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ラクダの口笛

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1993年に新潟日報でスタートした関口和之の連載「ラクダの口笛」を原文のまま掲載していきます。
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記事一覧

役にたたないもの

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  最近マッキントッシュというコンピューターを手に入れた。奮発してCDロム付きである。これでいろんなゲームソフトやその気になれば話題のエッチソフトも楽しめるわけだが、今僕が一番欲しいのは、そういったゲームソフトではない。百科事典のソフトなのである。  前から百科事典が欲しくてたまらなかったのだが、決心がつかずにいた。本になっているものを買うとしたら、二十巻以上あるはずだ。あの分厚くて重い本が二十冊分、と考えると象が

三味線とエレキギター

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  先日のレコーディングは三味線のダビングだった。たいていはシンセサイザーの音やサンプリング音で代用してしまうのだが、ゲーム音楽のCDだからこそ生音を使いたい、という僕の希望がかなえられ、生の和楽器のレコーディングが実現したのだ。  音楽の仕事をしているといっても、和楽器に接する機会はそう多くはない。とにかく最初から驚かされた。スタジオに現れた三味線奏者の女性は三味線を持っていなかったのだ。あれっ、と思って眺めてい

仕事の前に逃げ出す場所

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  テレビゲームの音楽をCDで発売するためのレコーディングが始まろうとしている。今は資料作りやジャケットのデザイン打ち合わせやらで慌ただしい。  そんな風に仕事が忙しくなってくると、僕は”どこかへ行きたい”病が始まる。そんな余裕などどこにもないときに限って旅行したくなるのだ。雑誌で温泉の記事が目に付く。テレビのCMにも、ああ、ハワイで撮ってるなあ、と目を引かれる。該当の旅行パンフをつい持ち帰ってしまう。マウイ島じゃ

僕の習いごと

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  うちの愛犬はふだんはおとなしいが、吠えると、小さな体の割に大声を出して人を驚かせる。振り向いた人が「どんな犬かと思った」と笑うほどだ。まるで身体全体を振動させて発声しているようだ。これが人間並みの体つきだったら、かなりの声量だ。うらやましい。「いいわね、グーッド!」と僕のボイス・トレーニングの先生ならきっと言うだろう。  僕がボイス・トレーニングに通いだしてからかれこれ五、六年たつ。マン・ツー・マンで教えてくれ

地球によくないダイエット

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  ふだんほとんど決心などしないほうである。どちらかというと、決心しなければいけないようなことを避けながら生きて来たと言ってもいい。いや、小さな決心はするものの、ものの見事にその決心を忘れる、という繰り返しだったのかもしれない。  しかし、今回は決めたのだ。ダイエットしよう。そう思い立ったのだ。  なあーんだ、と思われるかもしれない。女性にとったらそれこそ日常茶飯事の決心、かもしれない。確かに、女性雑誌を見ればダ

何も思わず買う温泉まんじゅう

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  お正月を伊豆で過ごした。何も考えずにのんびり過ごすには温泉旅館が一番だと思ったのである。とはいうものの一日中温泉につかっているわけにもいかない。どうしたって時間を持て余し、退屈になってくる。  で、どうするかというとやっぱり外に出掛けてしまうのである。伊豆半島は海があって、山があって、ただドライブするだけでも結構楽しめるのだが、一日中運転してばかりもいられない。で、どうするかというとどこかに車をとめて休むわけだ

38年前、1955年の出来事

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  政界再編が始まった今年、ニュースなどではよく耳にした言葉のひとつで「55年体制の崩壊」という言葉があった。これは何を意味するかというと、1955年に自由党と民主党という2つの保守政党が合同し、政権を握って以来、初めての政権交代だということだ。実に三十八年ぶりのことである。  三十八年前、つまり1955年とはどういう年であったか、それを今回のテーマにしたいと思う。  おおまかにいうと、そのころ、日本は終戦後の貧

もしも永遠に今日がつづいたら

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  明日という日が来なけりゃいいのに、と思うことが時々ある。  それは、とっても気持ちのいい天気の日だったりして「ああ、毎日こんな日だったらいいな」と思うときか、あるいは精神状態としてはその逆で、締め切り前の「もっと時間が欲しい。今日が四十八時間欲しい」などと思っている時である。  今年見た中で気に入っている映画のひとつ”Groundhog Day”(確か邦題は『恋はデジャヴ』)とかいう、どうしようもないタイトル

「食」の京都にて思うこと

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  京都という町の魅力は多面的だ。京都を好きになる理由も人それぞれに違いない。僕も十代のころから町並みや、そのイメージにあこがれ続けていたが、京都を知るにつれ、その魅力の奥深さは増す一方のように感じられる。十月、十一月の京都は観光客でごった返す。修学旅行シーズンでもあるし、何しろ紅葉の美しい時期である。  そんなときに突然京都に行きたい、なんて思い立ったとしても、まずホテルがとれっこない。どこも満員だ。普通なら泣く

母校愛、恩師、そしてあの頃

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  担当マネージャーのF君から電話があった。「ひとつ仕事の依頼があったんですけど、どうもよく分からないんで、とりあえずファクスしますから見てくださいよ」  単発の原稿依頼はよくあることだ。しかし今回は少し違うらしい。届いたファクスを読んでみた。企画タイトルは、我がなつかしの恩師「新潟県立新発田高校」とある。掲載はM新聞。掲載日も決まっている。ここまではいつもの原稿依頼と一緒なのだが。  母校について何かひとことコ

ステレオ写真で遊ぼう

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  最近映画化もされた人気漫画「ぼのぼの」の中で、主人公のラッコ、ぼのぼのがある遊びを発見する。それは片目ずつ交互に閉じたり開いたりすると、そのたびに視界に映るものが右や左にずれたように感じる、というものだった。そういう一人遊びにすぐ夢中になってしまうぼのぼのだったが、短気なアライグマ君にはどうしてもそのおもしろさを理解してもらえない。「何をくだらねえことやってんだよ」と蹴りを入れられるのが常である。  そのくだら

僕の肩の上の横綱

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  仕事で地方のホテルに泊まったときには、寝る前にホテルのマッサージサービスを頼む事がよくある。ジジくさい、と言われるかもしれないが、おふろに入った後で、体を揉みほぐしてもらって、そのままうとうと寝入ってしまう、これほどの気持ちよさは見つからない。僕の場合、書く仕事が増えてからは肩凝りがひどい。もはやこの先、温泉とマッサージのない人生は考えられない。  さて、先日仙台に出張した。地元の放送局の人たちが設けてくれた宴

ファンなヤツになる方法

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  "Funny"という言葉を研究社の英和辞典で調べると、おもしろい、おかしな、滑稽な、とある。語源はいうまでもなく”Fun”だ。戯れ、とかおもしろみ、などと訳されている。  ニュアンスとしては、おもしろ楽しい、という感じだと思う。語感もふぁんふぁんという、なんとなく弾んだ感じがする。日本語には少し訳しにくい言葉だという気がする。  ハワイの書店で”How to be funny”という古いペーパーバックを見つけ

真っ赤な車に乗って

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】  車のディーラーから車検の知らせが届いた。今の車に乗り始めてから三年もたってしまったわけだ。あの車とのお付き合いもはや三年、と思うとやけに短かった気がする。というのも、いまだに駐車場や路上にとめてある愛車に向き合う度に、どきりとするからである。しかし、それが新鮮な感動かといえば少し違うような気がする。ちょっとした違和感といったほうが正しいかもしれない。  なにしろ真っ赤なワゴンである。それも目に痛いような派手な赤