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心と体が一時停止。そこから見つけた私らしい働き方。

のぎ@ライター

順風満帆な人生を歩んでいても、学校や職場での人間関係、ハラスメントなどで疲弊してストレスを溜め込んでしまうと、突然すべてが立ち行かなくなってしまうことがある。
現在オンライン秘書として働いている天馬さんも過去に同じような経験をされ、人生が一変した方だ。
大学卒業後、夢だった音楽業界に就職するも、劣悪な労働環境に疲弊し転職。その後、溜め込んだストレスが原因で外に働きに出ることさえ難しくなる。しかし在宅で楽しめる趣味や仕事、ネットを通した人との出会いを経て、彼女の人生は予期せぬ方向へと好転していった。

就職・転職・絶望

  
天馬さんは、静岡県から東京に上京し、尚美学園短期大学に通いながら音楽制作に情熱をそそぐ学生だった。学科は音楽情報学科、将来も音楽業界の仕事に就くことしか当時は考えていなかった。
「短期大学に通っていた20数年前は、音楽を自主制作するための機材がとても高価で、購入することが難しかったんです。なので学校に放課後まで残り、音楽作りに熱中していました」
制作していたコンピューターミュージック以外に、J-POPもよく聴いていた。特に好きだったアーティストは、CHAGE&ASKA。中でも「BIG TREE」という曲は、心が大きく揺らぐ思春期に、気持ちがシンクロする感覚があった。何度も繰り返し聴いて曲に浸っていた。

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就職氷河期と呼ばれた時代だったが、彼女の夢は早々に叶ってしまう。当時、六本木にあった音楽関係の会社から内定が出たのだ。誰もが知るアーティストのコンサートやライブ制作を手伝う会社だった。しかし現実は、思い描いていた理想の仕事とはかけ離れていた。
入社すると、上司からのモラハラと長時間労働の日々が続いた。
「『俺はB型が嫌いだからおまえも嫌いだ』とか、仕事内容とは関係のないひどいことをよく言われました。仕事も、ほぼ毎日終電で」
心無い言葉を浴び続け、心は疲弊した。当時はブラック企業やモラハラが今ほど問題になっていなかったため、周りへの相談もあまりできずに、泣き寝入りするしかなかった。劣悪な職場環境での仕事は長くは続かず、入社して約1年半で退職してしまう。ここが夢の職場だったことはもう忘れてしまっていた。
その後、信頼する友人の紹介で映像制作関係の会社に転職した。イベントや結婚式で使用される映像を編集する仕事で、職場環境は明るく、雰囲気も良かった。
「結婚式で流れる生い立ちムービーは何本作ったかわからないぐらい作りました」
入社当時は、天馬さん以外の社員が1人だけだったため、深夜まで働く日々が続いた。
動画の編集作業を12時間以上行い、夕食はコンビニか居酒屋で。終電どころか始発で帰宅して、シャワーだけ浴びて出社する日もたびたびあった。激務が続き、再び心と体は疲弊していった。

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「少し実家に帰ってきます」
仕事が落ち着いたタイミングで、静岡県の実家に一時帰宅することにした。
新幹線を降りて、実家に着くと緊張の糸が切れたような感覚で、急に何もできなくなった。
外には一歩も出られない。そのまま東京へ戻ることなく、退職した。
「退職してから帰郷するという、正しい手順を取れないほど疲弊していました」
無気力と不安に支配されて、人生の時間が止まってしまった。

家庭菜園との出会い


医療機関は受診せず、かろうじてできた母の家事を手伝いながら、実家でゆっくりと療養した。
しかし、心の中は焦りでいっぱいだった。
私はまだ若い、今後結婚もするかもしれない。
何か行動に移さなければ、働かなければと想いはあるが動き出せない。
そんな時に「家庭菜園を手伝ってほしい」と父から頼まれた。 

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始めてみると、心地がよかった。
プランターの土を触っているだけで不思議と心が晴れた。
汗を流し、作業すると気づいたら時間を忘れていた。
一番かわいいのは大根ですね。夏野菜は苗から育てることが多いのですが、大根は種から育てているので手間がかかります。根付くまでに雨や強風で折れてしまうこともあります。手間をかけてフォローしてあげないといけないので、意外と大変です。でもやりがいがあって楽しいです」

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気づけば小さな農園のようになり、愛着が湧いた。
1~2ミリほどの種が紆余曲折を経て成長していく。そんな野菜たちの姿が色々なことを教えてくれた。
大雨や台風など自然の摂理には逆らえず、成長しきれず息絶えるときもある。
人間も自分ではどうしようもできないことを深追いせず、淡々と前向きに生きていくのも良いのではないか。自分を投影しながら野菜の成長を見守っていると、心が落ち着き元気も出てきた。
野菜たちに背中を押されるかのように、もう一度外に出て企業で働く決心をする。地元の貿易会社で事務職として臨時雇用で採用され、社会性を取り戻すべく働き始めた。
ここでは、パワハラやモラハラはなかった。しかし上司の言動に敏感に反応してしまう自分がいた。相手の感情の波に左右され、また心は疲弊していった。「思春期の頃はコミュニケーションが得意な方だと思っていたのですが、人と深く付き合うことや、大人数の会社で働くことは苦手だったんだなとこのときようやく気づきました
結局1年半ほどで退職してしまった。

