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今しか出来ないかもしれないから


はじめまして。「ウィスキー!!」という者です。

少し前まで日々銀座線に揺られながら出勤するOLでしたが、現在フルリモートでSEOライターやっております。

仕事をする上で私にとっての優先事項は「先方の希望に沿ったものを提出する」ことであり、意識的に自分の好き嫌いとは無関係なところで文章作成に取り組んでいました。


そんななか、以下記事を目にしたことがキッカケで、心のなかに密かにしまってあった疑問を意識せざるを得なくなってしまったのです。

困りごとを仲間と一緒に研究する。「 #やってみよう当事者研究 」プロジェクトはじめます!

「当事者研究」については、以前soarさん主催のイベント「回復」にて熊谷先生がお話しされていたのですが、周囲からの「書く行為に対する特別視」と、私の「書くことは仕事だから、そこに主観を持ち込んだらもうそれって仕事とは別物じゃん」というズレにあるものの追及は、自分なりの当事者研究といってもいいのかも…という思いに至りました。


「表現への特別視」が苦痛

とにかく、単純に疑問なのですが、書くことを含めた表現の全てに対し、なぜ「神様から与えられた才能」と特別視されてしまうのでしょう?

身体が弱い私にとって、武器がひとつでもあるというのは幸福なことで、それを最大限行使して仕事に対応するからこそ、プライベートは思う存分好き勝手できる、というスタンスが大切なのです。

出来る限りこのスタンスを維持するために、「表現の意味と価値」をテーマに、書き溜めたものを定期的にUPしていきますので、何かしらご意見・ご感想いただければ幸いです。

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趣味のひとりごと文章なので、反応いただけたら嬉しいです。 *HNと本人の酒の強さは無関係です。

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