだ...笑

理佐:大変だったんだからね? 睡眠薬で眠らせたまではよかったんだけど、車まで運ぶのに苦労してさ

サラッと拉致の手口を明かした

菅井:そうだったんだね。あっ、はじめまして。菅井友香です

○○:えっ、あっ、どうも。有栖○○です

礼儀正しくて、いい人だな

菅井:今日は来てくれてありがとうございます

○○:いや、無理やり連れてこられただけなんですけど.....

菅井:それについては、本当にごめんなさい。でも、どうしても今日のライブはあなたに見てほしくて

元キャプテンの視線がまっすぐ見てくる。

菅井:どうか、ゆいぽんの最後の姿を見届けて上げてください

初代キャプテンと挨拶を交わし終えると、渡邉理佐からタオルとサイリウムを渡された。

どっちにも〝小林由依〟の名前が。


てか、関係者席豪華すぎんだろ

欅坂の一期生、ほぼ勢揃いじゃねぇか


ライブが始まると、さっきまでの気持ちなんか消えていて、純粋に楽しんだ。

欅坂の頃の曲の時は、OGたちに巻き込まれて一緒に盛り上がった。

アンコールのソロ曲からスピーチの場面では、思わず泣きそうになった。


ライブも終わり、OGたちが席を離れていく。

俺もその流れに混ざって、帰ろうとすると、

理佐:ちょっと、どこ行くの?

肩を思いっきり掴まれた。


○○:どこって、出口に決まってんだろ

理佐:なに帰ろうとしてんの?

○○:いや、ライブ終わったんだから、帰るのは当たり前だろ

理佐:そんなのダメに決まってるでしょ。何のために苦労して連れてきたの思ってんの?

○○:それはライブを見せるためーーって、おい、まさか......

理佐:ふふっ...笑

嫌な笑みを浮かべる。

○○:ちくしょう.....

瞬時に意図を察した俺は、その場からの逃走を図る。

理佐:あっ、ちょっ! 誰かそいつ捕まえて!

背後から渡邉理佐の声が聞こえてきたが、そんなのお構い無しに急いで出口へと走った。





○○:はぁ...はぁ...腹痛てぇ.....

久し振りに走ったせいで、脇腹が痛い

しかも、完全に迷った


一直線に出口に向かったが、渡邉理佐のマネージャーによってすでに固められたいた。

仕方なく別の出口を探したが、見つけられず、完全に迷った。


取り敢えず、切れた息を整えようと思って近くにあったドアを開ける。

○○:はぁ、疲れーー

体を半分ほど室内に入れたとこで、動きを止めた。

部屋を見渡すと、十数人の女の子が。

ついさっきまでステージで踊ってた子たち。

どうやら、メンバーの楽屋に迷い込んだようだ。

「えっ、誰....?」

一番近くにいた人が怪訝そうな目で、俺を見る。

たしか、藤吉夏鈴だったか?

他のメンバーの視線も次々と向いてくる。


やばい、このままだと不審者扱いされる

○○:し、失礼しました.....

何事もなかったように楽屋から逃げる。


騒ぎになる前に、別の部屋に駆け込んだ。

○○:ここは大丈夫だろ

「えっ、○○.....?」

部屋に入った瞬間に声をかけられた。


全然大丈夫じゃなかった

なんなら、一番アウトだ


あの時よりも大人っぽくなってるけど、見間違えるはずはない

卒コンのドレスを身に纏った姿

さっきまでステージと同じ姿の幼馴染がそこにいた


○○:ひ、久し振り.....

戸惑った末に、何とか出た言葉

けど、由依の反応はない

○○:ゆ、由依....?

もう一回呼びかけると、返事がない代わりに無言で詰め寄ってきた。

由依:「久し振り」じゃないから。このバカっ!

殴られる

直感でそう感じた俺は、咄嗟に目を瞑った。

だけど、体に痛みを感じることはなくて、代わりに温もりを感じた。

ゆっくりと目を開けると、由依に抱きしめられていた。

○○:お、おいっ

由依:うるさい。少しこのままにさせろ

そう言って、より一層の強く抱きしめられる。

俺は何も抵抗しなかった。



数分後、満足したのか抱きしめていた手を解く。

俺の胸に埋めていた顔を上げ、整ったな顔と綺麗な瞳が俺を見つめてきた。

おいおい、由依のやつ、こんなに可愛いかったか?

由依:いろいろと言いたいことはあるけど

○○:は、はい.....

由依:まずは、来てくれてありがと

微笑む由依。

けど、それも一瞬のこと。

すぐに、怒った表情に変化した。

由依:で、何で今まで来てくれなかったの?

○○:えぇーと、そ、それは......

由依:ライブに招待しても来てくれないし、休みに帰省してもいないし。連絡先もいつの間にか消えてるし。私、嫌われてんのかと思ったんだけど?

○○:それは違う!

由依:じゃあ、何で?

○○:ただ、会わす顔がなかった.....



大勢の前で堂々とパフォーマンスする姿への〝尊敬〟

自分よりも格段に成長している姿への〝嫉妬〟

素直に送り出せなかったことへの〝後悔〟

他にもいろいろある


由依がアイドルになった言われた、あの日から

その全部が入り混じった気持ちを、俺はずっと心の中で抱え続けてたんだ

だから、会った時にそんな醜い自分を見られたくないから、ずっと避けてきた



○○:俺はずっと、由依に会うのが怖かった。自分よりも、遥か先にいるお前に会って幻滅されるんじゃないかって......だから.....避けてた

俺の言葉を聞いた由依は、何も言わずにまた俺を抱きしめた。


由依:そっか。そんなこと思ってたんだ

○○:ほんとにごめん.....

由依:何で○○が謝んの?

○○:だって、ずっと避けてきたし

由依:それはもういいから。嫌われてた訳じゃないってわかったし

○○:で、でも.....

由依:じゃあ、私のお願い聞いてよ

抱きしめるのやめて顔を上げる。


由依:連絡先を教えること。もう私を避けないこと。一緒に出かけること。あとは.....

○○:ちょ、ちょっと待て! お願いって一つじゃないのか!?

由依:何? ダメなの?

○○:あっ.....いえ、いくらでもどうぞ

由依:ふふっ、まあ、まだまだあるけど、残りはあとででいいか


俺から離れて、テーブルに置いてあった荷物を手に取る。

由依:じゃ、私まだやることあるから行くね

○○:そっか。じゃあ、俺も帰ーー

由依:いや、○○はここで待ってて。あとで迎えに来るから

○○:えっ?

由依:8年半ぶりに会えたんだから、いろいろと話したいこととかあんの。それぐらいいいでしょ?

○○:わ、わかったよ

「よろしい」と言った由依は、そのままドアを開けて部屋から出ていこうとする。



由依:あっ、そうだ

くるっと振り返る由依。

ドレスがふわっと翻る。

由依:ねぇ、○○。今日の私、どうだった?



そんなの決まってるだろ



○○:最高だったよ



答えを聞いて、満面の笑みを浮かべた。

いたずらっ子のように笑顔。

あの時からまったく変わってない。

その笑顔に、俺は恋したんだ



由依:へへっ、ありがと!




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?