10月2日 暖炉を囲む家族と
10月2日、今日も雨。メスティアからコーカサス山脈の一番奥にあるというウシュグリ村を目指す。70キロの距離を乗り合いバスを使えば2時間半でいけるというが、4日かければ歩いてもいけるというから歩いていくことにする。
10キロのリュックを背負い、5キロのリュックを前に抱え、頭から雨避けのポンチョ羽織り、雨のなかをスタスタあるく。視界は霧でまったく晴れないが、6時間ほど歩いて16時、最初の村であるtsvirmiツビルミに到着。
遙か遠くの方まで伸びる放牧地に牛や羊や馬が点のように見える。木を背丈ほどの長さに細長く切りそろえたものをいくつもつい立てて並べ、家や土地を囲っている。まずは町を歩いてみることにする。道はどこもぬかるんでいる。犬がよく吠えてついてくる。牛や豚がぬかるんだ道を自由に歩いている。牛たちを誘導する人間もいない。それどころか人っ子一人いない。そんなもんだから道は牛のうんこや豚のうんこや犬のうんこや馬のうんこ、時には巨人のうんこが泥と混ざり合いぐちゃぐちゃなっている。道だけでなく芝生も石の道もうんこばかりある。うんこうんこうんこ。コンバースのスニーカーではスケートリンクのようにすべる。絶対に転ぶものかと両手を振り回しバランスをとる。
一時間ほどで町を一周し、泊めてくれそうな家をノックする。この町では多くの家にゲストハウスとペンキで書かれた簡単な看板が引っかけられてあり、お金を出せばホームステイを引き受けてくれるよう。どこも100GRLで夜ごはん朝ごはんの二食付き。
玄関先に黄色に花が咲いている水色屋根の家に近づいてみる。黒い中型犬が足にまとわりつきながら先導して入り口を教えてくれる。玄関先から声をかけると中から女性が出てきた。部屋をみてここに決めた。
荷物を下ろしてから、手すりも壁もない、うちっぴろげのコンクリートだけの踊り場に腰掛け、黒い犬が隣りに座り、来る途中におばあちゃんにもらったもぎたてのリンゴをかじる。向かいの山のあちこちから水蒸気が何かの魂のように空に昇っていく。時折雲が晴れ、下をのぞくと、黄色や赤に紅葉した木々が細密に延々に続いている。緑のところは恐らく松の木ではないだろうか。その紅葉した山々の様子は、昔着ていた毛糸のセーターを見てるみたい。
トラクターなど機械の音はせず、牛たちがぶら下げたカウベルの音だけが遠くから近くからカランカランと響いている。
夕方になれば、どこの家からも煙突から煙が立ち、美味しい匂いと家族の声が漏れてくる。
晩ご飯の時間。ホストファミリーが生活空間の中に招いてくれる。流し台、調理台、ソファー、テレビ、机が暖炉を囲むように集まっている。面倒をみてくれる奥さんのイリーナ。そして旦那さんと、娘とおばあちゃんの4人家族。家族もみんな暖炉の温かいところで思い思いに過ごす。
机一杯にならべられた、この地方のおもてなし料理をいただきながら、スマホの翻訳機を使って会話をした。スヴァン語でありがとうは「マドォバ」、美味しいは「ゲーマリーエリア」とかいくつか教えてもらった。
写真を撮ろうというと、イリーナさんはなぜかシャツをどこかのサッカーチームのユニフォームに着替え恥ずかしそう。カメラを向けると、家族がみんな真ん中に集まって自然に抱き合い、軍隊のように胸を張ってムスッとした。やっぱりこの地方は笑顔が苦手なのかもしれない。3度目の「スマーイル」でようやく笑ってくれた。私も間に入れてもらう。撮れた写真を送ってあげると、トビリシに住んでいる長女に送ってあげると言った。
暖炉を囲む家は、家族の距離がギュッと近い気がする。