A4、42枚分の彼の言葉

兄が亡くなった数週間後に、友人から届け物があり封筒の中には個展のお知らせと、彼がブログで公開していた文章42枚分もの印刷物が入っていた。

彼から、この文章はある時期書いていた日記のようなもので落ち着いたら読んでみてねと話していて、私に何故文章を届けてくれたのか、深く聞くこともなかった。

始まりに「数カ月間、ほとんど毎日起床してすぐにパソコンを開いて、その瞬間に頭に浮かんだこと言葉をひたすら書いたもの」と書かれていた。

あれから3年が経とうとしているけど、まだ全部読めていない。彼が、整理されていないありのままに書こうとした文章を送ってくれた、ということだけで色々溢れてきて読み進むことができなかったし、そして今もまたこうやって書いているだけで涙が出る。

私は彼が好きだった。20年もの昔、思いを伝えたけれど他に好きな人がいると言っていて気持ちが叶うことはなかったし、学生時代が終わりほとんど会うことがなくなっていった。

それから十数年たったある日、画家になって個展をやるから来て欲しいと連絡が入ったのだけれど、それに気がついたのは1年半も経ったときだった。だいぶ時間は経っていたけれど彼に連絡をして久しぶりに会うことになり彼のアトリエへ向かった。そのとき、何十年も会っていなかった月日のこと、思い悩んでいた様々なこと話しした。そしてずっと聞いてみたかったことを聞いてみた。

私は学生の頃あなたのことが好きだと伝えた。でも断られ、そのあとぎくしゃくすることなく、何十年あとになっても何かあれば誘ってくれたりするのがとても嬉しかった。でもそれは何故?と。

彼はずっと私にお礼が言いたかったんだと。自分のセクシャリティについて死にたいほどに悩んでいて、そのときに私から告白され、どう答えようか悩んだけれどでも嘘はつきたくなかったと。他に好きな人がいるって言われたよと伝えたら覚えていると言っていた。

私に告白をされたことがきっかけで、自分のセクシャリティを認め表に出ていこう、カミングアウトへ歩き出そと思うきっかけになった。いつかそのことを伝えたれたらとずっと思っていたと、そう教えてくれた。

帰り道、彼がこう言った。
「何かが始まる予感がするね」

彼のアトリエでこれまでの悩みや苦悩をお互いにさらけ出したあの空間が時間が長く凍りついた氷河がゆっくりと流れを始めた瞬間だった。

家に帰ってきて号泣した。
もう一度彼を好きになってしまった。叶わない思いだからという類のものではなく、心の底から繋がれ情動が沸き起こったような思いが溢れかえり涙が止まらなかった。何よりも、自分の存在が誰かの大きなきっかけの一部になれていたことがとても嬉しかった。

それから数年後、彼は私のために自分の日記を届けてくれた。日記とはその日の出来事を書くもの。1日1日を過ごすことさえ困難だった私にとって、日記というもが日常を取り戻す一つの鍵になることを、きっと彼は分かっていたんだ。

結局まだ読めていないけれど、兄が亡くなった日が近づくと日記を取り出し、 42枚分ものA4の分厚い束を手に取り彼の言葉を眺める。

ついさっき日記のタイトルを検索したら、彼のブログ以外にも見つけてクリックしたら彼はnoteも始めていた。ヘッダーに彼の日記タイトルが入った写真を載せていたけどすぐさま消した。フォローしようかとも思ったけど、フォロー・フォロワー1人づつで、ひとり黙々と書いているようだった。自分の文章を彼に読まれるのはまだ恥ずかしい。いつか言える日までお気に入りに登録して根暗の如くこっそり読もうと思う。

最後まで読んでいただきありがとうございます。頂いたサポートをどのように活用できるかまだわからないです・・・。決まるまで置いておこうと思います。