在宅でできる何か

貿易会社を退職してからも、「働きたい」という意欲はあったので家庭菜園をしながら在宅でできる仕事を探した。
せどりから始まり、アフィリエイトサイト運営、 Webライターなど、在宅でできるならと色々と挑戦した。
せどりでは、廃版になったアニメのサウンドトラックCDを中古ショップで購入して、Amazonで3倍以上の価格で売れるケースもあった。
「何が市場で売れているのかなど、商品のリサーチは楽しかったのですが、メンテナンスや出荷の作業が大変で、ずっとは続かないだろうなと思っていました」
せどりを諦めて次はアフィリエイトサイトの運営を始めた。一時は安定した収入を得たが、思わぬ出来事で破綻してしまう。
「自動車保険の価格比較サイトを運営していました。最高月収は広告収入などで約90万円を超えました。でもその月にGoogleアルゴリズムのアップデートがあり、SEOの基準が変更になったんです。検索順位が下がり、そこから徐々に収入は減っていき、最終的にはほぼなくなってしまいましたね」

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ライター組合」というオンラインサロンに入会して、学習しながらWebライターとしても半年間仕事をした。サロン内でのコンテンツはどれも有益だと感じられ、新しい仲間もできた。しかし、向上心はあったがWebライターの仕事もそう甘くはなかった。
「クラウドソーシングでライティング案件を受注できたのですが、タイトル、構成、内容を考えて、さらに写真も選んで入稿して1記事1750円でした。時給換算するとありえないなと思って辛くなりました」
このままでは食べていけない。
そう思っていた矢先、ライター組合とも繋がりのある「秘書部」というサロンがあることを知った。オンライン秘書を育成するサロンで、勇気を出して応募した。入会してコミュニティ内で交流、学習していく内に「この仕事は、私に向いているかもしれない」という感情が湧いてきた。
東京から静岡の実家に帰ってきて18年の時が経ち、42歳になっていた。

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今までの経験を活かせる天職


「指示を受けてリサーチができる、インターネットの知識がある、ライターの経験のある方、など自分が経験してきたことが募集要項に書かれていたので、これならいけるかもと、また勇気を出してオンライン秘書の求人に応募してみました。そしたら採用していただけて奇跡だと思いました。一緒に働いてみたかった方の秘書になれたので驚きました。うれしかったですね。」
オンライン秘書の役割は、スケジュール管理などの秘書業務や事務作業を請け負い、クライアントがメイン業務に集中できるように幅広くアシストすること。基本的には出社はなく、在宅で働けるため近年注目を集めている職業のひとつだ。

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いざ業務が始まると、これまでの在宅ワークで磨かれたスキルが本領を発揮した。クライアントから調べものを頼まれると、せどりで培ったリサーチ力で頼まれた内容を事細かく調べ上げた。
自分の知らないことをリサーチしてくれと頼まれると知的好奇心が揺さぶられます。0からリサーチするのは大変ですが、楽しいです」
またアフィリエイトサイト運営で使用していた解析ツールやアプリの知識も事務作業をするうえで自信になっている。
クライアントとはテキストコミュニケーションが大半のため、相手に配慮した文章を書くためにWEBライターの経験も活かされつつある。
「相手に合わせることは大事だと思っています。語尾であったり絵文字や!マークの使い方まで気を配りますね」
点と点が線となるように今までの経験が繋がっていき、天職と呼べる仕事にようやく巡り合えた気がした。
自分に適した環境で誰かに必要とされ、誰かの未来のために働けることが心から楽しかった。「助かりました、ありがとう」というシンプルでストレートなクライアントからの言葉が今でも糧になっている。
約20年前には社会的に認められにくかったフリーランスという働き方が、現代では主流になってきていることにも背中を押されたのかもしれない。

さいごに



「野菜は、コツコツ丁寧に、手間を惜しまず育てていかないと、実になったときにすべて表れます。色、形、味など本当に自然は正直だなと思います。この事実が、私の仕事にも活かされています」
通勤時間もなく、畑で野菜の面倒を見ながら仕事ができ、上司も自分で選択できる。好きなことを始めるのに年齢は関係ない。
「これからは尊敬できるクライアントの右腕として、サポートしていけるオンライン秘書を目指していきたいです」
インタビュー当日、小さなプランターが並ぶ「天馬菜園」では、栄養価も高くて美味しい赤ピーマンが成熟を迎えようとしていた。もうすぐ収穫の時期だそうだ。

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無理に動こうとしなくても大丈夫、未来には素敵な出会いが待ってるよ
東京から実家に戻ったころの疲弊した自分に、そっと声を掛けてあげたいと最後に語ってくれた。
彼女の心の中で止まっていた秒針はまた時を刻み始めた。


アイキャッチ画像:エダユカ

編集:中村 洋太

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